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恋文

 翌朝、自室で朝食を終えた後、ネイディアが一通の手紙を持って来た。

「殿下からでございますよ」

 正直、ぎくりとした。何が書いてあるのか予想がつかない。

 これから勉強会だというミアとノーラがネイディアに連れられて去ってからも、しばらくじっと封蝋印を見つめていた。

 何度も深呼吸する。窓辺で小鳥がチチッと鳴いた。その声に後押しされ、封を切る。

「……うん?」

 内容に目を通し、首を傾げた。

 起床から就寝まで、事細かに事項と時間が書かれている。味気ないとかそれ以前の問題である。

 それでも、ギルベルトの気持ちになって考えてみた。なるべく好意的に。

 たぶんこれは今日の彼の予定だろう。どこで何をしているのか、わかるように。部屋から出られないイリスが不安にならないように。あれこれ考えた末に書いて寄越したのだろう。

 なるほどそうきたか、と苦笑する。

 それにしても繊細で流麗な筆致であった。ただ予定を書き連ねているだけなのに惚れ惚れとしてしまう。もしこれが恋文であったなら……と考えながら最後まで目を通し――息を飲んだ。

『体調はどうだ? 愛している』

 紙面の空いた場所、ねじ込むように小さく書かれた私信。油断していたこともあり、かっと顔が熱くなった。

 こんな短い一言で、こんなにも動揺してしまうなんて。

 二つ折の手紙を畳んで封筒に戻そうとして、何かが引っかかった。まだ中に何か入っている。

 取り出してみると、それは一輪の花だった。ラベンダーだ。爽やかな香りに胸が清々しくなる。続いている腹痛と頭痛がほんのわずか和らいだ気がした。

 城内には薬効のある草花も植えられている。そこに咲いていたものだろう。

 長身をかがめて小さなを花を摘む様子を想像してみる。なんとも似合わない。でも、可愛らしい。つい口元が綻んでしまった。

 水差しからガラスの器に水を入れ、そこに生けてみる。こうしておけば、しばらくは香りを楽しめそうだった。


 翌日もまた手紙が届いた。

 内容は同じくギルベルトの今日の予定を書き連ねたもの。

 そして文面の最後にはこうあった。

『昨日は午後に虹を見た。愛している』

 そういえば昨日は午後に通り雨が降った。イリスは薬を飲んだ直後で横になりながら雨音だけを聞いていたが、それは惜しいことをしたなと思った。

 虹を見て、ギルベルトは何を思ったのだろう。わざわざ手紙に書いたのはどういうことだろう。言葉が足りないから、つい、いろいろ想像してしまう。

 今日はこんなことがあったのだと話して聞かせたくなるのは、自分の感情を共有したいからだ。少なくともイリスはそうだった。狼の彼に会って、いつもイリスばかり一方的に話して、彼はただ相槌を打って聞いていただけ。

 思い出し、胸にちくりと痛みが走る。

 封筒にはカモミールが入っていた。白い小さな花だった。


 次の日も手紙が届いた。

『厩舎に燕が巣を作っていた。愛している』

「……日記かな?」

 つい、つっこみを入れてしまった。そして、昨日の時点でもしやと思っていたが……。

「語彙力……」

 たぶんだけど、ギルベルトが持っている愛情表現の手札は限りなく少ない。いや、もしかすると、『愛している』しか知らない可能性すらある。

 それでも、落胆はしなかった。むしろ明日の文言も楽しみになってきた。きっと最後は『愛している』で締められる短い私信。なのに、技巧を凝らした愛の詩などより、よほど誠実な気がした。無骨で、不器用で――可愛い。

 そうだ、考えてみれば彼は年下なのだ。たった一歳違いとはいえ。

 話すのが下手だと言っていた。だとしたら、この短い私信すら悩みに悩んでようやく書けているのかもしれない。苦手なことを、イリスのためにしてくれている。

 手紙を持つ手。そこには金色の指輪が光っている。

 封筒にはゼラニウムの花が入っていた。

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