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舞踏会から抜け出して

 レオンハルトの言葉通り、祭りは街中だけでなく宮殿内をも明るくしていた。

 大広間には貴族や豪商が招かれ、華やかな装いを競い合っている。

 レオンハルトによると、ギルベルトにもイリスを連れて来るよう手紙を出していたそうだ。それも、結婚直後から何度も。

 しかしその返事はすべて否。もともと社交の場に出ることを嫌っていたため、今回もだめかと諦めていたから、彼も驚いたらしい。

 ミハイルのことがあったから帝都に来た。それは偶然ではあるものの、イリスが祭りに興味を持っていたのは事実であり、それを叶えてくれたのだ。

 今、ミハイルは宮殿の一室を借りて休んでいる。ずいぶん身体を冷やしてしまったものの、命に別状はないそうだ。

 そしてイリスは、借り物のドレスを着て広間へと赴いた。

 瞳の色に合わせた明るい緑のドレス。髪は結って白い薔薇を飾った。クヴェレ城から伴ってきたミアとノーラも着飾って背後に控えている。

 セパヌイールでの饗宴とは規模がまるで違うため、気後れする。ミアたちも見るからに緊張していて、三人で励まし合いながら支度をした。

 大広間へと繋がる階段の上に立つ。その瞬間、大勢の人の視線が集中した。

 結婚式の時にも多くの人に囲まれたが、あの時はそれどころではなかったし、式の後は慌ただしくクヴェレ城へと向かったからそれほど視線を感じなかった。しかし今は、明るい大広間で、まるで珍獣でも見るような目を向けられている。

 やはりこの髪色は目立つ。そのうえ女剣士で猛獣皇子の妻。好意的な眼差しもあれば、ひそひそと囁き合う者たちもいた。

 それらすべてを見ぬふりで、堂々と胸を張って赤い絨毯敷きの階段を降りていく。

 ギルベルトとセパヌイール。二つの誇りを背おっているのだ。侮られるわけにはいかない。

 階段を降りきった時、集ってきた人々がさっと道を開けた。

「お義姉様!」

 その道のど真ん中を駆けてきたのはマリーナだった。本日、見事に大役を成し遂げた彼女は今、金の刺繍を施した青いドレスを身に纏っている。

「わたくしと踊ってくださいな」

「もちろん、喜んで。でも……」

 イリスは周囲を窺った。レオンハルトとカイが若い娘たちに囲まれてる。しかし、捜している人の姿が見当たらない。

「ギル兄様でしたら、身支度を終えてすぐ消えてしまいました」

 呆れたように言うマリーナに、イリスも小さく溜め息をつく。

「仕方がないよ。苦手なものを無理強いするのは良くないからね」

 そう答えてマリーナの手を取り、弦楽に合わせて踊り出す。物珍しそうにイリスを見ていた人々も、第二皇子の妃と皇女の戯れにつられて踊り始めた。

 そして一曲が終わり、マリーナと手が離れる。

 すると、それぞれ別の者に手を取られた。マリーナは慣れた様子でその相手と踊り始める。

「私とも一曲お願いできますか?」

 イリスの手を取ったのは知らない男だった。三十手前だろうか。イリスは一瞬怯んだが、顔には出さなかった。

 こういう場で踊りに誘うのは恋愛絡みとは限らない。交友関係を広め、己の味方を増やすためでもあるのだ。中には踊りながら商談する強者だっている。

 だから既婚者同士で踊ることだって珍しくはない。この者も何か皇帝一族か、あるいはセパヌイール王家に交渉したいことでもあるのだろう。

 ならば断るのは得策ではないか。

 思案を巡らせたのは一瞬。しかしその一瞬で、イリスの手は横合いから奪い取られていた。

 気配もなく現れたギルベルトが、無言のまま男を見下ろす。

「これはこれは……失礼いたしました」

 冷や汗を浮かべながら、男は苦笑いで去っていった。

「……良かったの?」

「構わん。ああいう交渉事は兄上の仕事だ。うちの管轄じゃない」

 なるほど、レオンハルトが娘たちに囲まれて近寄れないから、イリスに仲介してもらおうと思ったわけだ。

 いや、しかし、そうではなくて。

「君はこういう場は好きじゃないのだろう?」

「そうだ」

 即答である。わかっていたが。

「だが……お前と踊るのは悪くない」

 言うなり、イリスの手を引いて踊り始める。

 彼は軍服姿だ。最礼装であるから当然ではあるが、見慣れた姿なのにまるで別人かと思ってしまって顔を凝視する。

「どうかしたのか」

「いや……踊れるんだと思って」

「子供の頃に無理やり習わされただけだ」

 それでもこうして身についているのだから流石の身体能力である。

 音楽が止まる。楽隊が楽譜をめくる。そしてまた次の曲が流れ始めたが、踊る者は誰もいなかった。

 広間の中央にいるイリスたちを皆が見ていた。ほうっと溜め息まで漏れ聞こえた。

 レオンハルトとカイを取り囲んでいた娘たちまでもが振り返っていて、カイはにやついた顔を隠そうともしていない。

「いよっ、御両人!」

 その上、冷やかしまで飛ばしてくる。隣に立っていたレオンハルトが穏やかに微笑んだまま彼の脇腹に拳を叩き込むのをイリスは見逃さなかった。

 カイのせいでさらに注目を浴びてイリスは急に恥ずかしくなる。回りは知らない人だらけだ。どこを見たらいいのかわからない。

 イリスがまごついていると、ギルベルトは再びその手を引いた。音楽に合わせて足取り軽やかに。

 それにつられて周囲もまた踊り始める。しかしギルベルトは人々の間を縫ってイリスを外へ連れ出した。

 ミアとノーラを置いてきてしまった。でも、マリーナがいるから大丈夫だろう。

 庭へ出て、空を見上げると細い月が懸かっていた。

 清々しい秋の夜の空気を胸一杯に吸い込む。

 ほっとした瞬間、ギルベルトと指を絡めて手を繋いでいることに気づいて、再び顔が火照ってしまった。

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