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皇帝に相見える

「話は聞かせてもらった!」

 びりびり響くほどの大音声を謁見の間に響かせたのはベールア皇帝フリートヘルムであった。

 黒髪に金色の瞳。筋肉質でまるで巌のような体躯をした美丈夫である。しかし何より声が大きい。

「マナルフの少年の言葉が正しければ一大事! セパヌイールは同盟国にして我が一族も同然! よって! 全軍を挙げてお助け申す!!」

「陛下、もう少し静かにお話ししてくださいませんと、逆に聞き取り辛いですよ?」

 助け船を出してくれたのは皇后ヨーゼフィーネ。結い上げた髪はマリーナやレオンハルトと同じ銀色だったが、瞳は冬空のような薄い青をしていた。

「うむ!? これでも普通に話しているつもりなのだがな!?」

 体躯や声の大きさに似合わず、きょとんと首を傾げる姿は可愛らしいように思えた。

 なるほどこの不器用さは父譲りかと、イリスは隣に立つギルベルトを横目で見つつ思った。容姿は三兄弟妹揃って母に似たようである。

 結婚式で顔を合わせた時にはむっつりと口を噤んでいて、どのような人柄なのか計り知ることもできなかったが、これがあるから黙っているよう周囲に言われていたのかもしれない。

「準備が整い次第すぐに出立したまえ! 兵が足りなければ私も出陣するぞ! 久々に暴れてやるわ! うはははは!!」

「やめてくださいまし、陛下。セパヌイールが焦土と化します」

 薄く微笑んだまま、ぴしゃりと止める皇后の言葉にイリスは愛想笑いも忘れてしまった。

 冗談や大げさなどではない。皇后の態度でそれがわかったから。

「ご助力感謝申し上げます。ですが陛下はベールアの要。帝都にて吉報をお待ちください。必ずや魔物を蹴散らして参ります」

 軍服を身に纏い、聖剣を携えたイリスの敬礼に皇帝は満足そうな顔つきで頷いた。

「うむ! やはりそなたを嫁として迎え入れて正解であった! 我が息子が惚れ込むのも頷ける! お膳立てしてやった私に感謝するんだな、ギルベルト!!」

「陛下、本人たちの前で言ってやるのはおよしになって。――あなたたち、もう行ってよろしくてよ」

 暴れ馬を御すような皇后に促され、イリスとギルベルトは退出した。ギルベルトは頭痛を堪えるように渋い顔をしている。

「……愉快なご両親だね」

 そう言うしかないイリスに、ギルベルトは溜め息で応えた。

「愉快なだけなら良いんだがな。ただ単純に――うるさい」

 小言が多いとかいう意味ではなく物理的な話である。それは間違いないと同情せざるを得なかった。

 とはいえ、これでベールアの精鋭部隊をセパヌイールに派遣できる。これからイリスとギルベルトは港へ向かい、セパヌイールに向けて出立するが、すぐにレオンハルトが本隊を率いて来てくれる手筈だ。

 その間、ミハイルと侍女たちのことはマリーナに頼むことにした。戦場に立てばイリスは一介の武人である。それに、ミアやノーラを危険な場所に連れていくわけにはいかない。

 斥候としてカイとその部下たちがすでにセパヌイールに向かっている。ベールアからの救援はマナルフも想定しているだろうが、これほど早く動くとは思っていないはず。

 迅速に。勝機は唯一それのみだ。

 気持ちが逸って足がもつれそうになる。ちょっとした段差につまずきそうになったイリスをギルベルトが支えてくれた。

「ごめん。焦るのは良くないって、頭ではわかっているのだけど……」

「だったら焦ったままでいい。それでお前の動きが鈍るのなら、俺がそのぶん鋭くなればいいだけだ」

 事も無げに答えるギルベルトにイリスは苦笑を浮かべた。

 並び立つ戦士としての言葉だった。心強い。でも、それではだめだ。

「鈍らせる気はないよ。船に乗っている間、研ぎ澄ませてやる」

 己を鼓舞するように言う。するとギルベルトはわずかに口角を上げた。笑ったようだ。

「マナフルはきっと後悔するな」

 当然だ。後悔させてやる。

 一年前、ベールアを襲ったことも。そして今、セパヌイールに手を出したことも。

 怒りの種を胸に秘め、イリスはギルベルトと共に船に乗り込んだのだった。

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