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反転する視点 ~都合の良い解釈をした結果~

 落ち込みながらも、ついうとうと寝入ってしまったようだ。

 何かの気配に意識を取り戻す。あまり手入れの行き届いていない庭、それもこんな夜中に来る者などいないはず。

 とっさに身構える。ごく稀にではあるが、魔物が人間の領域内で発生することもあるのだ。

 だが、違った。この気配には覚えがある。

 蔓薔薇が伸びて狭くなった東屋の入り口。そこから誰かが覗き込んだ。――と思ったら、中にいたギルベルトに驚いたらしく後退って腰の剣を引き抜く。

「“花装(フロレゾン)”ミルフルール!」

 光が瞬いた。その一瞬で、夜着だった彼女の衣服は花弁のドレスと鎧が融合した戦闘装束に変化する。ギルベルトが心奪われた、あの時の姿だ。

 しかし見惚れている場合ではない。敵ではないことを示さなければ。

 ギルベルトはゆっくりと外へ出た。

 自分は寝ぼけているのかと思った。なぜ、どうしてイリスがここにいるのか。眠っていたのじゃないのか。やっぱり起きていたのか。だったら、さっきの出来事も全部覚えているのか。絶望でしかない。

 断罪される気持ちでイリスの前に出る。しかし、彼女は何かに気づいたように声を上げた。

「君、もしやあの時の?」

 問われ、思い出す。そうだ、あの時、自分は獣の姿をしていた。言いそびれていたが、彼女は察してくれたようだ。

「あぁ」

 肯定する。すると華やいだ笑顔が返ってきた。眩しい。

「無事で良かった! 一緒にいた者も息災かい?」

 カイのことだろう。今はもうぴんぴんしている。

「あぁ」

 問われるままに返事をするしかできない。さっきのこと、イリスは怒っていないのだろうか。怖々と様子を窺い見ていると、はっと何かに気づいたように剣を鞘へ納めた。花弁が散り、戦闘装束はもとの夜着に戻る。

「すまない。てっきり魔物が現れたのかと思ったものだから」

「いや、別にいい」

 思いがけず、戦闘装束の姿を見られた。それだけでささやかな幸福を感じる。

 気持ちを落ち着けるため池の畔まで行き、腰を下ろす。するとイリスもついてきたではないか。

「隣、いいかな?」

 喜んで! と口をついて出そうになったが我慢し、頷くに留めた。少し離れて座るところが控え目で可愛い。つい横目で様子を窺ってしまう。夜着の裾から、さきほど巻いた包帯が見えた。

「……足」

「ん?」

「その足、平気なのか?」

 かなり腫れていたように見えたが。歩いても大丈夫なのかと心配になる。

「平気だよ。もう痛みもまったくない。……ありがとう」

 あぁ、良かった。さっきのことを彼女は怒っていないらしい。

 フェリックスの薬は本当によく効く。彼の手柄だ。本当ならそれを正直に伝えるべきだろう。でも、礼を言われたことで嬉しくなって、彼女の気持ちが別の男に向くのが嫌で、言い出せない。隣で小さく笑った声に、いたたまれなくなって背を向ける。

「あっ……。すまない、馬鹿にして笑ったわけではないんだ。どう伝えたら良いのか、わからないけれど……君は、とても美しいと思う。それに、なぜだろうね。国に残してきた弟や妹のことを思い出してしまって。君が優しいからかな」

 寂しげな声だった。同盟強化のための結婚だ。彼女は望んでここにいるわけではないのだと思い知らされる。

「……悔いているのか?」

「え?」

「この国に、来たことを」

 訊いてみて、怖くなる。もし帰りたいと言われたら。帰してやりたい。でも手放したくない。傍に居てほしいと思ってしまう。

 イリスは言い淀んでいるようだった。変なことを訊いて、困らせてしまったようだ。

「正直に言うと……少し……いや、だいぶ不安かな。知っている人が誰もいないというのは思った以上に堪えるね。でも、君にもう一度会えて嬉しかった。それだけで来た価値はあったよ」

「……そうか」

 その言葉に心底安堵する。嫌われてはいないようだ。

 話題が途切れた。何も言えないでいるギルベルトに、イリスは庭の花を眺めながら問いかけてくる。

「見事な庭園だね。君は、ここへはよく来るの?」

「あぁ」

「良い所だものね。静かで風情があるよ。……もし迷惑でなければ、わたしもまたここへ来てもいいかな」

 「好きにしろ」

 迷惑だなんてあるわけがない。この場所が気に入ったならここはもう彼女のものだ。

 むしろこうしてまた語らい合う約束ができて、内心で快哉を叫ぶ。喜びすぎて言葉を選んでいる余裕もない。

 それでも彼女には伝わったようだ。朗らかな笑い声がした。

「ふふっ、ありがとう」

 それから、急に押し黙った。何かを迷っているように、もじもじしている。可愛い。

「……あの――もし、もしもの話なのだけど、その……もし、君さえ嫌でなかったら……」

 ものすごい緊張感だ。何を言われるんだと、身構えてしまう。

「わたしと……と、友達に、なってくれないだろうかっ!?」

 思わず振り返って、彼女の顔を見た。耳まで赤く染めてよほど緊張していたのだろう。可愛い。

 いや、でも、それよりも。

「……とも、だち?」

 ギルベルトの意識は宇宙に飛んだ。

 今日、結婚式、したよな?

 であれば二人の関係性は夫婦のはずだが。友達? 何故?

 あるいはベールアとセパヌイールの文化的な違いだろうか。

 頭の上を疑問符が飛び交う。脳内の辞書で『友達』と『夫婦』の項目を行ったり来たりして余計にわからなくなる。

「ご、ごめんっ! 今のは忘れて……!」

「……いや」

 ギルベルトが返事に窮していると察したイリスは己の申し出を取り消そうとした。ちょっと待って欲しい。まだ整理しきれていない。

「ああああっ! やっぱり嫌だよね、本当にごめんなさい!」

「違う! そうじゃない!」

 断られたと勘違いして縮こまっているイリスの姿は居たたまれなかった。なんだかよくわからないが、これは受け入れるべきだ。直感的にそう思った。

「あんたが、そう望むなら……友達で、いい」

 言ってから、はたと気づく。

 これはもしや、『お友達からはじめましょう』というやつなのではないか。

 諸々の段階をすっ飛ばして夫婦になったことをイリスは納得していないのではないか。

 それはそうだ。同盟強化のための婚姻であることは明白で、それを理解せぬまま嫁いでくるような愚かな女ではないはず。

 そこにあるのは利害の一致や支配的な関係のみ。ギルベルトにとって彼女は憧れの人であり、すっかり浮かれて舞い上がっていたために忘れていたが、本来であれば嫌悪感や敵愾心を抱かれてもおかしくはないのだ。

 それでも友達になろうということは。

 出会い、親交を深め、やがて恋に落ち……という行程を経て、愛を育みたい。そういうことに違いない。

 たぶん、いや、きっとそうだ。数多の恋物語を愛読している妹もよくそんなことを言っていた。妹が一方的にぺらぺら喋るのを話半分にしか聞いていなかったが、一般的に女性はそういう行程を大事にするものなのだろう。

 友達から始めて、なんやかんやあって、やがて夫婦になる。

 これはそういう前向きな申し出なのだ。なるほど、ならば断る理由などない。むしろ望むところである。

「……本当に? 迷惑ではないかい?」

「あぁ」

 ギルベルトが頷くと、イリスはふにゃりと笑った。可愛い。

「嬉しいな。こうして笑えることなんて、二度とないと思っていたよ」

 彼女はそう言ってから、寒そうに背を丸めた。風が出てきたようだ。

「……ここは冷える。次はもっと、まともな格好で来るといい」

「そうだね、そうするよ」

 夜着姿も捨てがたいけれど、冷えるのは良くない。将来的には子供も欲しいし。

 十年後くらいの彼女の姿を夢想してみて、それだけで幸福な気持ちになる。うっかり子供の名前まで考えだしそうになって、慌てて現実に引き戻った。

 そして、これだけは絶対に言っておかなければいけないことを思い出す。

「命を救ってくれたこと、感謝している。……俺も、あんたに会いたかった」

 部屋を戻ろうとするイリスの背に、そう伝えてギルベルトもその場を去った。

 もう少し夜風に当たろうと思う。

 そうしなければ、今夜は眠れそうにない。

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