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みなしごミーチャ

「あの子にはほとほと困り果てていたんですよ」

 夜分遅くに、それも城主夫妻に呼び出されたとあって何事かと怯えていた商隊の長は、ミーチャのことを問われると額に手を当てて項垂れた。

「旅の途中であの子の母親に声を掛けられましてね。ベールアに行きたいと言うので仕事を手伝う条件で馬車に乗せてやったのです。ところが、ベールア行きの船に乗ってすぐに母親が高熱を出して、そのまま亡くなってしまいまして……」

 船はすでに出航しており、引き返せない。船上で亡くなった者は水夫たちの習わしに従い、棺に入れられ海に流されるという。

 遺されたミーチャをどうするか、長は頭を悩ませた。このまま養育して商人として育て上げることも考えたが、これがまったく懐かない。馬車の隅でうずくまって、近づけば噛みつこうとする。そのため、ろくに世話もできず、あの有様であったという。

「食事は差し入れていたんですがね。馬車から降りてこないもので、宿舎に入れることができずそのままにしておいたのですよ」

 食事が足りずにお腹がすいたのか、理由はわからないが城内を徘徊しだしたミーチャはイリスの部屋に辿り着いた。その小ささ故に夜警の兵士たちにも見落とされたようだ。

「それで、この後はあの子をどうする予定なのかな?」

 イリスの問いに長は縮こまった。

「かわいそうなことですが、帝都に着いたら孤児院に預けようと思っておりました」

 それも仕方のないこと。彼らには彼らの生活と仕事があるのだ。むしろ途中で放り出さなかったのだから良心的と言えるだろう。

 溜め息をつき、イリスは思案した。それから傍らにいるギルベルトに視線を向ける。

 それだけで彼は察したのだろう。長に向かい、告げた。

「あの子供はしばらくここに置く。お前たちは構わず帝都に向かうといい」

 王族や貴族が平民の子を養育するのはそれほど珍しいことではない。以前、人攫いから救出した子供たちの中で身寄りのない者は今も帝都の宮殿で暮らしている。やがて大きくなれば、それぞれの得意分野に合った仕事が斡旋されて巣立っていくはずだ。

 ギルベルトの言葉に、長は平身低頭して宿舎へ戻っていった。



 ネイディアたちによって丸洗いされたミーチャは見違えるほど綺麗になっていた。

 黒っぽく汚れていた髪は鮮やかな赤毛で、青い目がよく映える。

 針子が古着の丈をつめて急ぎ作ってくれた服を着せられたミーチャは、イリスの顔を見るや突進するように抱きついてきた。

「男の子でしたよ。念のため、洗いながら注意深く調べてみましたが、傷や痣などはありませんでした」

 商隊の者たちを疑うのは申し訳ないが、あの有様だったミーチャがひどい扱いを受けていた可能性も考えなければならなかった。幸いなことに何事もなく、長の言葉に嘘はなかったようだ。

「ありがとう、ネイディア。夜遅くにすまなかったね」

「いいえ、とんでもございません。――さぁ、ミーチャ。こっちへいらっしゃい。おやすみの時間ですよ」

 イリスに抱きついているミーチャを受け取ろうとするネイディアだったが、ミーチャはいやいやと首を振って離れない。ミアとノーラが少し強引に引っ張ってみても、抱きつく力が余計に強くなるだけだった。

「よ、よぅし、こうなったら奥の手!」

 何かを思いついたように、ミアがぎゅっと目を閉じる。すると彼女の姿は見る間に小さくなり、白黒の猫に変化していた。

「ね、猫ちゃんだぞぉ」

 白い靴下を履いたような前足を上げて可愛らしく振る舞う獣化したミア。しかしミーチャはそれをちらりと見ただけで、ぷいっと横を向いてしまった。

「はわぁ!? だめですか!?」

 わりと自信があったのか、人の姿に戻ったミアは相当落ち込んでいた。よしよしとノーラに慰められている。

「困ったね。でも、無理に離すのもかわいそうだよ」

 抱っこしたミーチャの背を優しく叩きながら、イリスは深々と溜め息をついた。

「仕方がないね。今夜はわたしの部屋で預かるよ。一晩経てば落ち着くだろうし、これ以上夜中に騒ぐのも皆に悪いからね。――ギルベルトも、それでいい?」

「……いいんじゃないか」

 若干投げ遣りにも聞こえる返事だったが、それも間違いではなかったのだろう。今の彼の表情は完全に虚無である。

 散々迷って固めた覚悟が無駄になったのだ。それは申し訳ないことだし、イリスとしても残念ではあるが、苦笑いを浮かべるに留めたのだった。

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