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兄妹勢揃い

 マナルフの軍艦が港を離れてから数時間が経過した。

 灯台のすぐ傍で、イリスたちはただ待つしかない。

「大丈夫。マリーナならきっとやってくれるよ」

 イリスの不安を見て取ったのか、そう励ましてくれたのは皇太子レオンハルトだった。

 マリーナと同じ銀髪に金色の瞳。顔立ちはギルベルトとよく似ているが、柔和に笑うその表情は輝かんばかりで、頭が混乱しそうになる。

 ギルベルトより五つ上で二十二歳だそうだが、まだ独身であるらしい。帝位を継ぐ彼に沿う妻は、そう簡単には決められないのだろう。

 しかし、独り身でこの容姿である。彼がここにいると聞きつけた街の娘たちが一目見ようと集まり、灯台周辺は警備兵が出る騒ぎとなっていた。収穫祭と重なったこともあり、人々も浮かれているようだった。

 マナルフの迎えがこの日だったのは、収穫祭で漁船が外洋に出ていないからだろう。万が一、ベールアの船が追ってきた場合、他の船に紛れることなく追っ手を発見しやすい。

 彼らはミハイルが裏切る可能性も考えている。その身柄を取り戻されることを警戒しているはずだ。

 よって、カイによる空からの奪取は難しい。見張り台の水夫が常に空から近づく者がないか見ている。ベールアには獣化の力を持つ者がいることは彼らも知っているのだから。

 そう。知っている。ベールアの貴人が獣化できるのは陸の獣と鳥が多数を占めるということを。

 しかし、極稀にだが、海の獣の力を持って生まれてくる者もいる。

 ベールアの長い歴史の中でも数えるほどしかいないその力を持つ者が、この時代、ここにいた。

 皇女マリーナである。

 まだ十三歳の彼女はその力を公にしていない。さらには彼女自身に何か事情があるようで、あまり人に知られたくはないようだった。

「どうしてマリーナは隠したがるのでしょう」

 レオンハルトに尋ねてみる。すると彼は苦笑いを浮かべた。

「あぁ、それはね……。あの子が八歳くらいの時だったかな。図書館で異国の言葉を記した本を見つけたそうでね。面白がっていろいろ調べていたんだよ」

 マナルフよりずっと遠い最果て。そこでは異なる言語を使う民族がいることをイリスも知っている。

「それで、『イルカ』という言葉がその言語でどう書かれるのか調べたら……『海の豚』と書くらしいんだ。それで落ち込んでしまって」

「豚……」

 そういえばマリーナが言っていた。字面がどうのと。

「あの子の前では言わないでやってね」

 些細なことかもしれないが、綺麗なものや可愛いものが好きなマリーナには受け入れがたいことだったのだろう。レオンハルトに頼まれるまでもなく、この件は聞かなかったことにするつもりだ。

 ともかく、マリーナの能力によってミハイルの救助方法は決まった。

 出航した軍艦を獣化したマリーナに追跡してもらう。船底の陰に隠れながら、ひっそりと。

 そして陸から充分に離れたところで、ミハイルが自害を装い、海に飛び込む。

 マナルフの将校たちはまさかそれで助かるとは思いもしないだろう。泳いで戻れる距離でもなく、周囲には助けてくれる船もない。

 ミハイルは死んだものとして、ベールアで弟と生きていくのだ。

 海に落ちたミハイルはマリーナがここまで連れ戻してくれる。そういう手筈になっている。

 ただし、万が一、ミハイルが船室に閉じ込められるなどして身動きが取れなければ、この作戦は成り立たない。

 賭けではあった。ただ、数少ない船室をミハイルを閉じ込めるために潰す可能性は低い。将校やその部下たちが私室として使うはずだ。そう踏んだギルベルトの策に、ミハイルも頷いた。

 あとはミハイル自身が持つ勇気と運次第。

 そして、マリーナの説得であった。

 まずギルベルトからの要請には応じなかった。なぜわたくしがそんなことを……と突っぱねる彼女を説き伏せたのはイリスである。

 お義姉様の頼みならばと渋々承諾してくれたマリーナ。その帰還を、イリスたちはこうして待ち続けていた。

 ミハイルの安否はもちろん、マリーナの身も心配だった。獣化の力を持っているとはいえ、まだ十三歳の少女に托すには危険な任務である。もし作戦がばれてしまえば、彼女も身も危うい。

「マリーナのことを可愛がってくれているんだね。兄として嬉しいよ」

 じっと海のほうを眺めていたイリスは、レオンハルトがすぐ傍に近づいていることに気づけなかった。近い。ほぼ真横にぴったりとくっついている。

 すると、ぐいっと力強く横から腰を引かれた。ギルベルトが威嚇するように兄を睨みつける。

 すると、レオンハルトは困ったように笑った。

「そんな顔しなくても盗らないよ。でも、家族なんだから仲良くしてくれると嬉しいな」

 ギルベルトの腕の中に収まるイリスを微笑ましそうに見るレオンハルトだったが、人前でこんなことをされるなんて思っていなくてイリスはがちがちに固まってしまった。恥ずかしいのに、ふりほどくこともできない。

 そんな時、頭上から降ってきた声で我に返る。

「来たぞ!」

 上空で旋回している獣化したカイが告げ、そのまま待機していた手漕ぎ船を誘導していく。

 その船に引き上げられたミハイルの姿を見て、まずはほっとした。そしてミハイルを載せてきたイルカは桟橋まで泳いでくると、水泳着を着た少女――マリーナへと姿を変える。

 桟橋で待っていた侍女リリエラにガウンを着せられたマリーナは、灯台の傍で待っていたイリスたちに気づくと得意げになって胸を張った。

「あぁ、良かった……。流石だよ、マリーナ!」

 ギルベルトの拘束を脱したイリスは手を振って叫んだ。余裕そうに見えていたレオンハルトも安堵したように表情を緩ませる。

「さぁ、お祝いをしようじゃないか。何せ今夜はお祭りだからね」

 ギルベルトとよく似た顔で片目を瞑ってみせる。

 その瞬間、イリスは再びギルベルトによって背後から抱え込まれてしまった。

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