8.
スヴェン・シュパーマーはエーミール第一王子の護衛騎士である。高身長にしなやかな筋肉はその武力の才を物語り、一方で赤毛に茶色の瞳という組み合わせが「魔力なし」であることを示していた。アイゼンシュミット王国では、魔力持たない者は洗礼の際に瞳の色が変わらず、茶色のままとなるのである。
「なんだよ兄ちゃん、邪魔するならどいてもらぐぅっ!」
男の一人が絡みに行くなりスヴェンに組み伏せられる。
「なにすんだ!」
ほかの男たちが助けに入るも次々と沈められ、「覚えてろ!」と捨て台詞を残して逃げて行った。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
汗の一つも流さず、スヴェンはミルカに話しかけてきた。ミルカの目の前に今朝ぶりの選択肢が現れる。
《「大丈夫です、ありがとうございました」》
《「えっと…あなたは?」》
《黙って震える》
《黙って震える》が赤黒く染まっている。さっきの強引なナンパが怖かったミルカは正直なところ黙って震えたかったが、破滅への選択肢だしそもそも震えていてはスヴェンの好感度も上がらないのできちんと正解を答えることにした。
「大丈夫です、ありがとうございました」
「それはよかった。私は王宮に務めておりますスヴェン・シュパーマーと申す者です。見たところ魔法学園の生徒さんとお見受けしますが…」
「その通りです。先日入学したばかりで、放課後買い出しに来たところでした」
「そうでしたか。このあたりは不埒な輩もいますから、今後は馬車を呼んで直接お店に行かれると良いですよ」
スヴェンはきっと良心からそう言ってくれているのだろうが、平民出身のミルカはおいそれと馬車を使うことがためらわれるのだった。
意地悪なことに、この話題への返答は選択肢で選ばなければならないのである。
《「ありがとうございます。今後は気をつけます」》
《「申し上げにくいのですが、私は平民出身ですのであまり馬車は…」》
《「申し上げにくいのですが~」》が赤黒く染まる。スヴェンは王宮の騎士だけあってやや身分意識が強いのと、自分に従順な女性に好感を抱くので、勧めに逆らう動きをあまりよしとはしないのだ。
「ありがとうございます。今後は気をつけます」
ミルカは好感度アップ選択肢を選んだ。気をつけると言っておけば、別に今後馬車を使おうが使うまいがミルカの勝手なのである。
スヴェンはにこやかに頷き、広場のほうを見て言った。
「お買い物はこれからですよね?よろしければ、お店までご案内しますよ」
「良いのですか?ではお言葉に甘えて」
護衛や戦闘のみならず道案内もしてくれるとは。騎士というのは前前世における警察のようなものなのかもしれないなとミルカは思った。
市民広場を過ぎれば、杖工房はすぐに見つかった。スヴェンはさすがに騎士だけあって王都の地理に詳しく、店の名前を告げただけで「ああ、あそこですね」と地図も見ずにサッとミルカをエスコートして連れて行ってくれたので、思っていたよりもずっと早く工房に到着することができた。
「今日は非番だから、私も杖を見ていこうかな。せっかくですし」
スヴェンのセリフにミルカは少し驚いた。ミルカの言いたいことが通じたのだろう、スヴェンはミルカに振り向いて言った。
「私が魔法の適性を持たないにもかかわらず杖工房に来るのが不思議ですか?」
「…不躾な真似をして申し訳ございません」
「いえ、自分でも変わっていると思いますから。魔法は使えませんが、店頭の杖を触ってみることが趣味なのですよ。木の温かみがありますしね」
「そうだったのですね」
「店の前で立ち話もなんですから、入りましょう」
ミルカの要領を得ない返事にスヴェンは寂しそうに笑って話題を切り上げ、工房のドアを開けてミルカをエスコートしてくれた。
工房と言ってもさすがに一流(エルネスタ曰く)の店だけあって店内は広々としており、そこに杖が所狭しと並べられていた。
客と話し込んでいた店主が、ドアベルの音に客と二人こちらを見る。と、客のほうが奇遇だといわんばかりの顔をした。
「おや、スヴェンくんじゃないか。どうしたんだい急に」
「…お久しぶりです、コルネリウス先生」