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故郷を救え

 朝食を終えたイリスたちを呼びにきたのは、ミハイルの看護を任されていた宮殿の侍女だった。

 急ぎ、イリスに話したいことがあるという。

「お呼びして申し訳ありません。本来なら僕が伺うべきなのに……」

「いいんだよ。身体が芯まで冷えてしまって、昨日はまともに話せないくらいだったんだから」

 冷たい海水に長時間浸かっていたミハイルは、海から上がってきた時には震えて唇が真っ青になっていた。イルカに獣化したマリーナとは違い、普通の人間なのだから仕方の無いことだ。

 今は顔の血色も良くなっているが、まだ寝台から出ないようにと宮殿の侍医から言われている。

「それで、話したいことって?」

 訊ねると、ミハイルは一瞬ためらうように俯いた。それでも、すぐに毅然と顔を上げる。

「セパヌイールに危機が迫っているかもしれません」

「どういうこと?」

 あまりに突然で、イリスは怪訝に思ってしまった。一緒についてきたギルベルトやレオンハルト、カイも話が飲み込めないでいるようだった。

「詳しく話してくれるかな?」

 ミハイルに説明を促したのはレオンハルトだ。穏やかで優しげな彼の微笑みにミハイルも安心したのか、順を追って話し出す。

「マナルフには古い図書館があるんです。後宮育ちでも、そこには出入りが許されていました。優秀な子供を育てるためなんでしょうけど……。そこで僕は母のために医療について学んでいたんですが、時々、学者たちの話し声も聞こえてきて……」

 ミハイル自身、半信半疑だという表情で告げる。

「魔物を人工的に発生させる研究を進めている、と」

 その場にいた全員が息を飲んだ。

 そんなことができるのか。できるのだとしたら、なんのために。

「馬鹿らしい噂と思っていました。でも、昨日、船から脱出するために様子を窺っている時に将校たちが話しているのが聞こえてきたんです。断片的にですが……『実験部隊はセパヌイールに向かっている』『今度は一年前の倍だ』と」

「一年前って……」

 イリスが呟く。皆も同様のことを考えたはずだ。

 一年前、ベールアで大規模な魔物の発生があった。そこでギルベルトとカイは命を落としかけたのだ。

 もしもあれが意図的に引き起こされたのだとしたら、セパヌイールは……。

「確証のない話です。まったく関係ない話を僕が聞き違えたのかもしれません。でも、もしも万が一、本当なのだとしたらと思うと黙っていられなくて……」

「よく話してくれたね。君はとても勇敢だ」

 沈痛な面持ちで語るミハイルをレオンハルトが称えた。

 マナルフの生まれで、祖国の罪を告発すれば憎しみは彼自身にも向けられるかもしれない。それでも彼は話してくれた。セパヌイールの、そしてイリスのために。

「マナルフは他国で危険な実験を行っているということ? どうして? なんのために?」

 動揺で問いを重ねるイリスに、ギルベルトが静かな声で答える。

「兵器として使うつもりなんだろう。ベールアとセパヌイールをあえて選んだというのなら、共通点は――」

「希少な特徴を持つ、言ってしまえば金になる人間がいるってことだな」

 ギルベルトが言い淀んだのをカイが引き継いだ。

「一年前の事件では多くの民が焼け出された。帝都からの救援で生活を立て直した者もいる一方で移住を余儀なくされた者もいる。……人攫いするには、うってつけの環境が出来上がるってわけだ」

 カイの言葉に、イリスは骨の髄まで凍える思いだった。

「じゃあ……実験を兼ねて、逃げ惑うセパヌイールの民を攫おうというの!?」

 あまりのことに掠れた声しか出なかった。

 父の、弟の、妹の顔が脳裏に浮かぶ。

 セパヌイールは穏やかで小さな国だ。それを大量の魔物が襲う。一体、何日持ちこたえるか。

「セパヌイールからの救援要請を待っていたのでは間に合わないね――カイ、飛べる者を集めて斥候を頼むよ。ギルベルト、今は緊急事態だから君の部下たちを呼び寄せている暇はない。僕の部下を貸すから、イリスさんと一緒に第一陣として出立してくれ」

 レオンハルトの指揮のもと、救援作戦が組まれていく。

 こんな時でも彼は笑顔を絶やさなかった。

「行ってみて、何事もなければそれで良し。皆でイリスさんのご家族にご挨拶して帰ってこようよ」

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