七、覚醒者
「なあに、モンスターバトルは簡単だ。そのゴーレムを賭けの対象にして、勝てば賞金が手に入る。負けてもお前らが怪我をする訳じゃない。それにお前らの話じゃそのゴーレムは自分でボディを造り出す。負けてもまたボディを造ればいい。どうだ、良い話だろ」
確かにザーハの話に納得がいく、だがセリカは何か嫌な予感がした。
元々ミルキィは戦闘用ゴーレムではないと言った。無抵抗の可能性もある。賭け事も賭けの対象になる事が嫌いなセリカにとっては良い話には思えない。
勿論、逆にミルキィが勝つ可能性だってある。むしろそっちの方があり得る。
「セリカ様、モンスターバトルとは何でしょうか?」
ミルキィがセリカに質問を投げかけた。それはそうだ、ミルキィはギルバインの街すら知らない。赤子のようなものだ。
「ミルキィ、あなた戦える?」
「質問の意味がわかりません」
ミルキィがチョコンと首をかしげた。
「おい、エルフ。その石ころ。それがモンスターバトルするのか」
剣闘士の一人が話しかけてきた。傭兵のような口ぶり、かなりの手練れのよう感じるその佇まい。巨大な両手剣を背負い身体には無数の刀傷、矢傷がこの剣闘士が幾多の戦闘を行った事を物語る。
Cランクの冒険者のセリカなど一蹴されてしまうほどの圧力を感じる。
「それの意味がわかりません。私はどうすれば良いのでしょうか」
「簡単なこった。お前は目の前の敵を倒せばいい」
「敵、敵とはなんでしょうか」
「は、こいつはなんだ。ただの石ころ以下かよ、喋るゴーレムとは珍しいと思ったが、ゴーレムと言えば戦闘用の兵士だろ。戦わないゴーレムになんの価値がある」
「兵士、私は兵士なのですか」
喋るゴーレムに一瞬驚いた様子だったが、剣闘士はミルキィの言葉に呆れかえっていた。
「へっ。こんなでくの坊、俺が一発でたおしてやるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだやると決めたわけでは」
「ここは闘技場だ、戦わないなら客席にでも行くんだな。もっともエルフの嬢ちゃんが戦うなら話は別だ。べっぴんのエルフが負ける姿に喜ぶ観客は大勢いる。なんなら俺が夜の相手もしてやってもいいぜ」
剣闘士はセリカの身体をなめまわすように視線を下げた。口からは下卑た笑いがこみあげている。だから闘技場なんて野蛮な場所は嫌いなのだ。
「ははは、良く見てみりゃかなりの上玉じゃないか、俺はエルフってやつが好きでよ。そのか細い身体、白い肌、綺麗な髪、たまんねぇな」
この控室には女性の剣闘士もいる。しかしそれらも筋肉隆々のドワーフや色黒のヒューマン、確かにエルフのセリカは異質だと言える。セリカは剣闘士にキッと鋭い視線を送った。
「おお、マジでいい女だな、良い眼をしてやがる。おいお前本気で俺の女になる気はないか、良い暮らしさせてやるぜ。暮らしだけじゃねぇ、夜だって可愛がってやるからよ」
剣闘士がセリカの肩に手を乗せる。
「誰があんたなんかと! ふざけんじゃないよ!」
セリカは剣闘士の下卑た発言とその汚らしい手を撥ね退けた。
するとミルキィが剣闘士に声をかけた。
「今の発言、撤回を要求します」
「撤回だァ? なんだ石ころ、やるならやってやるぜ。俺はこう見えても元エブレールの兵士。魔王軍とも戦った事もあるんだぜ」
「魔王軍というものを存じ上げませんが、マスターに対する侮辱的な発言は許せません」
魔王軍に滅ぼされ陥落した国家エブレール、エブレールの兵士と言えばエルフのセリカとは比べ物にならない程の戦闘経験があるに違いない。
「おいおい、お前、剣闘士なら剣闘士らしく戦って勝ち取れ。女を口説くならよそでやるんだな」
「やってやるぜ、おいザーハ、お前の連れて来たゴーレムとやらせろ!」
ーーどうしてこんな事になった。困惑セリカはゴードンに問いかけた。
「これはどういうこと?こうなるとわかって、ゴードンが仕組んだの?」
「いや、まさか」
ゴードンは黙っている。こういうときのゴードンは図星だ。最初からミルキィをモンスターバトルさせるためにザーハに会わせたのだ。
肝心のミルキィは闘技場を挟んで向かい側の控室に移動させられた。今から先ほどの剣闘士と戦うようだ。
セリカは不安に思いつつもあの剣闘士の戦闘力を見定めた。まだ同じ控室に居る。深い傷痕が残っているもの背中に背負う巨大な両手剣、クレイモアか何かだろうか。
あの剣闘士強い、口だけじゃない。セリカも冒険者の端くれ、相手の戦闘力が一目でわかる。またあの剣闘士の口ぶりから相当な自信家である、恐らくは覚醒者だろう、覚醒者となれば戦闘方法も多彩だ。ただのゴーレムが勝てるとは思えない。
覚醒者、この世界には覚醒者と呼ばれる魔法を操る人間が存在する。
ヒューマンは後天的に覚醒し、エルフとドワーフは先天的に覚醒している。覚醒者の能力は人様々であり、それが戦闘スキルである者は上位とされ、ある者は火を操りある者は水を操る。またその能力も大きく異なりある者は強力な再生能力などを有している。
それぞれ属性に分かれており、火、水、風、土、無属性が存在する。
属性は選ぶことが出来ず、生まれ持った能力が死ぬまでその属性が変わる事はない。この世界ゼレントではその能力を持った人間を覚醒者と呼んだ。
ヒューマンは凡そ二十歳までに覚醒し、その覚醒能力によってその人間の価値が決まる。覚醒者はその能力をどう生かすかで人生が決まり、能力が低い者、また未覚醒の者には社会からも家族からも除外される者もいるという。
ランデベル大陸にはヒューマンが多く住む、後天的に覚醒者になる者が多い。そのためか、既に職を得ている者が多い。兵士になってから覚醒者となり出世する者、覚醒したもののその能力が職に適さない者、それらを公平に考える事が多く、ランデベル大陸では魔法に対する固定概念が薄い。様々な種族が入り乱れる事により人々は覚醒能力なしでも生きている暮らしをしているのだ。
不安を抱えるセリカを尻目にザーハが言った。
「おい、あそこを見ろ。あのゴーレムとあの剣闘士ダハンとのマッチングが発表されるぞ」
セリカは闘技場の掲示板に目をやる。高い壁に囲まれた闘技場、そのどこからでも見える位置に掲示板はあった。
「リアルマッチ?」
「何、リアルマッチだと! わしはそんな事言ってないぞ!」
驚くゴードン、やはりこの一連の流れはゴードンの仕業だった。
「オッズはどうなっている……9対1だと!」
「9体1?」
「ああ、ザハンはああ見えても強者だ、それに覚醒者でもある。元エブレールの兵士だからな。戦い方は大雑把だがその分派手さがあり性格はあれだが、人気もある剣闘士だ」
やはりあの剣闘士・ダハンは覚醒者だった。
「それに長年ここで剣闘を繰り返している、わしら冒険者よりも戦闘経験は間違いなく上だろう」
「リアルマッチってなんなの?」
ゴードンは視線をダハンにやり、ふさふさした髭を撫でる。
「能力は使い放題、相手が倒れるまで戦う。審判による中止もない。つまり全力の戦い、今から未知数のゴーレムと手練れの覚醒者の戦闘が行われるってことだ」
隣で煙草を吹かすザーハにセリカは詰め寄る。
「ちょっとザーハ、ミルキィは戦闘用のゴーレムじゃない! 今すぐやめさせて! ミルキィはまだ赤ん坊のようなものなのよ!」
空中で輪を作るザーハ、ギロリとその鋭い視線をセリカに送った。
「なんにもわかんねぇゴーレムだ、その力を見るのも悪くないだろ。そもそもゴードンがこの話を持ち掛けて来た。俺としてはただモンスターバトルを組んだだけよ。ザハンとやるとは思ってなかったがな。こうなったらあのゴーレムがどの程度なのか見るしかないだろ。ザハンにやられるのも良し、勝てれば相当なゴーレムなわけだ」
セリカはぐっとその言葉を聞いた。
「それとも何かいエルフの嬢ちゃん。あのゴーレムに親近感でも持ったのか? ゴーレムは所詮造り物の道具だぜ。命令されることだけがアレの生きがいよ。それがゴーレムの存在意義だろうが。何が出来て何が出来ないか。それすら知らないまま、お前はこんな場所まであいつを引っ張り出しんだろうが。どうやらドワーフとエルフじゃゴーレムに対する価値観が違うようだけどな。俺はあのゴーレムが何のために造られたかなんて興味の欠片もねぇ。ただあるのは、何が出来るのか。何に利用出来るのか、それだけだ」
また煙草を吹かしザーハは黙った。
「しかしリアルマッチなんて聞いてないぞ」
「壊れたらまた鉱石を恵んでやりゃいいじゃねぇか。どうせまたボディを造れるだろ、あいつは」
セリカは二人の会話を静かに聞いた、確かにその通りだった。わけのわからない喋るゴーレムに感情移入していた。
エルフの里ではゴーレムを使役する事がある。使役できるのはその能力がある覚醒者に限るため、溢れているわけではないが。壊れたらまた造る、確かにその通りだ。ゴーレムに命が宿っている訳ではない。ゴーレムはペットでも何でもない。ただの造り物だ
しかしセリカは考えた、ミルキィには命が宿っているのではないかと。
だから自ら喋り行動をする、マスターである自分が馬鹿にされれば撤回を求める。それは命令されたからではない。自らの意思で彼はそこに立っていたのだ。
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