失敗の代償
山林へと逃げた魔物の痕跡を追う。
安全が確認されるまで近隣住民は外に出ることもままならない。健康な者ならまだしも、薬が必要な病人やお産を控えた産婦などのことを考えると休んでいる暇もなかった。
イリスは聖剣ミルフルールで、ギルベルトは獣化した力で魔物を薙ぎ払っていく。
しかし、おかしい。
「数が多いように思うのだけど……」
イリスの呟きに、ギルベルトも頷いた。
取り逃がした魔物の数より、すでに多くを討伐している。それでもまだ、あちらこちらで戦闘が行われていた。まるで今ここで湧いて出ているような。
実際、さほど苦戦はしていなかった。数の多さには辟易するが、王都に出ていた魔物たちよりは愚鈍で弱いものが多かった。
ベールアで大規模発生した時は、獲物を多く取り込み強大化したものが多数いた。その時も現場はやはり山中であったために気づくのが遅れたのだ。
早期に対処できずにいれば、王都は廃墟と化していただろう。
ミハイルが聞き拾ったのは断片的な情報だ。「今回は倍」という言葉から、てっきり魔物の数そのものだと考えていたが、まったく別の何かを指していた可能性もある。
「実験とやらはこの付近で行われたのかもしれないな」
また一体の魔物を両断し、黒い狼の姿になったギルベルトが言う。力を温存するために、戦闘時以外はこの姿でいるのだ。
たしかに彼の言う通り、魔物の痕跡は王都とこの山林の間にしか見られなかった。
ということは、ここで発生して王都を襲った。そして不利を悟ってまたここへ逃げ帰った。そういうことだろう。
「むしろ、まだ実験の最中なのかもしれないね」
斬っても斬っても終わりが見えない。人工的に魔物を発生させるという実験がまだ続いている可能性がある。
「実験というからには観察と記録が不可欠だ」
ギルベルトが言わんとしていることをイリスも考えていた。
実験者はまだセパヌイールにいる。救援の早さは彼らにとって想定外であったはずだから、急遽逃走を図るにも身動きが取れずにいるはずだ。彼らが船でマナルフに戻るのであれば、その復路に必要な物資を確保しなければならない。
港にはマナルフのものらしき船は見当たらなかった。密航船で来て、どこか別の場所から侵入したのだろう。
家を失い逃げ惑う人々を捕らえて連れ去っていくことも目的なのだとしたら、それなりに大きな船であるはず。大型船が着岸できる場所の候補を頭の中で挙げていく。
「山の迂回路の途中に入江があるよ。そこなら大きな船も隠せるはずだ」
地形を頭に思い浮かべ、イリスはギルベルトを先導して駆けだした。
魔物を人工的に発生させる技術など確立すれば脅威である。絶対に阻止しなければいけない。
これはセパヌイールやベールアだけの問題ではないのだ。やがては世界を飲み込んでしまうだろう。
山を深く抉るような入江は複雑な岩礁で形成されていた。
そこには、確かに大きな船があった。いや、船であったものの残骸が。
帆柱が折れ、転覆し、船底を晒している。まるで何か大きな生き物に囓られたかのように、船体には穴が開いていた。
砂浜には積み荷が打ち上げられて波に洗われていた。手錠や足枷らしきものもある。それを何に使うつもりだったのか、考えるだけでおぞましい。
「乗組員らしき者も見当たらないね。どこかへ逃げたか、あるいは――」
崖上から入江を見下ろしていたイリスの耳に、ぞぞぞぞ、と何かが這うような音が届いた。
はっとしてギルベルトの顔を見る。彼も気づいたようだ。互いに目を見交わし、音を追って走り出した。
嵐でもないのに大きく損傷した船。助けを求める生存者の声もなかった。
嫌な予感がした。そしてそれは当たるものだ。
「実験は失敗したようだな」
ギルベルトの低い唸り声に、イリスは聖剣を強く握ることで応えた。
大きな蜘蛛だった。複眼であるべき場所には、いくつもの人の顔が埋め込まれていた。
皆、暗い髪色をしている。セパヌイールの人間ではない。
食らわれた実験者たちは、虚ろな目でイリスたちを見下ろしていた。




