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猛き英雄騎士の敬愛は、頭に鳥を乗せた亡霊聖女に捧げられる  作者: 守野ヨル


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19/19

19.永遠の聖域

 雲ひとつない空の青を際立たせる白いドレスが、空中でふわりと弧を描く。


 翼を広げたフィオナは愛する男性(ひと)と共に、大翼の女神像の側へ降り立った。

 役目を終えた翼が消え、代わりに現れたアルタリエがフィオナの頭の上にぽすりと収まる。


「すごいな! 君はこうやってここへ来ていたのか」

《やかましいぞ、小僧》

「俺は小僧じゃないと言っているだろう、頑固な鳩だな」


 初めての空中遊覧で興奮を隠せないリオネルは、少年のように目を輝かせてフィオナを讃える。

 手を触れてさえいれば、重さの問題もなくリオネルを連れて飛ぶことができたが、落ちれば命を失う高さへ登っても彼は少しも怯まず、ただ楽しそうに笑うだけだった。


「そうですね。子供の頃からアルと一緒にここへ来て、一日中街を見ていました。あの頃は……他に居場所がなかったので」


 フィオナは昔を思い返しながら、樹々の間から見える街に目をやる。

 眼下に見える朝市は、活気に満ち溢れていた。

 店に並ぶ鮮度の良い野菜や果物は色鮮やかで、威勢の良い呼び込みの声が響いてくる。


 よく見知った光景に目を細め、風に靡き乱れた白い髪を耳に掛ける。

 フィオナは久しぶりに訪れた『聖域』を見渡し、不思議な感傷を覚えた。


(あの頃、いくら探しても見つからなかったものが、今は手の中にあるような気がする)


 振り返るとリオネルが思いの外硬い表情をしていることに気づき、フィオナは瞬きする。


「どうかしましたか?」

「……フィオナ。スタニエ伯爵家を、どう思う?」

「? どう、とは?」

「スタニエの名が貴族名簿から消えたら、君は悲しいと感じるか?」

「さあ……どうでしょう。薄情なようですが、案外なにも感じないかもしれません。もう、わたしには関わりのない場所ですから」


 スタニエの名を聞いても、感情は動かず凪いだままだった。

 もう彼らを『家族』と呼ぶことはない。フィオナとは、歩く道を違えた人たちだ。

 どこで、どのように生きていこうと関心はなかった。


「なら、あの家にこれから起こることに目をつぶっていてくれるか。……これは、俺の我儘だ」


 フィオナははっと息を呑んだ。

 リオネルの瞳の中で、ジュリオードに対峙したときよりも遥かに苛烈な意志が揺らめいているのがわかる。


 彼は、赦すつもりがないのだ。

 フィオナを死に追いやろうとした、あの家を。


 フィオナは少し眉を下げたが、結局何も言わなかった。

 彼がそれを、肯定と取るだろうことがわかっていても。




 リオネルはふっと表情を緩めた。

 ひとつだけあるベンチに歩いて近づき、ごろりと寝転がる。


「はは、寝心地はあまり良くないな」


 大きな身体は、相変わらず小さなベンチに収まりきらない。


「………なんだか、懐かしいな」

「そうですね……」


 フィオナもベンチに近づき、あのときと同じように膝をついた。


「もう、三年以上前のことなのですね」

「そんなになるのか」


 おだやかな風が聖域を囲む樹々を揺らし、心地良い葉擦れの音に耳を澄ます。


初雪の日に、リオネルがここへ迷い込んだのは偶然だった。

もし少しでも運命が掛け違えていたら、どうなっていただろう。今となっては想像することさえできない。


 目を閉じたリオネルの少し癖のある緋色の髪が、サラサラと風に靡いている。


(やっぱり綺麗………)


 フィオナが手を伸ばし額にかかった髪に触れると、リオネルは閉じていた瞼をゆっくり開いた。

 輝く瞳が真っ直ぐにフィオナを見つめ、大きな手が伸ばされる。


 リオネルの指が、フィオナの目元をそっとなぞる。

 まるで、あの日のように。


「あのとき寝惚けていた俺には……君が、絵本から出てきた雪の精のように見えていた。美しくて……でも淋しそうで、悲しそうで。泣かないでほしいと……自分でも不思議なほど、強く揺さぶられたんだ」


 どこか夢見るような目でリオネルが話す。


「フィオナ、立って」


 突然ベンチから身体を起こすと、リオネルはフィオナを立ち上がらせ、自身はフィオナの前に片膝をついた。


「リオネル様、」

「あいにく今は剣がないし騎士服も着ていないが、ここが相応しいだろうから」


 大翼の女神像を見てから視線を戻し、リオネルは洗練された仕草で左胸に手を当てた。

 強い眼差しがフィオナを捉える。


「ーーー騎士、リオネル・ランバートはここに誓う。貴女の喜びは、我が喜び。貴女の嘆きは、我が嘆き。我が忠誠は、この命果てるとも、永遠に貴女の下にある」 


 リオネルは呆然とするフィオナの左手を取り触れてから、指先に口づけを落とした。

 彼が顔を上げたあとに薬指を見ると、そこには深いオリーブグリーンに輝く指輪が輝いている。


「愛している。俺とヴィシュタが、新たな君の故郷となる。共に生きよう、フィオナ」


 見開かれた灰色の瞳が喜びに輝く。

 フィオナはリオネルの大きな身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 やっと見つけた大切なものを、決して見失わないように。


「わたしも愛しています、リオネル様。あなたのいる場所が、わたしの幸せのある場所(聖域)です」


 リオネルは目元を赤く染め、小柄な身体を包むように抱き返し、やわらかく微笑むフィオナに想いを込めて口づける。



 ふたりを見守る大翼の女神像は、ただ静かに、慈しみ深い微笑みを湛えていた。





 ******




 半年後、ヴィシュタの教会で結婚式が行われた。


 招待客が厳選され、新たな領主の結婚式としては驚くほど小規模なものであったが、参加した者たちは口々に温かで素晴らしい式だったと絶賛した。

 途中で司式者の司教が感極まって泣きじゃくってしまったのも、かえって皆の心を和ませた。


 花嫁の生家はある事情により没落していたが、新たに養子縁組された義家族が祝福に訪れたので、なんら問題はない。 

 救国の英雄と並び立つ花嫁は虹色に輝く美しい白い髪を持った女性で、清楚な花嫁衣装に身を包んだ姿は御伽噺に出てくる精霊の王女のようだったと後に語り草となった。



 ヴィシュタは初めこそ人も少なく寂れた領地だったが、若き辺境伯が治めるようになって以来、不思議なほど天候に恵まれ、国中が不作や疫病に悩まされた年であっても、比較的安定した収穫に恵まれた。

 善政が敷かれ、人も集まり商業工業も栄え、まるで奇跡のようにヴィシュタは繁栄し、国境域にある未開の領地は、瞬く間に王都に並ぶ『北の都』となった。

 豊かになっても決して侵略の隙を与えず、辺境伯の名はますます国内外に知れ渡ったが、彼の功績の要所に美しい妻の存在はなくてはならないものだった。


 社交を好まず、彼女が表舞台に出ることはなかったが、救国の英雄の妻への愛情がことのほか強いことは国中で知らぬ者はなかった。

 一方で、彼女には隠された力があったのではとまことしやかに囁かれていたが、詳細はなにも伝わっていない。





〈完〉





めでたしめでたし、と相成りました。

拙い作品をここまでお読みいただきありがとうございました。守野ヨルです。


前作を書き上げたあとに「軽く読める短編を書こう!」と思い立ち、あまり細かく作り込まず見切り発車気味に書き始めたのですが……私は短編を書けない人だと気づかされました。


短くするために、登場人物を最小限に絞ったつもりなのですが、結局短編とは言えない長さに……。

どうにか結末まで走り切れてほっとひと息です。


ブックマーク、★評価、いいね、感想などいただけましたら、今後の励みになります!


またどこかでお目にかかれますように。

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