籠城
セパヌイールの王城は避難民で溢れかえっていた。
しかし、ここまで辿り着けたのはごく一部。避難に間に合わなかった者たちは、それぞれ屋内に退避して息を潜めているはずだ。
「とにかく今は籠城しかない。援軍が来るまで耐えるんだ」
家族や友人とはぐれた者たちが捜しに行きたいを訴えるのをカイは宥めて回っていた。
カイとその部下たちが到着して間もなくである。ベールアからの使者として国王に謁見している時に、王都周辺から魔物発生の報せが続々と舞い込んできて、カイの話に困惑するばかりだった国王たちは騒然とした。
ミハイルの情報は正しかったということだ。
そしてすぐさま王城に逃げ込んできた者たちを受け入れ、近隣住民には屋内に留まるよう報せを走らせた。
こうなればもう、援軍を待つしかない。
カイたちはセパヌイールの騎士団に協力し、王城の警備に当たっていた。逃げてくる途中で魔物に襲われ怪我をした者たちもいて、王城の侍女たちや、まだ幼い王子と王女までもが手当や炊き出しに奔走している。
「ベールアの皆様も、休める時にお食事なさってください」
勿忘草色の髪をした八歳の少女が焼きたてのパンを籠いっぱいに抱えながら城壁通路に現れ、カイにそう告げた。
セパヌイールの王女クラリス。イリスの妹だ。姉とよく似た顔は白い粉で汚れている。彼女自らパンを作って避難民や兵に配り歩いているのだ。
「そう言う姫様も少しは休みなよ」
パンをひとつ貰って囓りながらカイが言うと、クラリスはふるふると首を横に振った。
「いざという時に戦ってくださる方には優先的に力を温存していただかなければ。お父様もそう仰っています」
幼いがしっかりしている。さすがはイリスの妹だと感心した。
セパヌイールの国王は足が不自由だ。万が一に備えて王城の最奥に王を留め、騎士団が警護している。
「それに、もうじき姉上様が来てくださるのでしょう? 久しぶりにお会いできるのが楽しみで、じっとしていられないのです」
そう言ってクラリスは城の外へ目を向けた。
城壁といっても、ただの壁ではない。内部にはいくつも部屋があり、最上部では兵たちが哨戒に当たっている。カイとクラリスもその場に立っていた。
日が沈んで辺りは薄闇に包まれている。しかし城下に灯りはない。まるで廃墟のようだ。
それでも、そこに人はいる。災厄が過ぎ去るのを震えて待っている。
「あら? 何か……」
外を見ていたクラリスがびくりと震えて後退った。入れ替わりで身を乗り出したカイの目にも、それははっきりと見えた。
薄闇の中、城下に蠢く異形。
這うもの、飛び跳ねるもの、大きさも形もばらばらで、けれど一様に獲物を求めて彷徨っている。
「あの時の倍? マナルフは算数ができないのか?」
見える範囲だけでも数十を超えている。軽口を叩きながらも、カイの頬に冷や汗が伝い落ちた。
斥候として到着してから二日が経とうとしている。
セパヌイールはベールアの南方にぽつんと浮かぶ島だ。さほど離れていない距離とはいえ、船ならまだもう少し時間が掛かるだろう。
それまで持ちこたえる。
できるかどうかは関係ない。やるのだ。
「俺も意趣返しがしたいしな」
あの時、カイは部下をひとり失っている。
笑顔の下に憤怒の炎が燃えていた。




