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だいたい全部こいつのせい

 帝都でイリスとミアを出迎えたのは次期皇帝である皇太子であった。

 マリーナによってすでに大まかな事情は説明されていたようで、ギルベルトに言われた通りの話をすると、皇太子は援護の隊を港へと派遣した。

「帝都には安全を求めて獣化できる者たちが集まっているから、それを逆手にとって狩場にされたのかもしれないね。お手柄だよ。――マナルフには、ちょっと強めに抗議しておくね」

 最後に見せた笑顔が少々怖かったものの、皇太子レオンハルトは大変朗らかな人柄であった。兄弟でここまで性格が違うというのはもはや芸術的とすら思えた。

 ギルベルトが戻るまでイリスたちは帝都の宮殿で待機することとなる。

 与えられた部屋でイリスはひとり、ぽけっと天井を見つめていた。

 まだ薬の影響が抜けきらないミアと、ミアの無事を知って安堵して泣きじゃくっていたノーラ、そして帝都に残って奔走してくれたマリーナは広い寝台で仲良く眠っている。

 正直、イリスも疲れ果てていた。でも目は冴え冴えとして眠れそうにない。

 皇太子の説明を受けて、ようやくイリスも他の被害者の存在に思い至った。よく考えてみれば、ミアだけを船で連れ去るなんて非効率的なことをするわけがない。ある程度の人数を集めてから出航するはずなのだ。ミアという身内のことしか頭になかった自分が恥ずかしい。

 ギルベルトは間に合ったろうか。どうか、そうであって欲しい。

 気持ちを落ち着けるため水を飲もうとした。さっきから何度かそうしているため、水差しの中は半分ほどに減っている。

 ミアたちが起きた時、すぐに飲めるようにしておかなければ。

 ガラスの水差しを持って、イリスは部屋の外へ出た。

 帝都の宮殿はセパヌイールの王城とは比べものにならないほど広い。しかし誰かしらいるだろう。その人に水汲み場を教えて貰おうと思ったわけだが……。

「誰もいない……」

 大理石で覆われた廊下は歩く度に足音が響いて、より孤独感を強くする。しかも広すぎるうえに右も左も似たような景色である。

 そんなわけで、イリスは迷子になっていた。

 もういっそ、窓から庭に出てみようか。そうすれば、せめて元いた部屋に戻るくらいはできるかもしれない。

 そう思って外を覗き――つい、しゃがんで隠れてしまった。

 誰かいた。長い金髪が見えた。

 金髪なんてどこにでもいる。セパヌイールの民と違ってベールアの人間が持つ色彩は限られている。そうと決まったわけじゃない。

 そもそも、イリスはあの時の女性の顔も名前も知らない。知ったところでどうすることもできない。

 しかし相手はきっとイリスのことを知っている。ギルベルトの妻という立場を奪った女として認識されているはずだ。

 そのうえ、この目立つ髪である。一発でそれとわかってしまう。――だからどうした。

 別にいいじゃないか。何を隠れることがある。こそこそ逢瀬を重ねているのは彼らであって、イリスまでそれに合わせる必要はないのだ。堂々としていればいい。

「よしっ」

 己を鼓舞し、イリスは立ち上がり――

「よっ、どーも」

「ぎゃあ!?」

 窓辺にいつの間にか人が腰掛けていた。驚くあまり抱えた水差しを取り落としてしまう。

「おっと、あぶない」

 窓辺の人がそれを器用にも足先で捉え、軽く蹴り上げて受け止めた。

「すまんすまん、そんなに驚くとは思わなかった」

 すまんと言う割には嬉しそうである。悪戯に成功した子供みたいだ。

 おかしい。ここは三階の廊下だ。近くには登り降りに使えそうな木もないのに、たった数秒でどうやって移動してきたのか。

 長い金髪。先ほど見たのは、この人で間違いないだろう。

 少しほっとする。やはり金髪の人間なんてベールアにはたくさんいるのだ。

「見たところ、兵士のようですが。あなたは行かなくて良かったんですか?」

 男は軍服を着ている。少し着方がだらしないが、フェリックスも似たようなものだったから特段気にはならない。

 怒ってるぞと態度に出しつつ言ってみた。民の救助のため港へ向かった兵士もいるというのに、妙に元気そうなこの人は何をしているのだろう。

「それがなぁ、昨日ギルベルトにやられちまったとこがまだ傷むんだよなぁ。――ってことをちょっと大げさに言ってみたら免除してもらえちゃった。てへぺろ」

 自身の尻を摩りながら言う彼に、イリスの思考が完全に停止した。

「あれ? おーい、お嫁ちゃん? どうした? さすがにてへぺろにツッコんでもらえないと俺キツいなー。おーい。……し、死んでるっ!?」

「死んでない!」

 意識を取り戻したイリスは無意識に叫んだ。

「よかったよかった。息するのも忘れてたみたいだから焦ったぜ」

「……ふたつほど、確認したいのですが」

「おう。なんでもどうぞ」

「あなたは昨日、クヴェレ城にいらしてたんですか?」

「あー、そうそう。挨拶すんの忘れてたなー」

 そう言って、彼はめんごめんごと言いながら両手を合わせる。

「では、もうひとつ。――第二皇子殿下とのご関係は?」

「とっても仲良しな従兄でっす」

 右手の人差し指と中指を立てて顔の横に当てながら片目を瞑る。

「そう、ですか……」

「あれ、これもツッコんでくれない?」

 何やら不満そうだが正直もう何も考えられない。

 どういうこと?

 そういうこと?

「えぇー……」

 さすがに想定外だった。頭を抱えてうずくまる。

 どうしよう。これからは別の意味でギルベルトと顔を合わせづらい。

「おおーい、大丈夫? お嫁ちゃーん?」

 何が大丈夫なもんか。煽ってるのかこの野郎。

 などと思っていても、もはや声を出す余裕すらなく、通りかかった宮殿の侍女に貧血かしらと助けられるまでその場を一歩も動けなかった。

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