六十七、ギルバインの奇跡
この日、ギルバインの街を襲った魔人キュルプクス、そして魔王軍四天王レーデン。
壮絶を極めたこの戦いは、冒険者たちの勝利に終わった。
魔王軍、レーデンをはじめ、ステインを含む四天王幹部、魔王軍の覚醒者百六名、獣人オーク二百五十二名、総勢三百五十名以上の捕縛がなされた。
魔王ギデオン出現から早十年、これまで魔王軍の侵略を退けた国や都市は無く、無敗を誇っていた魔王軍の勢いを失わせた事は言うまでもない。
一方のギルバイン側もこの戦闘によって、住民五十四名、冒険者十三名、合わせて六十七名の尊い命が失われた。
たった半日の出来事であった。
ミルキィによって捕縛された魔王軍四天王レーデンと魔王軍の全員は、すべて冒険者ギルドと憲兵団によって拘束されながらも、突如として現れたアーデルハイド公国の軍隊によって、その全員の身柄の引き渡し命令が下された。
突然の身柄引き渡しに冒険者ギルド側はこれを反対、ギルド長代理フィリザートの働きも空しく、その日の夜にはアーデルハイド公国の軍隊によってレーデンと魔王軍は半ば強制的に引き渡される事となった。
これに立ち会ったギルバイン憲兵団団長バルザックはアーデルハイド公国への説明を強く求めるもこれを拒否され、本国アーデルハイドへの召喚命令が下される事となった。
後に『ギルバインの奇跡』と呼ばれる一日はこうして終わった。
そして壮絶な一日が終わり次の日の夜、ギルバインの街で勝利の宴が開かれた。
皆がこの勝利を喜んだ。しかしこの戦いによって失われた命、そしてその遺族はこれをどう思ったのであろうか。
ギルバインの住民には、アーデルハイド公国への不信感と棄民扱いされた事による疎外感も心に深い傷を与える事ともなった。
もしアーデルハイド公国が魔王軍のこの宣戦布告に対し兵を挙げていれば、この勝利となったかは誰もわからない。公国が兵を挙げなかった判断が、冒険者が立ち上がるきっかけとなり、結果的にこの勝利を繋がったと見解を述べる有識者も少なくない。
どちらが正しい選択であったのか、その答えは誰も持ってはいない。
『ギルバインの奇跡』から一週間後、ギルバインの中心地にある公園に慰霊碑が建設され、この戦いで失われた命が弔われた。
悔し涙を流す者、家族を亡くし悲しみに暮れる遺族、参列した人々は俯き、そこで一体何を考えたのだろうか。
慰霊碑に供えられた花から零れた花弁が空に舞った。この戦いで失われた命のように。
その後、ミルキィはギルバインを勝利へと導いた英雄として称えられ、冒険者ギルドによってAランク冒険者へと昇格と報奨金が与えられた。
またセリカ、ガガオ、ゴードンの三人は昇格こそしなかったものの、その多大な働きにより報奨金が与えられた。
ある日の午後、セリカはまた定宿の一階にある窓側の席に座り、窓から吹き込む風を感じていた。
柔らかい風がセリカの頬を触れる。セリカは目を閉じ、その匂いを嗅いだ。
エルフの里とはまた違う風の匂いである。ギルバインの匂いは土の匂いと鉱石独特の匂いが混ざっている。
また近くに鉱石が積まれた馬車でもあるのだろうか、そんな事をセリカは思いながら平穏な日々を噛み締めていた。
「良い日だね」
「はい、とても良い日です」
セリカゆっくりと目を開ける、窓から差し込む日の光に一瞬視界が白くなった。視界がはっきりすると目の前に白い甲冑を身にまとった一人の男が椅子に腰かけていた。
ミルキィである。
ミルキィは椅子に腰かけ、セリカを見ている。
正確に言えばミルキィの視線はわからない、兜に似た装甲を身に着けているからだ。
『その兜の中には何があるの?』とセリカは聞いた事がある。するとミルキィは兜を外し、その中を見せてくれた。
あの日、廃墟で見つけた球体がそこにあった。
セリカは机の上にあるコップを手に取り、珈琲を一口含んだ。
ゴクリと飲み込むと口に中にほろ苦い味、そして芳醇な香りが広がった。
魔王軍の一件依頼、憲兵団とも親しくなり、憲兵団の女性兵士コリアから頂いた珈琲豆をミルキィが淹れてくれた。
「美味しいね」
「それは良かったです」
セリカは頬を緩ませた。
「傷の方はもう大丈夫でしょうか?」
「私? 私はもう大丈夫だよ。ミルキィが作ってくれた回復薬のお陰」
「それは本当に良かったです」
「ふふ」
「どうかしましたか?」
「ううん、なんか色々あったなと」
「色々?」
「うん、最初ミルキィを見つけてから色々あったなと」
「なるほど、確かに色々ありました」
「でもまさか、ミルキィがAランク冒険者になっちゃうなんてなー。先超されちゃったじゃん」
「いえ、私は何もしていません。セリカ様が居たから私はここに居られるのです」
「えへ……そうかな?」
「はい、感謝しています」
セリカは手に持ったコップを机に置き、両手を組んだ。
「そういえば、レーデンと戦ったとき、博士の事聞けたって言ったよね」
「はい、彼はREDと言い残しました。残念ながらそれ以上聞くことが出来ませんでした。すぐにアーデルハイド公国の軍隊が現れましたので」
「アールイーディー……? 何の事?」
「わかりません、レプロス博士とマーリーの三人で暮らしていた時、そのような事は一度も仰っておりませんでした。ですがレーデンはこう言っていました『REDにかかわった奴ら』と」
「それって……どういうこと……?」
「私が想像するに、REDとは何かの集まりの呼称か何かかと思います」
「と、いうと?」
「レーデンはアーデルハイド公国とレプロス博士、そしてREDという何か。それらに恨みを持っている様子でした。また貴族主義も憎んでいるとも言っておりました」
「この街でアーデルハイド公国と貴族主義へ恨みを持ってない人間は珍しくないけど……。博士はその二つと……?」
「はい、やはり博士はアーデルハイド公国と貴族主義、そしてレーデンと何か繋がりがあると言う事です。その鍵を握るのがREDという何かです」
「うーん……わかんないね。情報が少なすぎる」
「はい、やはりアーデルハイド公国へ行く必要があると言う事です」
セリカはハッと顔を上げ、以前ミルキィが同じことを言っていた事を思い出した。その時魔王軍が攻めてきてそれどころでは無かった。しかし今ようやく街は落ち着きを取り戻しつつある。今、街を離れても問題は無いだろう。
ミルキィはAランク冒険者となり、自分もそれなりに名も知れた。本国アーデルハイドの冒険者ギルドでも情報が集められるかもしれない。
――。
フィリザートは目の前に積まれた報告書の山に唸りを上げる。
ギルド長ラザラスが深い傷を受け現在入院中で、彼が退院するその間フィリザートがギルド長代理を務めていた。
ギルド内に居る従業員からの報告書、憲兵団に出す資料、亡くなった冒険者の処理、やることは山のようにあった。
「ちょっと……多すぎませんか」
「そんな事はありません。どれもギルド長の大事な仕事です。やっていただかないとギルドがまわりません」
ギルドの従業員コーデリアが両手にまた書類を持ってきた。『ドサッ』とフィリザートが座る机の上に乗せる。
フィリザートの目の前にまた一つ書類の束が増えた。
「わ、私はラザラスの代理をやると言いましたが後処理までやるとは言って……」
「ギルド長が居ないんですから、フィリザート様がやらなきゃいけないんです!」
「ラザラスは命に別状はないんでしょう? 病院にこれを持って行ってやらせればいいんですよ」
「無茶言わないでください」
「良いアイデアだと思うのですが……」
「フィリザート様! 昨日だって書類を二、三枚眺めただけで何もされなかったではありませんか! 貯めるから多く見えるんです! 毎日やっていただければそんな量ではありません!」
「わ、私は頭脳労働が苦手でして……」
コーデリアは『はあ……』とため息をついた。
「ギルド長代理!」
コーデリアも我慢の限界だった、そんな時、部屋をノックする音が室内に聞こえる。
「はーい! 何ですかー!」
「ギルド長代理! そうやってまたサボろうとしてもダメですよ!」
「いやいや、そんなつもりはありません。ほら、誰かが来たようですし……ね?」
「もう! 冒険者たちを見事に指揮した人とはとても思えない……」
コーデリアはブツブツと文句を言いながら、扉の方へ向かって歩いていく。
あの日、コーデリアは通信術士として参加しフィリザートの指揮を聞いていた、見事としか言えない程の戦術家だと思った。そのお陰で街を救った。しかし今のフィリザートは全くの別人、仕事をサボろうと必死なのである。
あの胃のフィリザートならば、一瞬で片づけられる仕事なのに彼はそれをやらない。
コーデリアはため息を吐き、そしてドアノブを捻り、扉を開ける。目の前に居る人物に少し驚きの声をあげた。
「あ……」
「おや?」
部屋の奥に座るフィリザートが三人の姿を見て、顔色を少し変えた。
そこにはミルキィとセリカ、シダが立っていた。
三人はコーデリアに軽く会釈すると『失礼します』と言い部屋の中へ進む。フィリザートが座る目の前にまで歩き、シダが口を開いた。
「あの……この二人がギルド長代理に話があるとの事です」
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