穏やかじゃない里帰り
王城に群がっていた魔物はベールアの精鋭部隊によってあらかた討伐された。
とはいえ、すべてではない。援軍の強さを察知した一部の魔物は近郊の山林へと逃げ込んだ。警戒を緩めるのは早計であろう。
「速やかに追撃を開始する。これ以上、力と知恵をつけられれば厄介だ」
怪我人の救護が進む中、ギルベルトは休む間もなく打って出ようとしていた。
取り逃した魔物の数は少なく見積もっても十数体。力をつけて、再び戻ってくる可能性だってある。そうなる前に討つのだ。
「ベールアの精鋭部隊の一部を残していこう。もし王都で何かあればすぐ報せてほしい」
カイの部下であるハヤブサの青年にそう頼み、イリスも追撃に加わることになった。
割れた天窓に崩れた城壁。生まれ育った場所の荒れ様に胸が痛む。
それでも被害は最小限に抑えられた。セパヌイールの騎士団とカイたちが奮戦してくれたおかげだ。
「俺はもう一歩も動けないからな。あとはお前らでなんとかしてくれ」
頭に包帯を巻き、片足に添え木をしたカイが疲れ切ったように床に座り込んでいた。
クラリスを庇って床にたたきつけられ彼は意識を失ったものの、目を覚ました後はこうして会話もできるようになっていた。しかし、この怪我では戦線離脱はやむを得ない。
「充分すぎるくらいだよ。あとは任せてほしい。――妹を救ってくれて、ありがとう」
カイが守ってくれたクラリスは掠り傷ひとつなく無事だった。普段はふざけてばかりいるのに、いざという時にはやる男だ。イリスは感謝の念を込めて彼に頭を下げた。
「なぁに、子供を守るのは大人の役目だからな」
へらっと笑うカイの傍で、新しい包帯を用意していたクラリスがわずかに俯く。その心の機微にイリスは気づいたものの、いくら恩人とはいえまだ幼い妹をよりにもよってこの男にくれてやるわけにはいかないとイリスは黙っておくことにした。幸いなことにカイはクラリスのことを単なる遠縁の子供としか思っていないようだ。
王城を簡易の病棟とするため、動ける者は忙しく立ち働いている。その中には王子でありイリスの弟でもあるフィルマンもいた。イリスがベールアに嫁いだことで王位を継ぐことになった彼は、見違えるほどに頼もしくなっていた。
「姉上、お元気そうで何より。できることなら、このような状況での再会はしたくありませんでしたが」
「そうだね。わたしも、もっと穏やかに里帰りがしたかったものだよ」
互いに苦笑いを交わす。別れた時は、まさかこんなことになるなんて思っていなかったのだから。
「ところで姉上。あの……」
どこか言い辛そうにフィルマンの視線が動く。その先には、対峙する父とギルベルトがいた。
ギルベルトは眉間に皺を寄せてイリスの父を見下ろしていた。そして父はそれを真っ向から受け止め、険しい顔つきをしている。
傍から見れば一触即発である。本来ならば時期女王であったはずのイリスを強国の圧力で嫁に迎えたことを父は快く思っていない。
実際のところギルベルトは誠実で、縁談を持ちかけてきた皇帝はちょっと声がうるさい元気な人だった。新しく家族となった人々も良い人ばかりである。
しかしながら、それを実際に目にしていない父や弟たちには今ここにいるギルベルトの姿から判断するしかない。そしてギルベルトはいつもの通り、厳めしい顔で周囲を威圧していた。
あれは緊張している時の顔だ。イリスにはそれとわかる。仕方なく助勢しようと歩み寄った時、ギルベルトは父に向かって直角のお辞儀を繰り出した。
「娘さんを頂きました」
「どうして君はそう語弊のある言葉選びをするんだ」
溜め息をついてイリスはギルベルトに並び立った。彼は何か間違ってしまっただろうかと、きょどきょどしている。
おそらく「娘さんをください」と言おうとして、すでに結婚しているわけだから彼なりに過去形にしてみたのだろう。だいぶ思考が読めるようになってきた。
「悪気はないんです、お父様。この人ちょっと、いえ、かなり口下手なだけで」
怪訝そうにしていた父だったが、それを聞いて堪えきれずに吹き出してしまった。
「そうか……。お前が幸せそうで良かった」
肩の力が抜けたように、父は杖に寄りかかった。
「殿下、イリスをよろしくお頼み申します。そして――今一度、ご助力願えるだろうか」
セパヌイールはイリスを失ったのではない。
ベールアという強固な後ろ盾を得たのだ。
そこには何の見返りもない。ただイリスの故郷である、それだけでギルベルトは、そしてベールアはこの小さな国を守ってくれる。
「この牙に懸けても」
大帝国の皇子が、小国の王に、騎士がごとく恭しく礼をした。




