インスタント・バディ
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女が自らを犠牲にしてまで俺のことをかばい、守ろうとしてくれていることがとことんつらい。わけがわからない手合いだ。そいつが手を前に開くたびに圧倒的な衝撃波が打ち寄せる。俺も女も吹き飛ばされ、コンクリートの上に転がされた。ビルの三階、屋上。一気呵成に攻め立てられるわけでもない。いっぽうで逃げる術なんかないとも思う。とにかく向こうさんは「異形」の姿。身体の前面を覆っている幾つあるかわからないほどの銃口を向けてきた。俺たちは奴さんを駆逐しなければならない。そういう組織のニンゲンだからだ。
「下がれよ、飛鳥さん」
俺の前に俺を守るように立っている飛鳥さんは、「いいんだよ、あたしのことなんて。もう充分に生きたから」と言った。
俺は「ダメだ!」と声を荒らげた。「バディを組んでからもう一年だ! あんたが死んだら俺は喪失感で自殺しちまう!」
飛鳥さんは俺のほうを振り返って、微笑んだ。「そう言ってくれるから、あたしはあんたのために身体を張ろうと思うんだ」
ダメージは顕著ですぐには動けない。飛鳥さんが両手を横に広げる。相手の、すべての銃撃を受け止めて、俺を生かそうとする算段だ。だけど俺は駆けた。後ろから飛鳥さんの身体を引っ掴んで後方にやり、今度は俺が、手を広げた。
「ダメ、真田君! あんたが死んだらあたしはどうするの!? どうすればいいの?!」
「んなこた自分で考えてくださいよ!」
俺は銃弾を全身に受けた。胸どころか、頭にまでもらった。死ぬんだ。刹那にそう思った、わかった。飛鳥さんの「待ってよぉぉっ!」という叫び声が耳に届いた。だけど、俺はあんたが生きていさえすればそれでいい。
絶命するとき、命を失うとき、意識が殺されるとき、俺は叫んだ。
「逃げろ!!」
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あたしは変わった。生き物をためらいなく殺せるようになった。蚊だって蝿だって蛾だって。簡単な「異形」なら速やかに排除できるようになった。あたしを生かすために身体を張ってくれた真田君のことを忘れるなんてできない。つらくてつらくて、あたしは自宅マンションに帰るたびに強く泣く。あたしのほうが先輩だった。あたしのほうが能力は優れていた。だけど、銃口を身体中にまとったあの男には敵わなかった。だけど、そのままでいいの? ……だからあたしは泣く。どうしてあいつが死ななくちゃいけなかったの……?
真田君、真田君、真田君。
つらいんだ、キツいんだ。
あたしはあんたのことが忘れられない。
きっと一生、引きずるのだと思う。
そんなの嫌だからお願い、帰ってきてよぅ。
全力で愛してあげるから帰ってきてよぉ……。
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あたしは死にたかった。
どうしたって真田君のことが脳裏にちらつくから。
でも、真田君はそんなことは望んでいないに違いない。
あたしはほんの少しだけ前を向くことに決めた。
その頃には真新しいバディ、レン君が割り当てられていた。
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あたしはレン君を連れて、煙草を吸いながら墓地で佇んでいた。
墓、墓石、あるいは生きた証拠、死んだ証。
先祖代々から続く真田家のものだ。
あたしが真田君のご両親に恨まれることはなかった。
ご両親は「きっと息子が望んだことなんです」と慰めてくれた。
その瞬間、あたしは泣いてしまった。
幾度も幾度も謝罪した。
ごめんなさい、ごめんなさい、って。
「異形」、「異形」、あたしはあの日出会った全身銃口だらけの怪物を追っている。
見つけ次第、必ず殺してやるんだ。
そうしないと、あたしは真田君に報いることができない。
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運良く見つけた、その「異形」。
赤い電車――京急の中でのことだった。
憎たらしい顔を忘れることなんてできない――できなかった。
「立てよ、馬鹿野郎!」
あたしはそう叫んだ。
あっという間に全身を銃口でまとうことができるくっだらない怪物は、あたしを見てゆがんだ笑みをみせた。
「ここでやるのか、姫君」
「誰が姫君だ、ふっざけんなっ!」
他の客がいるにもかかわらず、あたしは拳銃をぶっ放した。確実に命中したのに眉間に命中したのに、男は倒れるどころかびくともしない。
「おまえぇぇっ!」
あたしは銃を連射する。それでも効かない。怯みたくもなる。レン君が、一目散に駆けて、「異形」の横っ面にブーツの底で蹴りを決めた。
「あなたはなんですか? 銃口男とでも呼べばいいですか?」
「ああ、そうだな、若造。俺はたしかに銃口男だ」
「異形」が「異形」を成した。身体中からにょきにょき生えた銃口から無差別に弾丸を放つ。レン君は挫けない。「異形」を駆逐しようとしている。その間にも弾丸をいくつももらっている。あたしは「レン君!」と泣き叫んだ。レン君はあたしのほうを見て、にっこりと笑んだ。その口が動いた。「逃げろ」。「嫌だよぉぉっ!」と大声を上げながら、あたしは走ってレン君と「異形」に近づいた。真っ先に「異形」が事切れていることがわかった。そして、レン君も、レン君も息絶えていた。凄い。レン君は事を成したんだ。だけど、だけど――。あたしは「わぁぁぁぁっ!!」と叫んだ。頭を抱えた。なんで――どうして? 真田君にしろ、レン君にしろ、どうしてあたしなんかを救うんだ? あたしより先に逝ってしまうんだ?
真田君の一言を思い出す。
レン君も言っていた。
女性を守るのが、男性の役割、使命、責務なんですよ、って。
真田君もレン君も阿呆だ。
あたしになんの価値があるんだ?
あるんだよぉぉ……。
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真田君が死んだ。
レン君も死んでしまった。
だったらあたしはどうすれば良いのだろう……。
少なくとも、二人があたしを助けてくれようとしたのは間違いない。
だからこそ、やり切れない。
切なさばかりが募り、その感情が重く首をもたげる。
やがてあたしにはジェイ君という新しいバディが割り当てられた。中東出身で、だけど日本語が極めて達者な人物だ。あたしはジェイ君のことをそっと抱き締めた。会ったばかりなのに抱き締めた。
「ど、どうしたんですか? 飛鳥先輩」
「あたしと関わった男は案外簡単に死んじゃうんだ。君にはそうならないでほしい」
「真田先輩とレン先輩のことですね?」
「ああ、そう、そうだよ」
「俺は生きます。……一目惚れなんです」
「あたしに?」
「はい。そうです。飛鳥先輩は美しいです」
真田君もレン君もそんなことは言わなかったなって思う。
なにせ彼らに救ってもらった命だ。
あたしはそれを、大切にしたい。
お二人さん、あたしは「バイバイ」なんて言わないから。
おばあちゃんになるまで、生きてやるんだ。
あんたたちの死を糧にする――ことができるようになればいいな。