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猛き英雄騎士の敬愛は、頭に鳥を乗せた亡霊聖女に捧げられる  作者: 守野ヨル


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14. 真実への道行

 フィオナはリオネルの強い勧めに折れる形で、ある貴族家の養子に入ることが決まった。

 体調が回復したらランバート邸を出ていくという当初の計画は、口にした瞬間、笑顔のリオネルに完膚なきまでに潰されてしまったのだ。


 手続きは滞りなく、そして呆気なく終わった。

 特に顔合わせなどもなく、書類上の取り交わしのみで済まされたようだ。


「本当にいいのでしょうか……」

「構わないさ。君はこのままランバート家に滞在するし、向こうにも損はないように話をつけてある。いずれ時が来れば正式に場を設けよう。とにかく、余計な邪魔が入る前に体裁を整えてしまいたかったんだ」

《必死だな小僧》


 フィオナとリオネルの会話に、小馬鹿にするような声が割って入った。

 馬車の振動で、フィオナの頭の上に乗った目つきの悪い鳥がゆらゆら揺れている。


 三年ぶりに突如ふたりの前に現れたアルタリエは見違えるほど大きく、広げた翼は白い陽炎のように眩くゆらめき神秘そのものの美しさだったが、今はまた以前と同じ鳩ほどの大きさの、見慣れたずんぐり体型だ。

 どうやら自在に姿を変えられるらしい。


 リオネルがアルタリエをギロリと睨みつける。


「どうして俺が小僧なんだ。お前はフィオナと同じ年齢なんだろう? だとすれば俺より十も年下じゃないか」

《ハッ、必死という言葉は否定しないのだな。では小僧ではなく小童とでも呼べば満足か?》

「お前なあ………!」

「あの! あまり大きな声を出すと、御者さんに聞こえてしまいますから………!」


 今、ふたりと一羽は馬車に乗って、教会へ向かっている最中だ。

 リオネルが大声を上げれば、アルタリエの声が聞こえない人には、フィオナと言い争いをしているような誤解を与えてしまう。


「だがこの生意気なヒヨコが………」

《無礼な。お前ごときに我の………》


 そのとき、馬車の中でパチパチッと小さな光が瞬いた。

 驚いたリオネルとアルタリエが、ぴたりと口を閉じる。

 フィオナからひやりとした空気が流れていることに気づいた一人と一羽は、さっと姿勢を正し降参の意を示した。


「すまなかった」

《………フン》



 アルタリエの帰還によって、フィオナはかつての力を取り戻した。

 それどころか、力が増しているようにさえ感じる。


 フィオナとアルタリエの関係については、リオネルに説明済みだ。

 常識ではありえない話でも、例の『奇跡』を経験した彼は特に驚いたり否定したりせず、すべてを事実として受け入れてくれた。


 ただ、スタニエ家で受けた仕打ちについては、そこに話が及ぶたびにリオネルの形相が恐ろしいことになり、今にも立ち上がって行動を起こしそうな彼を宥めるのに、フィオナはずいぶんと骨を折ったのだが。



「それで……今日お会いする司教様は、ベルナール様と仰るのですよね」

「そうだ。戦争で俺が命を救ったということになっている方だ。今は王都にいらっしゃるが、もともとはヴィシュタ領にある教会の司教で、戦時中は砦に駐留して兵の精神的なケアをしてくださった。あの方の力添えがあれば、今後何かと心強い」

「なにか特別な理由があるのですか?」

「ああ、秘密というわけではないのだが。あの方は、現王の兄君なんだ。御生母の身分が低かったこともあって、お若い頃に継承権を放棄し、神官になられた。もう三十年は前の話だし、ご本人も気さくな方だから、今となっては王族であったことを知らない者も多いようだが」

「まあ………」


 ではリオネルは、「元」が付くとはいえ、王族の命を救ったということになる。


(英雄と呼ばれるのも無理ないわ………)


「出自は特別だが、王宮と教会、どちらの意味においても、権力の中枢からは距離を置いている。だが、貴族にも平民にも彼を慕う者は多い。気性がおだやかで勤勉で………こう言っては不敬になるかもしれないが、面白い方だ。理不尽なことを言うような方ではないから、身構える必要はない」

「はい」


 リオネルの口調から、彼がその司教に好感を抱いていることが伝わってくる。

 しかし、そう言ったリオネル自身が、少しだけ緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。



 今回、その元王族の司教が、内密にリオネルとの会見を求めてきた。

 ふたりは共に奇跡の当事者として浅からぬ関りがあり、帰国したあとに面会を求められること自体は不自然ではない。

 奇妙なのは、どこで存在を知ったのか、「大切な話があるので、ランバート家の客人であるフィオナ嬢を必ず伴って欲しい」という要望の方だった。


 正式な使者を立てた召喚ではないので断ることもできたが、リオネルに「フィオナの意思に任せる」と言われ、考えた末に受けることにした。

 もうひとつ、なぜかアルタリエが《一度くらい教会に顔を出すのも悪くはない》と口を挟んだことも後押しになっている。



 リオネルの引き締まった横顔を、そっと見上げる。


 ふたりの関係性に、まだ表立った変化はない。

 彼の求婚が本気であると知ったのは、つい先日のこと。

 しかし逆に、リオネルはフィオナの返事を急かすことはしなくなった。

 ただ時折、隠しようのない甘さを滲ませた眼差しを向けられ、その度に胸が締め付けられる。


(本当に、わたしにできるの?)


 フィオナは窓の外を流れる景色に目を移す。


 他の誰よりも、リオネルが大切だ。

 それは間違いない。

 彼がヴィシュタへ立つときは、共に行こうとすでに心に決めている。


 だからといって、貴族の婚姻は愛や夢だけで成り立つものではない。


 ヴィシュタは今後、国防の要となる。

 婚約破棄され家門を追放された経歴を持つ妻など、救国の英雄の名に傷をつけはしないだろうか。後ろ盾もないお飾りの辺境伯夫人など、国の外だけでなく内に対しても弱点となりかねない。

 

(彼の足手纏いにだけはなりたくない)

 

 現実が重くのしかかり、未だ答えを出せずにいる。




 ******




 教会に到着すると助祭の案内を受け、司教の執務室に通された。

 室内に足を踏み入れると同時に、荘厳な祭服に身を包んだ司教が執務机からガコッと音を立てて立ち上がる。


「ああ、リオネル卿!」

「ご壮健で安堵しました、ベルナール司教殿」

「よくいらっしゃい……あっ」


 待ち人の来訪に高揚した司祭は、駆け寄ろうとした途端、なにもない場所でものの見事に躓いた。リオネルが咄嗟に支えなければ、派手に転んでいただろう。


「司教殿………」

「いやはや、お恥ずかしい。またやってしまいました」


 教会独特の厳粛な空気に少し緊張していたフィオナは、出鼻をくじかれたような気分だったが、ふたりのやり取りを聞くと、このようなことに慣れている様子だ。


 ひょろりとした痩せ型だが、身長はリオネルに迫るほど高い。

 分厚い眼鏡をかけ、痩黄緑色のやわらかそうな長髪を三つ編みにして背に垂らしている。

 現王の兄であるなら齢は五十を超えているはずだが、皺がなく柔和な顔つきは三十代くらいに見えなくもない。神官というよりは、浮世離れした学者や研究者と言われた方がしっくりくる印象だ。


(この方が、ベルナール司教様………)


 ズレた眼鏡を直しながら顔を上げた司教は、背の高いリオネルの陰に隠れていたフィオナと目が合うとはっと息を飲んだ。


「あなたが………」

「申し遅れました。初めまして、司教様。フィオナ・セルメストと申します。フィオナとお呼びください」


 セルメストは養子先の苗字だ。

 まだ使い慣れず、まさに借りてきた名前のようだが、だからといってスタニエの姓に未練など微塵もない。フィオナはドレスの裾を持ち上げ丁寧に礼をし、頭を上げた。


 しかしベルナール司教は返事を忘れたまま、どこか惚けた表情でじっとフィオナを見つめていた。

 正確には、フィオナの白い髪を。


 初対面のときに不快そうな目を向けられることには慣れていたが、司教のような表情はあまり見慣れないもので、フィオナは戸惑いを覚える。


「司教殿? いかがされましたか」

「…………いや、失礼を。ようこそいらっしゃいました、お二方。どうぞおかけください」


 訝しげなリオネルの言葉で我に帰った司教が、ソファへ着席を促す。

 案内役だった助祭が流れるような動作で、紅茶と素朴な茶菓子をそれぞれの前へ配っていく。このような来客に慣れているようだ。


「ありがとう、下がっていいよ。それから、しばらくここへは誰も近寄らせないように」

「承知しました」

「うん、頼んだよ」


 助祭が生真面目な仕草で頭を下げて部屋を出ていくと、部屋には紅茶の香りが満ち、束の間の沈黙が訪れた。

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