6.
クリストフ・バルチュは攻略対象の中では唯一ミルカと境遇が同じ、魔法適性を見出され貴族の養子となった元平民である。その漆黒の瞳は彼が闇魔法に長けていることを雄弁に示し、身分と合わせ一部の貴族に疎んじられる原因となっている。
「私は元平民だから、かしこまらなくていいわ。ここで何をしていたの?」
「…魔法学園を守る結界の点検。毎朝僕がしてる」
「へぇ!まだ若いのに、優秀なのね」
ミルカは意識して平民っぽいくだけた話し方をする。同じ元平民として、貴族的な物言いが疲れることはよく知っていた。
「…僕にはこれしかできないから」
クリストフは面倒くさそうな顔でぼそりとつぶやいた。
「…闇魔法は、平時には役に立たないんだ」
ミルカの視界に選択肢が現れた。
《「そんなことないよ」》
《「そうなの?」》
ゲームでの好感度アップ選択肢は《「そうなの?」》だ。クリストフは闇魔法に対して屈折した思いを持つので、何も知らないミルカに励まされても素直に受け取ってはくれない。
「そうなの?」
「…闇魔法は、対象の心や体を縛る魔法。人の役に立つものもあるけど、だいたいは戦争で敵を倒すために使う」
ミルカはふんふんと頷く。キャラクターの口から世界観がなんとなく説明される点も、このゲームが人気を集めている理由の一つだ。
「…君の聖魔法は対象を癒すだろう?だから人に求められる。他属性の魔法も、使い方次第で平時でも役に立つ。僕とは違うんだ」
ミルカの前に選択肢が出てきた。
《「そんなことないよ」》
《「そうなの?」》
今度は《「そんなことないよ」》が好感度アップ選択肢になる。この順番を間違えると攻略失敗なので、クリストフルートは最初が一番重要だ。
「そんなことないよ」
「…君に何がわかるのさ」
「会ったばかりだから詳しいことはわからない。でも、あなたは魔法学園を守る結界を守ってくれている。それなら、あなたの魔法も人の役に立っていると言えるんじゃない?」
ミルカの言葉に、クリストフは虚を突かれたように目をぱちくりさせた。ゲームのセリフを丸パクリしただけだが、逆ハー実現のためにも魔法属性のヒエラルキー意識は早急に潰したいのは本心でもある。攻略対象同士が魔法や身分でいがみ合ってミルカを見ないのは困るのだ。
「…ミルカ、君おもしろいね」
「そうかな。平民はこんなことで差別なんてしなかったから、気に入らなかっただけよ」
「…平民もみんな魔法が使えたら、同じようになるかも」
「でも、今はそうじゃない。でしょう?」
「…そうだね。ミルカ、また会えるかな」
「クリストフが来てくれるなら、いつでも」
「…僕は毎朝ここに来ている。また会いに来て」
そう言うと、クリストフは忽然と姿を消した。
移動魔法を使ったのだろう。ミルカは自分も使えるようになりたいと思いながら、そろそろ開いているだろう食堂に向かって歩き始めた。