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モテる兄がいると弟は不安でしかたない

 手を繋いだままで宮殿の庭を歩く。

 散歩、といった風情ではない。急ぎ足でどこかへ向かっているようだった。鳴いている虫の音を楽しむ暇さえなく、どこがどこだかわからないイリスはただついて行くしかない。

「ずいぶん歩くね」

「そうだな」

 暗にどこへ行くのか訊ねてみるが答えは素っ気ない。

 今さらそれを悪いほうへ受け止めることはないが、無言でただ歩くというのも気まずいものだ。

 なので、返事などないことはわかった上で宴の感想をしゃべり続ける。

「マリーナは十三歳なのに立派だったよ。振る舞いはすっかり大人だね。皇太子殿下も楽しいお方で、わたしには兄や姉がいないから――」

 そこまで言って、口を噤む。ギルベルトが急に立ち止まったからだ。

 顔を見上げてみると、不服そうな金色の目と視線がぶつかる。

「なぜ兄上の話をするんだ」

「なぜって……君のご兄弟だからだよ。マリーナのことも話しただろう?」

 要は単なる当たり障りない世間話である。天気の話をするようなものだ。

 しかしギルベルトは気落ちしたように視線を落としてしまう。

「……皇太子殿下とは、あまり仲が良くないの?」

「いや、そういうわけではない。干渉が過ぎてまたに煩わしいと思うこともあるが嫌いではないし、嫌われてもいない」

 人間関係に関して彼がここまではっきり言うのは珍しい。マリーナも含めて兄弟仲は良好なのだろう。

「だったら、どうして?」

 問いを重ねると、ギルベルトはしばし黙り込み、重々しく口を開く。

「兄上の回りには人が集まる。特に女人は蜜に群がる蟻みたいに寄ってくる」

「そこはせめて蝶とでも言いなよ」

 若い娘たちを蟻呼ばわりするギルベルトに呆れはしたが、言い得て妙ではある。レオンハルトと踊りたくて列を作る様は蟻というか鴨の子というか、見ているぶんには面白かった。

「あれは生来の才能みたいなものだ。兄上本人にも制御できない。だから……あまり近づいてほしくない」

 繋いでいた手に力がこもる。訴えるような、すがるような眼差し。

 それはつまり――

「妬いていたの?」

 ずばり言うと彼は俯いてしまった。図星だったようだ。

「何を馬鹿な。わたしにとって皇太子殿下は君の兄上であるということ以外に思うところはないよ。わたしは蟻でも蝶でもないからね」

 溜め息交じりのイリスの言葉に、ギルベルトは安堵した。迷子が母親を見つけた時のようなその表情に、苦笑が漏れる。

「それにね、心配しなくたって、わたしは――」

 言いかけた言葉はかき消された。すぐ頭の上で鐘が鳴っている。

 見上げてみると、そこは時計台だった。機械仕掛けの音が規則正しく鳴る。

 イリスたちは時計台のすぐ足元にいたのだ。立派な造りに感心して見上げていると、慌てたようにギルベルトが走り出す。――イリスと手を繋いだままで。

「急にどうしたの?」

「いいから、早く」

 手を引かれるまま、ついて行く。

 鐘の音は八回鳴ったところで止まった。

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