年下から説教される
ミハイルというその少年は非常に真面目くさった顔で深々と頭を下げた。
「大変失礼した。そのうえ、見苦しく狼狽えてしまい申し訳ない」
「いや、こちらこそ驚かせてしまって……」
正直、とんでもなく恥ずかしいところを見られて隠れてしまいたいのはイリスのほうだったが、あれほど盛大に動揺されると逆に冷静になってしまった。
謝ると、ミハイルは勢い良く頭を上げて眦を吊り上げた。
「その通り! たとえ夫婦と言えど神聖なる職務の場で、あ、あのようなことをなさるのは言語道断、破廉恥かと!」
「は、はれんち……」
言葉の一部はもにょもにょと小声になっていたものの、びしっと背筋を伸ばして正論をぶつけてくるミハイルに気圧され、イリスはたじたじになった。
衝撃のあまり返す言葉もなく、ギルベルトはそもそも答える気がなさそうだった。それを見て取ったミハイルは不快そうに嘆息すると、再び一礼する。
「出過ぎたことを申し上げた。ご容赦を。――では、私はこれにて」
きびきびとした所作でミハイルが執務室を辞し、室内が静まりかえると、どっと疲れが押し寄せてきてイリスは脱力した。
「……あの子の言う通りだね。ここは私室ではないのだし、弁えるべきだったよ」
口づけは未遂に終わったとはいえ、抱擁し合っていたのは事実だ。互いに気持ちが通じ合って、手探りで夫婦という道を模索していくうちに少し浮かれてしまっていたのかもしれない。大いに反省すべき点である。
ギルベルトは答えなかった。わかりにくいが不機嫌な顔をしている。ミーチャに続いて邪魔が入ったことで、すっかり気落ちしてしまったらしい。
「君の気持ちはわかっているつもりだよ。求めてもらえるのは嬉しい。だけど公私は分けなければね」
「……わかっている」
ギルベルトがようやく口を開いた、あまり納得はしていないようではあったが。
「ところで、あの子が誰なの?」
「あぁ、あれは――」
訊ねると、彼は端的に答えてくれた。
「なるほど、マナルフの王子か。ずいぶん生真面目そうだったけれど、悪い子には見えなかったよ」
あの慌てふためく様子を思い出す。悪意を抱えている者が、あのような反応を見せるだろうか。
とっさに「ごめんなさい」と言える心根こそがミハイルの本当の顔なのではないかとイリスは思った。
「だと良いがな」
何か思うところがあるような、懸念を含んだ声色でギルベルトが答える。
「まだ気になることがあるの?」
「……祭りの見物に連れて行くと約束したのに、余計な仕事が増えたせいで叶えられないかもしれない」
言われて、思い出した。ミーチャが来る直前にそんな約束をしていたことを。
「いいよ。祭りは毎年行われるのだし。また来年でも、その先でも、わたしは構わないから」
来年、そしてその先のずっと未来。彼と人生を共にするのだと、己の言葉に実感を得て胸の底が温かくなる。
それは彼も同じだったのか、イリスのほうへと手を伸ばし――
「だから、ここではだめだったら!」
危うく抱擁に捕まりそうになって慌てて逃げた。狼と耳と尻尾がしゅんと下がる幻覚が見え、罪悪感に苛まれるも、譲るわけにはいかない。
「わかった……」
「本当だろうね?」
「……」
答えないギルベルトに嘆息し、イリスは一抹の不安を拭いきれないのだった。




