戦いを終えて
援軍の本隊が到着したのは日が暮れてからだった。
鷹に獣化できるカイは、同じように鳥の姿になれる者たちを引き連れ、一足先に駆けつけたというわけだ。
村で待機していたフェリックスにより手当を受けたイリスとギルベルト、及びクヴェレ城の隊は帝都からの援軍と入れ替わりに撤退した。
数日かけて周辺の山狩りが行われたが、幸いなことに魔物はイリスたちが倒したものがすべてであったらしい。周辺地域の安全が確認された後、援軍も帝都へ戻っていった。
隊の損害は軽微。とはいえ指揮官であるギルベルトは重傷を負っており、カイによって救助された時には意識も曖昧で、療養せざるを得なくなっていた。
「片腕と、あばら何本かやっちまってますからねぇ。足も捻挫してますし。しばらくは安静にしててくださいよ」
フェリックスの治療により早い回復が見込めるようだが、本来であれば長く臥せることになっていただろう。
対し、イリスは軽症であった。軽い脳震盪と打撲。ギルベルトが庇ってくれたから、この程度で済んだのだ。
ギルベルトの自室にて往診を終え、フェリックスを見送ったイリスは寝台の傍に置いた椅子に腰掛けた。
「君、まるで外へ遊びに行けなくて拗ねている子供のようだよ」
安静に、とフェリックスに念を押されたギルベルトは心底つまらなそうに横になっていて、イリスは呆れつつも傍について世話を焼いていた。
「一日休めば十日分の訓練が必要になる。勘も衰える」
「まぁ、それはわかるけどね」
肉体というのは使わないでいると、驚くような速度で痩せ衰えていく。怪我さえ治れば元通り回復というわけにはいかない。その後も相当の努力が必要になるのだ。
「……わたしのために、すまなかったね。もう二度と、君にこんなひどい怪我を負わせたくなかったのに」
聖剣を持っていながら守り切れなかった。むしろ守られてしまった。それを悔やむイリスは彼の世話を買って出たのだ。
「この怪我は俺が弱かったせいだ。お前は関係ない」
冷たい物言いのようにも受け取れるが、それが彼なりの気遣いなのだとイリスはもう知っている。微苦笑を浮かべ、フェリックスに処方された痛み止めの薬と水を彼に差し出した。
それを素直に飲んだギルベルトは、じっとイリスの顔を見る。
「何かな?」
「いや……」
訊ねると目を逸らしてしまった。
「気になるじゃないか。わたしだって察するのは得意じゃないんだよ。それができるなら、あんな勘違いはしないんだから」
ギルベルトとあの狼の兵士が同一人物であると気づいた時は心底驚いたが、知ってしまえば納得であった。ギルベルトの言葉足らずとイリスの思い込み、双方に原因があったとはいえ、笑い話にもならない。
その反省があるからか、ギルベルトは観念して口を開いた。
「こうしてお前を独り占めできるなら怪我をするのも悪くないと思った」
「怪我をするのが良いことなわけないだろう」
叱りつつもイリスは顔を赤くする。まるで口説き文句のようなのに、本人にはまったくそのつもりはなさそうなところがまた罪深い。
「お前はいつも侍女たちやマリーナと一緒にいる」
「……何? つまり、妬いていたの?」
そう言うと彼は今度こそ黙り込んでしまった。
イリスとしては、彼のほうこそ兵舎に入り浸りで会う機会がないと思っていたのだが。
ギルベルトもまた、同性同士でつるむイリスと二人きりになる機会を窺っていたということなのだろうか。
その結果、会えるのが夜の庭だけだった。あまりも不器用である。
「独り占めも何も、わたしは君の妻だよ」
実際、今もマリーナが見舞いに来てくれているが、ギルベルトとの時間を優先させてもらっている。それを告げるとマリーナはむしろ嬉しそうだったからこれで良いのだろう。
「とにかく、今は早く回復するようにゆっくり休むこと。いいね?」
照れ隠しで、寝かしつけるように毛布を整えてやろうとした。その手をギルベルトは自由が利く右手で捕らえる。
そしておもむろに、そこにあった金の指輪へ口づけを落とした。
驚いて言葉を失ったイリスをよそに、ギルベルトはそのまま目を閉じて眠ってしまった。薬が効いてきたのだろう。
「まったく、君という奴は……」
熱を持った左手の薬指を持て余し、すやすやと安心しきった顔で眠るギルベルトを見守るしかないイリスは、両手で顔を覆って深々と溜め息をついたのだった。




