1.
「ミルカ、ミルカ!いい加減に起きなさい」
ママに揺さぶられてミルカはようやく目を覚ました。
「あれ?私生きてる?」
「なにを馬鹿なこと言ってるの。寝坊しすぎて死んだつもりになってたの?」
そういって呆れたようにミルカを見るママは、見覚えがあるようなないような顔をしていた。
おかしいな、さっき首を吊られて意識が途切れたところだったはず。ミルカは首に手をやったが、首に縄の跡はなかった。
「もう!そんなことではダールアイアー様のところでどんな粗相をするかわかったもんじゃないわね。困ったものだわ」
ため息をつくママをよそに、ミルカは現状把握で頭がいっぱいだった。
これはどうも転生した気がする。前に転生したときもこんな風に突然意識が戻る感じだったし。しかしこの世界はどこだろう?前世と雰囲気が似ているからまた乙女ゲームの世界に転生したのだろうか。というか、いまママが「ダールアイアー様」と言ったな。その家名にはちょっと聞き覚えがあるぞ。主に推しゲーで。
「ママー、鏡どこ?」
とりあえず自分の容姿を見れば確かめられるだろう。そう思ってミルカはママに鏡を要求したが、ママはきょとんとした。
「ないわよそんな高いもの。どうしちゃったの本当に」
「…ごめーん、寝ぼけてるみたい」
「仕方ない子ね。顔洗ってきなさい」
「はぁい」
ミルカは近くの泉で顔を洗うことにした。水に映る顔でだいたいの容姿はつかめるからだ。
はたして、泉の水面に映ったミルカは茶髪に白色の瞳をしていた。
やっぱりな、とミルカは思う。低めの視界に大きな胸、そして白色という異様な色をした瞳。間違いなく推しゲーのヒロインである。
乙女ゲーム「Sanctity」、乙女ゲームには珍しく攻略対象に女性もいるゲームだ。攻略対象は全部で6人いて、第一王子、隣国の第一公女、王子の護衛騎士、魔法学園の教師、魔術師、宰相補佐とバラエティ豊かだ。他にも隠しキャラがいるとかいないとか。前世、いや前前世ではメインのエーミール第一王子だけ攻略ができていなかった。
ダールアイアーというのは、宰相補佐の家名だ。ミルカは聖魔法の適性があったので、ダールアイアー家の養子として来週から魔法学園に通うことが決まっているのだった。
「まあ、またヒロインに転生したなら、次こそ逆ハーしたいよね」
前世でひどい目にあった分今度こそは幸せになりたい。しかし前世と同じく悪役令嬢がまた転生者だったらどうしよう。まあでも今はそこまで考える必要もないかとミルカはさっさと顔を洗って家に戻った。
時はあっという間に過ぎ去り、魔法学園の入学式の日になった。ミルカはダールアイアー侯爵家の養子となったので週に一度侯爵家に泊まってマナーを学び、あとは学園の寮で過ごすことになる。実家や肉親とは当面お別れだ。
「ママ、今まで育ててくれて本当にありがとう」
9割記憶がないけれどミルカはそう礼を言い、涙ながらにママとハグをして実家を後にした。
実家の前にダールアイアー家の馬車が横付けされ、御者が出迎えてくれる。
「お待ちしておりました、ミルカ様。魔法学園までお連れいたします」
「ありがとう。よろしくお願いしますね」
エスコートを受けて馬車に乗り込む。ミルカのほかには誰も乗っておらず、ミルカは窓から王都の景色を楽しみつつ学園までひとり馬車に揺られた。
馬車を降りて単独行動になったミルカは講堂に向かって歩き出した。
「たしかこの辺で第一王子との遭遇イベントがあるんだったかな…?」
実際にプレイしていないから記憶があいまいだが、攻略サイトにはそう書いてあった。気がする。若干怪しいカンを頼りにミルカが歩いていると、向こうから物々しい一団が歩いてくるのが見えた。
「第一王子だ!ラッキー」
自分のカンと王子に巡り合わせてくれた神へ感謝をささげつつ、一団が近づいてきたタイミングを見計らってミルカはわざとらしくないように躓き、派手にすっころんで見せた。
一団がざわめき、中から王子が出てきて手を差し伸べてくれる。これはチャンスだ、とその手を取ろうとした瞬間、ミルカの視界に突然「選択肢」が出現した。
《王子の手を取る》
《手を取らない》
え、なにこれ。ミルカは混乱していた。前世では見たことがない。まるでゲームのコマンドみたいだ。
「君、大丈夫かい?」
ぼんやりしているミルカを心配したのか王子が声をかけてくれる。すると、「選択肢」が変化した。
《「問題ございません。ご迷惑をおかけし申し訳ございません。」》
《王子の手を取る》
《黙ってすぐに立ち去る》
「っ!」
ミルカは声を上げないように我慢するのに全力を使った。おそらく好感度アップ選択肢であろうものが赤黒く染まったのだ。
本能が警鐘を鳴らし、ミルカは別のの選択肢を選ぶことにした。
「…問題ございません。ご迷惑をおかけし申し訳ございません。」
「そう?石畳は転びやすいし、気をつけて」
「もったいないお言葉にございます」
「じゃあ」
王子はそういうと一団を連れて去った。
王子が見えなくなったのを確かめてから、ミルカは大きなため息をついた。
「ホラゲーじゃん!」
怖すぎる。謎の選択肢が出現したのもそうだけど、あのとき好感度アップが破滅につながるような予感がした。
どうしてこうなるんだろう。またしても私は幸せになれないんだろうか。ミルカは泣きたくなった。
名前や身分制度はいわゆるナーロッパ準拠です