修羅場だよ!全員集合!!
ざくざくと早足で庭を横切るマリーナを、ミアとノーラが小走りで追う。
「マリーナ様、どちらまで行かれるんですかぁ?」
「ここ、お昼でも薄暗いからあんまり好きじゃない……」
「しっ! 静かに!」
振り返ったマリーナは、自身の唇に人差し指を当てて二人を黙らせた。それから、ごく小さな声で話し出す。
「……ねぇ、二人とも。最近のお義姉様のご様子、おかしいとは思わなくて?」
問われ、ミアとノーラは頷き合う。
「わかります。食欲がなくて、何か召し上がってもご気分が悪くなってしまうようで、心配なんです」
「フェリックス先生に診ていただいたらと思うんですけど、あまり気が進まないみたいで」
「ふむふむ。ちなみに、あなたたち。夜はどちらに?」
マリーナの質問の意図がわからず、ミアは首を傾げる。代わりにノーラが答えた。
「自分たちの部屋にいます。イリス様が、夜はしっかり休みなさいとおっしゃるので」
「なるほどなるほど。あのお二人、不仲に見えましたけど――やはり、そういうことですのね!」
マリーナの金色の目がぎらりと光る。
「何がですか?」
ミアはただただきょとんとするばかりだ。
「わかりません? 食欲がなくて、食べると戻してしまいそうになる。それはつまり――」
「あ、もしかして!」
「え、なに? なになになに?」
何かに気づいたノーラに、ミアが答えを求めてせっつく。
「わたしね、歳の離れたお姉ちゃんがいるんだけど……お姉ちゃんのお腹に赤ちゃんができた時、そんなだった!」
「えぇぇぇぇ!? 赤ちゃん!?」
大声を上げたミアの口をノーラとマリーナは一緒になって押さえた。
「しー! しー!」
「そんなに大きな声出しちゃだめよ!」
小声で注意され、ミアはこくこく頷いてようやく解放される。
「っぷはっ……! どうして静かにしないといけないんですか? おめでたいことなんですから、早くお祝いしたいです」
「だめ。これはすごく繊細な問題なんだから、わかっちゃったからといってすぐにお祝いを言ってはだめなの」
「そうなんですか? じゃあいつになったらいいんですか?」
「うーん、お医者様がもう大丈夫って言ってくだされば、大丈夫なのかも」
ノーラの言葉に、マリーナは頷く。
「そこが問題ね。フェリックス先生は殿方ですから、お義姉様は診ていただくのをためらっていらっしゃるんじゃないかしら」
「そっか。良い先生だけど、やっぱり恥ずかしいですもんね」
ノーラとマリーナは通じ合っているが、ミアはまだいまいちわからないという顔をしている。それでも二人に話を合わせておくことにしたようで、黙っていた。
「ですので、わたくし帝都に戻ってお産婆さんを呼んで参ります。お義姉様には占い師とでもお伝えして会っていただきましょう」
「それいいですね!」
「マリーナ様、すごーい!」
「ふふん、もっと褒めてもよくってよ?」
ノーラとミアに褒められ、マリーナはすっかり鼻高々だ。
「でも、赤ちゃんかぁ……」
「楽しみだね!」
「ね! ――あ、ところで、ここに成っているベリーは頂いちゃってもいいのかしら?」
「いいですよぉ。たくさんありますから」
「わたしも食べちゃお!」
言いながら、三人の少女たちは兵舎裏のベリーをいくつか摘まんで帰って行った。
◇◆◇◆◇
「はわわ、はわわわわ……」
これはとんでもねぇ。とんでもねぇことになった。
がたがた震えながら、カイは茂みを挟んだ向こう側に目を向け、隣の従弟を見て、また茂みの向こうを見て……を繰り返す。
「……」
「はわわわわわ、はわわ……」
「子供……」
感情が抜け落ちた声でつぶやいたギルベルトに、カイはびくっと飛びあがった。
「子供……」
もう一度同じ言葉を残し、そのまま幽鬼のようなおぼつかい足取りで去って行く。
「ぴぇ……こわ……」
やばいよやばいよやばいよ。
なんだこれ。なんでいきなりこんな修羅場になってんの。誰のせいなの。
「この状況作った奴、鼻からベリー食う刑に処したい」
◇◆◇◆◇
昼にしっかり寝たせいか、寝付けない。
梟の声が聞こえる。夜の音だ。
狼の彼は元気だろうか。
何日も会っていない。友達になってほしいと言ったのはこちらなのに。
「きっともう、待ってくれてはいないよね……」
枕に顔をうずめ、呟いてみる。
でも。
もしも待ってくれているのなら。
毛布を蹴り上げ、イリスは寝台を降りた。
いないならいないで、いい。すべてイリス自身が招いたことだ。
一番いけないのは、今宵も彼が待っているかもしれないとわかっていて行かないことだ。
急いで着替え、窓から外へ出る。
はたして、彼はそこにいた。
池の畔。いつもの東屋で。
黒い狼は、ぽつんと座っていた。
「あ……」
あまりのことに、イリスは言葉が出ない。
「あ、あの、君……。ずっと、ここで待っていてくれたのかい?」
金色の目がイリスを捉えた。
「身体は問題ないのか?」
「あ、うん。今は平気だよ」
お腹をさすってみる。まだ少し気持ちが悪いけれど、平気だ。
「そうか」
目を伏せ、彼はそっけなく答えた。
「……長いこと待たせてしまってごめんなさい」
「構わない。……辛かったのだろう?」
相変わらず優しい人だ。甘えたくなってしまう。
「聞いて貰っても、いいかな」
いつものように少し距離をあけて彼の隣に座る。
「前に言ったよね。ケーキを焼いて、本当に渡したかった人に受け取って貰えなかったって」
黙って聞いてくれている。それだけで安心する。
「その人にとって、わたしは邪魔なんだって思ってた。でも、ちょっと、わからなくなって。――嫌いな女を、殿方は抱きしめたりするものなのかい?」
「俺はしない。――あんた意外には」
「え?」
何かの聞き間違いだろうか。そう思い、顔を上げると、彼はじっとイリスを見つめていた。あまりに綺麗な黄金に、目を逸らせない。
「俺では、だめか?」
「ご、ごめん。何言ってるのか、わからない……だって……」
「もうやめたい。友達とやらを。俺は、あんたを――イリス、お前の抱えているものすべてを欲しいと思っている」
たっぷりと三秒。いや、それ以上だった。見つめ合って、ようやくイリスは顔を伏せた。
「ごめんなさい、それはできない……」
そんなことは許されない。たとえ愛されていなくてもイリスはギルベルトの妻だ。もしも人に知られてしまえば、この優しい人は罰せられてしまう。
「もうここには来ない。……今までありがとう」
そう告げるとイリスは勢い良く立ち上がり、涙を拭って走り去る。
溢れてくるものは友を失った悲しみからではない。
ギルベルトのことをひどい男だと思いながら、同じようにこの人の気持ちを踏みにじっていた自分自身が許せなかったからだ。




