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天才的な間の悪さ

「それで、あの王子くんのことはどうする?」

 カイが本題に戻す。しかしギルベルトにとってはどうでもいいことだった。

「特にどうもしない。入隊したなら我が隊のやり方に従ってもらうだけだ」

「そう言うだろうと思ったよ」

 言いながらカイは肩をそびやかした。

「俺もしばらくはここで様子を見るようにとのお達しだ。何か怪しい動きがあればすぐ報告してくれだとさ」

 ようするに伝令役である。鷲に獣化できる彼なら馬よりも早く帝都に飛ぶことができる。

 ギルベルトの部下にも鳥に獣化できる者がいるから、伝令ならそれで充分なはずだ。それでもカイを傍につけておこうとレオンハルトが考えているからには、それなりの理由がある。ギルベルトにはそれがわかる気がした。

 ミハイルの眼差しは強い。そして同時に薄暗くもある。人質として見知らぬ土地、それも不和の生じている国に身ひとつで放り込まれた十五歳の少年が宿す鈍い輝き。

 敵意とも言いがたい強い意志の正体を、まだ誰も掴みきれていなかった。

 ギルベルトが思案しかけたその時、急ぐような足取りの靴音が近づいてきて、はっと顔を上げる。

 もう足音だけでわかる。それが誰なのか。

「失礼する。――あぁ、カイもここにいたのか」

 執務室の扉を叩き、入ってきたイリスはそこにいるカイに目を留めると驚くこともなく挨拶した。

 イリスは軍服を着て聖剣を携えている。訓練に参加する時の出で立ちである。ギルベルトは首を傾げた。

「あの子供はどうした?」

「ミーチャなら遊び疲れてお昼寝しているよ。マリーナも来てくれたし、眠っている間はネイディアたちに任せることにしたんだ」

「そうか」

 カイが来ているということはマリーナも同行している。だから彼がここにいても気に留めなかったというわけだ。

「ミーチャ?」

 事情を知らないカイが訊ねてくる。事の顛末をイリスが説明すると、彼は特に興味もなさそうに相槌を打った。

「へぇ。そりゃ大変だ。――おっと、ってことは俺がここにいたらお邪魔虫ってやつかな」

 そう言って急ににやにやし始めたカイは急いで部屋の外へ出る。

「じゃあね、ごゆっくり」

 手をひらひら振ってカイが扉を閉めると、室内はしんと静まりかえった。

「相変わらず賑やかな人だね」

 苦笑するイリスに対し、ギルベルトはうんざりと溜め息をついた。そんなギルベルトの頭を、何を思ったのか背伸びしたイリスがよしよしと撫でる。

「君をほったらかしにしてしまったからね。お詫びだよ」

 子供扱いに少しむっとする。一歳しか歳は変わらないのに。

 そんなギルベルトの表情を見て取ってか、イリスは不思議そうに首を傾げた。

「もしかして嫌だった? ごめんね、ミーチャのことを羨ましそうに見ていたと思ったから、つい」

 悪気はまったくないらしい。しかし、自分はそんな顔をしていたのかと思うと恥ずかしくなってくる。

 恥ずかしさと、ミーチャの世話をしながらも自分のことをしっかり見てくれていたという嬉しさが綯い交ぜになって、気がつくとギルベルトはイリスをきつく抱きしめていた。

「えっ!? ちょっと!?」

 イリスは驚いて声を上げたが抵抗はしなかった。ギルベルトの背に、イリスの細い腕が恐る恐る回される。

 ギルベルトも彼女の髪を撫で、梳くように指を通した。菖蒲色の美しい髪はなめらかで柔らかい。

 しばらくそれを堪能して、イリスを腕の中に納めたまま軽く身を離す。彼女は顔を真っ赤にしながら俯いていた。

「イリス」

 名を呼ぶと彼女は顔を上げた。そして、覚悟を決めたように目を閉じる。

 許しを得た。そう確信したギルベルトは彼女の頬に手を添え、唇を――

「失礼する。部屋へ案内して貰ったのが、用意していただいた衣類の丈が合わなく……て……」

 扉を叩いてすぐ顔を出した少年――ミハイル王子が部屋の中の光景に青い目を丸々と見開いた。そして――

「わっひゃあ!? ご、ごごご、ごめんなさい!」

 沸騰したように瞬時に顔を赤くして、扉が割れるのではないかという勢いで閉めた。すぐさま外から、びったーんっという音がする。尻餅でもついたようだ。

 唖然としていたイリスが、はっと我に返って慌ててギルベルトから離れた。それから扉に駆け寄ると、少しだけ開いて様子を窺いながら「君、大丈夫かい?」と声を掛ける。

 彼女の温度がまだ残る手のひらを二、三度握って、ギルベルトは天井に虚ろな視線を向けたのだった。

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