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猛き英雄騎士の敬愛は、頭に鳥を乗せた亡霊聖女に捧げられる  作者: 守野ヨル


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12. 正しくない求婚

 フィオナが問題なく歩くことができるようになったあとも、リオネルは何食わぬ顔でフィオナを抱き上げて屋敷中を歩き回った。

 始めこそ目を丸くしていた侯爵邸の人々もその光景にすっかり慣れてしまい、もはや驚く者は誰もいない。



「君は飾りの派手なデザートより素朴な焼き菓子を好むようだと聞いて、最近人気があるという店を何件か回ってきた。気に入るものが見つかるといいんだが」


「そろそろ季節が変わるな。こちらで用意した既製品だけでは不便だろう。近いうちに仕立て屋を呼んで、身体に負担の少ない室内用ドレスをいくつかそろえよう」


「今、南から来た商隊が夜市をやってるんだ。この辺りにはない珍しい物が並んでなかなか面白いぞ。連れていってやりたかったが、外出はまだ心配だからな。ほら、土産の髪飾りだ。ああ、よく似合っている」



 リオネルはあれこれと細やかにフィオナの世話を焼き、甘やかすような言葉を並べては、そういった気遣いに不慣れなフィオナを困らせる。

 しかしフィオナが本当に困っているのは、その甘やかしのあとに、ついでのように付け足される言葉の方だった。



「それで、俺と結婚する気になったか?」



 リオネルは首を傾け、明日の予定を尋ねるような調子でフィオナの顔を覗き込む。


「………いいえ」


 そしてフィオナはオリーブグリーンの瞳から目を逸らし、首を横に振る。


「ははっ、まだ駄目か。手強いな」


 にべもない返答にリオネルは肩をすくめ、屈託のない笑い声を上げた。


 求婚をひと言で断わられてもまったく堪えた様子がないのは、この応酬が毎日、事あるごとに、数えきれないほど繰り返されているからだ。

 からかって面白がっているわけではなさそうだが、気まずさからフィオナが無言になっても、リオネルはいっこうに構わないようだった。


「ヴィシュタは、これからの季節は涼しくて過ごしやすいぞ。その分、冬は雪深いんだが」


 開戦の地であるヴィシュタ領は、講和条約によって国境線が新たに引き直され広大な領土となった。彼は今回の功績で辺境伯の爵位を賜り、ヴィシュタ領へ封じられることが決まっている。

 リオネルが新たな領主として選ばれたのは、武勲に対する褒賞であると同時に、女神の加護があると噂されるリオネルを盾に隣国を牽制する意図もあるようだ。


「一定期間往来が不便にはなるが、悪いことばかりでもない。面倒な付き合いを断る理由になるからな。土地が広くて未開の部分も多いが、その分余計な雑音も入らず静かに過ごせるはずだ」


 人付き合いが苦手なフィオナの気を引くような条件を並べて、リオネルは熱心にフィオナを口説く。


 リオネルが大きな手で焼菓子をつまみ、口に入れる。よほど美味しかったのか、少年のようにパッと目を輝かせると、もう一度同じ菓子に手を伸ばす。見た目からは想像し難いが、リオネルは酒などより甘いものを好むことを、フィオナもすでに知っていた。


「年の離れた兄にはすでに子供が二人いて、ランバートの後継は問題ない。だから俺は今まで自由にさせてもらっていた。だが戦争から帰ってきてから、面倒な縁談がいくつも舞い込んで辟易しているんだ。君がその座を埋めてくれれば、俺は助かる。バカ男と婚約破棄してウンザリしている君と、気の乗らない求婚に困っている俺。肩を並べて気楽に過ごせると思わないか?」


 ティーカップを掲げながら人を惹きつける笑顔を向けて、おかしな話を持ちかける。


 もちろん、気の乗らない求婚があるのは事実だろう。

 しかし、今や救国の英雄となった彼が望めば、どんな縁組も不可能ではないはずなのに。

 

「夫婦の義務を押し付けるつもりはないから心配はいらない。名目上は『辺境伯夫人』だが、友人としてヴィシュタで自由に過ごしてくれればいい。後継など、縁戚から養子をとれば済むしな」

「わたしは、すでに平民で………」

「言っただろう? それは問題にならない。君はもともと伯爵家の生まれだし、勘当されたと言っても君には何の落ち度もない。ランバートの伝手を使えば、養子縁組先を見つけるのは容易い。必要なのは、君の意思だけだ」


 リオネルは『互いにメリットがあるから契約の結婚をしよう』という誘いをかけているように見せているが、鈍いフィオナにだってわかることはある。


 この提案は、純粋にフィオナのためのものなのだ。


 優しさ。

 あるいはーーー憐憫、だろうか。


 フィオナを保護するためだけに、妻という地位にフィオナを座らせようとしている。


 

 しかし今の彼が結婚という形骸に興味がなくても、その座に『友人』を座らせてしまえば、真実愛する人が現れたときに苦しむのは彼自身だ。

 そんな思いはさせられない。



 テーブル越しに、温かな瞳がフィオナを見つめている。


 幼子を守る父のような。頼りがいのある兄のような。

 あるいは、あの冬の日のココアのような。



(………もう、ここを出ていくべきかもしれない)


 ティーカップの中の水面に映った自分の顔が、風が立てた波紋で見えなくなった。






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