九、夕日に照らされたその背中
「か、勝っちゃった……」
セリカはミルキィに出会ってからずっと驚かせっぱなしだった。
「なはは! ミルキィの奴、すごいな! 大儲けしたわい!」
隣に座るゴードンが子供のようにはしゃいでいる、どうやらミルキィが勝つ方に賭けたらしい。その手には投票権が握られていた。
「ま、そうだと思ったぜ」
その隣で見守っていたザーハが静かに言った。
「どういうこと、最初からミルキィが勝つとわかっていたの?」
セリカはザーハに不信感を抱きながらも、その言葉の意味を理解しようとした。
「まあな、戦闘用じゃないゴーレムなんて存在価値がない。それにあの大きさだ。どうやらそのレプロス博士とやらは、とんでもない兵器を造ったようだな」
「兵器? ミルキィが兵器ですって?」
「ただの子供相手の人形にしてはあの姿、いくらなんでもデカすぎると思わないか? あの姿は間違いなく戦闘用ゴーレムだ」
ザーハとゴードンはミルキィを見た瞬間から、そのような事を考えていた。
勿論、セリカも同じことは思った。しかしそれを証明する事もせず、否定する事もせず、ただミルキィのいう事を信じただけだったのだ。
セリカは自身の浅さを実感せざるを得なかった。
「ゴードン、これで俺も資金が得られた。それに少し興味が出てきたぜ。その資金で調べようじゃないか、その博士とマーリーってお嬢ちゃんをよ」
なんてことだ、このザーハもミルキィに賭けていたのか。いや、元々もそういう予定だったという事だろう。セリカは釈然としないまでも自分の想像力の無さに少し落ち込んだ。
「セリカの嬢ちゃん、あのゴーレム、いやミルキィと呼ぼうか。あれは使い方を間違えるととんでもないシロモノだと思うぞ。なんたってギルバイン闘技場でも実力者と言われる、あのダハンを一撃で倒したんだからな」
ミルキィが兵器、セリカはその言葉に違和感を覚えた。
「ミルキィは兵器なんかじゃない」
「そう思うのは嬢ちゃんの勝手だ。しかしここの連中は見ちまった、あのミルキィの戦闘力をな。何か情報があればゴードンを通じて知らせる。嬢ちゃんはミルキィを迎えに行ってやる事だな」
セリカはその言葉聞き、足早に向かいの控室へ向かった。
「ゴードン」
「なんだ」
「昔、俺らがガキの時分、ゴーレムの製造をしていた爺さんが言ってた話、覚えているか」
「さて、ずいぶん昔の話を持ち出すんだな、忘れちまったな、そんな昔の事」
「あの爺さん性格は悪かったが、ゴーレム製造に関してはスペシャリストだった。その爺さんが言ってた事を思い出した」
「はて」
「ゴーレムに意思を吹き込むのは不可能だって」
ゴードンは懐から酒瓶を取り出し一口飲んだ。
「何万年も前にあった古代遺跡からも意思を持ったゴーレムは見つかってない」
ザーハも懐から煙草を取り出し、火をつける。ザーハ大きく吸い、煙草を吹かす。煙が控室に充満し、近くにいた剣闘士たちから舌打ちが聞こえた。
「古代戦争にもゴーレムは使われていた、しかしそのころからゴーレムの進化が止まったままだ。俺が知る限りエルフの里でもそれは変わってないだろう。しかしあのミルキィはどうだ。あれほどの戦闘力だ。やはり魔王ギデオンが造りだした超兵器か」
「それはわしも考えた、もしそうなら魔王軍が放っておくまいて」
「確かにな。もしかするとその廃墟にまだ何か手がかりがあるのかもしれない。そっちの調査は任せるぞ。それも依頼するならもう少し分け前を貰おうか」
「それぐらいわしらでやるわい、何でもかんでも金金金、守銭奴だなお前は」
「へ、お前に言われたくないね」
ゴードンとザーハは天井を見上げた。闘技場内にはまだ観客の声が続いている。とっくに別の剣闘が始まっているはずだが、闘技場内はミルキィの話題で持ちきりだろう。
単なる賭けの対象としてみる者、ミルキィによって賭けに敗れた者、逆に儲けた者、ミルキィを脅威に感じた者、十人いれば十通りの考えが出る。
ゴードンはザーハと別れた後、セリカたちに合流し、そのままギルバインの役所へ向かった。ミルキィを届け出るためだ。
その役所でもすでにミルキィの名前は知られており、様々な質問が待っていた。しかしそれらの返答をミルキィも交えて返答した。役所の人間たちも困惑を隠せず、怯えながらも必要な質問を繰り返す。
質問の中には「レプロス博士とマーリー」の事もあった。しかし役所の人間ですら、その人物は把握していなかった。昨日見つけた廃墟の場所を教えるものの、そんな場所に廃墟があったことさえも把握しておらず、結局、二人の行方はわからずじまいだった。
役所から帰る道すがら、ミルキィが発見された廃墟に行きたいと言い出した。
なんの手がかりもないセリカとゴードンはそれを受け同行した。
昨日、来たばかりの廃墟、ギルバインの街からかなりの距離がある。街道まで出るまで小一時間も有する事もある、役所に届け出いなければ誰も発見する事は無かっただろう。
相変わらず焼けた匂いが鼻につく、朽ちた家具、原形を留めぬそれらは黒く焦げていた。
ミルキィはその家を見て、静かに立っていた。そこは玄関らしきものがあった場所だろうか。レプロス博士とマーリー、ミルキィの三人だけで静かに暮らしていたのだろう。
その記憶を思い出しているのだろうか、セリカはミルキィにそっと声をかけた。
「ミルキィ、大丈夫?」
ミルキィはセリカに顔を向け、静かに言った。
「私は大丈夫です」
「こっちに来てみて」
ミルキィはセリカに案内されるように廃墟に足を踏み入れた。
「ここでミルキィを見つけたのよ」
「ここは、元々は納屋で、私の整備室があった場所です」
「そう」
「はい、レプロス博士はここにあった台に私を乗せ、良く手入れをしてくれておりました」
「なるほど」
台、とミルキィは説明するが、それらも焼け落ち原形が全くない。周囲には椅子らしきものがあったと思われる。
「ミルキィはどうして球体のままだったの」
「私のボディを整備するために、博士は一度私のボディの取り外しを致しました。その後私は起動スイッチをオフにされました。目覚めたときセリカが居ました」
「そう、それであの球体のままだったのね」
セリカは少しずつその当時の様子を理解し始めた。
ミルキィの身体は土と銅で出来ている。その当時も恐らく同じだったと思われた。土と銅、それならば長い年月を得て、風化、もしくは盗掘で持ち去られたのかもしれない。
「起動スイッチがオフの状態で何かが起こって、ミルキィは球体の状態で転がって椅子の下に埋もれたってことか」
「どうやら、その可能性が高いと思われます」
遠くから二人を呼ぶ声が聞こえた、声の主はゴードンだった。
ゴードンの元に駆け寄るセリカとミルキィ、ゴードンは首でそれを指した。
それは墓石だった。二つの墓石が綺麗に並んで立っていた。
セリカはしゃがみ、墓石の名前を確認する。
そこにはレプロス・ロスとマーリー・ロスと彫ってあった。
「博士とマーリーは亡くなったのでしょうか」
ミルキィは静かに言った。
「どうやらそうみたいだな、昨日来た時にここまで調べていれば、二度手間にならなかったんだが、お前を見つけて探索も簡単に切り上げたからな。許せミルキィ」
「いえ、ゴードンが謝る事はありません」
「それに、さっきは騙す事をしてすまなかった。ザーハに頼む時には大金がいる。そのためにお前さんをモンスターバトルになんか引きずり出しちまった」
「問題ありません」
ゴードンはバツの悪そうな表情を浮かべ、ミルキィに謝罪した。
ミルキィは二人の墓の前にじっと佇んでいた。何も喋る事はない。
セリカはミルキィの背中を見ながら、自分たちに出来る事はないか、それを考えた。しかし主人を失ったゴーレムにかける言葉は何が適正なのだろうか。
「参ったな、役所にも情報はない、ここには墓石だけだ。しかも墓石には名前だけだ。近所に家があれば話は違ったんだが、こんな奥深い森じゃな。世捨て人だったのかもしれないな、その博士は」
「世捨て人……?」
「何か俗世間から離れて暮らす必要があったのか、それとも何かから逃げていたのか。もしくはその両方か」
「小さな孫を連れて逃げる?」
「可能性の話だ。魔王軍が怖くてギルバインから逃げたのかもしれない」
「まあ、それはあるかもしれないね……」
ゴードンの言う言葉に、セリカは納得せざるを得なかった。
こんな街道から遠く離れて暮らす必要があったという事、色々な思考を巡らすも、平凡な暮らしを求めた生活が送れるような場所ではない。
つまり何かしらの理由があって、二人は敢えてここで暮らしていたのだ。
「ここでこうやって考えても埒が明かない、そろそろ日も暮れる。拗ねたガガオもなだめなきゃならない、そろそろギルバインに戻るとしよう」
セリカはうんと頷くとミルキィに目線をやった。
時間はまもなく夜になろうとしている、夕日があたりを赤く染める。
深い森、時折吹く風は木々を揺らし、空虚な風を舞わせる。
焼けた匂い、木々が擦れ、森の匂いも感じさせた。街道からも大きく外れそこにあるのは焼け落ちた廃墟。
ここに一体どんな思い出があったのだろう。三人で楽しく暮らした思い出があったのだろうか、レプロス博士に造られ、マーリーと遊んだ日々を思い出し、ミルキィは今何かを考えているのだろうか。
セリカは吹く風に髪を靡かせながらその背中から目を離せなかった。
夕日に照らされたその背中は、どこか寂しそうに見えた。
ミルキィはただずっとそこに佇んでいた。一言も言葉を発する事もなく。
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