光の花の下で
時計台の扉は錠前がすでに外されていて、すんなり入ることができた。
中は螺旋階段になっていて、壁の燭台には火が灯っている。
時計の文字盤裏の機械室を通り過ぎ、さらに上の鐘楼まで上がると、急に視界が開けて髪が風に煽られた。
顔に掛かった髪を払いのけ、イリスは目を瞠る。
眼下に帝都の夜景が広がっていた。星の光が負けてしまうほどの煌めき。
これはすべて人が作り出した光だ。あの灯りひとつひとつが人々の営みによって息づいている。
豊かで、なんと美しい光景だろう。
「これを見せてくれようと思ったんだね。ありがとう」
扉の鍵が開いていたのも、燭台の灯りが点いていたのも、先んじてギルベルトが用意していたからだ。宴席に遅れて来たのもそのせいだろう。
しかし彼は答えない。何かを待っているように、じっと夜景を――その向こうの郊外を見つめている。
その視線の先から、ひゅう、と風を切るような音が聞こえた。
なんだろうと目を凝らす。夜空を光の球が尾を引いて駆け上がっていって、闇にふっと消え――大輪の花が咲いた。
赤と緑と黄と。無数の光の粒が放射状に弾け散る。
イリスは目を見開いた。これが花火……と無心で空を見上げていると、どんっ、と音の塊がぶつかってくる。
「わっ、何!?」
「衝撃波だ。要するに爆発だからな」
爆発。この美しいものにそぐわない言葉だ。そういうところが彼らしくもあって、乾いた笑みが込み上がってくる。
夜空には次々に花が咲いてはばらばらと散っていく。遅れて音がやってくる。それはまるで打楽器で音楽を奏でているようでもあって、慣れてくるとその音すら楽しくなってきた。
花火を見たことがないという何気ない言葉を覚えていてくれた。本当に見せたかったのはこれだったのだ。鐘の音が合図だったのか、花火が始まる時間を知っていたから急いでイリスを連れてきたのだろう。
嬉しい。不器用だけれど優しいその心遣いが。
隣に立つギルベルトの顔を見上げる。すると彼も視線をイリスに向けた。いや、ずっと見ていたのか。花火が咲くごとに、その色が彼の金色の眼を染めている。
もっと奥深くまで覗き込みたくなるような、魅惑的な色だった。
「ありがとう。とても綺麗だよ」
それは花火のことなのか、ギルベルトのことなのか、イリス自身にもわからなかった。
彼はじっと見下ろしたまま答えない。音のせいで聞こえなかったのだろうか。
もう一度、耳元に近づいて同じことを言おうとつま先立ちになった。
そのイリスの頭に、まるで捕まえるように彼の手が添えられた。菖蒲色の髪に飾っていた白薔薇が落ちる。腰にも手を回され、力強く引き寄せられ、驚く間もなく唇を塞がれた。
長いようで短く、短いようで長く。やがてどちらともなく重ねていた唇を離し、互いに顔を見交わした。
光に照らされる彼の頬が赤い。でもきっとお互い様だ。どんどんと響くのが花火の音なのか自分の心臓の音なのか区別がつかない。
それがなんだか可笑しくて、笑いを堪えるためイリスは彼の背に両手を回してその胸元に頬を寄せる。
応じるようにギルベルトの手もまたイリスの身を抱きすくめる。
最後の最後、一番大きな夜空の花が明るい光を放ち、夕闇へと融けるように散って消えた。




