六十三、ゴーレム対ゴーレム④
ギルバインの街、その上空に新たな巨人が現れた。
その姿は街でも有名なゴーレム、ミルキィそのものだった。
魔人キュルプクスの姿に逃げ惑っていた住民は、新しく現れた巨人に驚きの声をあげるものの、その姿が見知った巨人である事に歓喜の声と安堵のため息を吐いた。
「お、おい……あれはミルキィなんじゃないのか?」
「ミルキィだ……!」
「なんて大きさだ!」
「降りてくる……! 逃げろ!」
そのゴーレムはゆっくりと街に降りてくる。
ゴーレムの巨大な足で家のいくつかが破壊される。しかしその家には誰も居ない。そこは避難地域になっており、バルザックの指揮の下住民の避難が完了している地区であった。
大きな砂煙が上がり足元を隠した。
ゴーレムには胸のあたりに青く光る石が埋め込まれている。
ミルキィは素早くその青い石に接近し、その青い石の中に吸い込まれていった。
「お、おいミルキィの奴、あの白いゴーレムで魔人と戦う気か!」
城壁に残っていたガガオが言った。
「それしか考えなれない。あんな巨大なゴーレムを造り出せるなんて……。凄いよミルキィ……本当にあなたは凄い」
セリカは祈った。ミルキィが起こす今からの奇跡を信じて。
彼は自分が考えもつかないような方法で魔人キュルプクスと戦うという事。
必ず勝てると信じて。
しかし白いゴーレムは魔人キュルプクスと対峙してから、動かない。不思議がる二人の思考を遮るようにペンダントからミルキィの声が聞こえた。
「この通信を聞く、すべての人たちにお願いです。ペンダントを砕いてください。今すぐに」
「は?」
ガガオはペンダントから聞こえるミルキィの声に反応し、気の抜けた声を出した。
「一体、どういうことだミルキィ! どうして貴重な通信装置のペンダントを砕かないといけないんだ!」
「説明している暇はありません。早く砕いてください」
「どうしてだミルキィ! 説明をしてくれ!」
「なんなのー?」
「何なのだ。さっぱり意味がわからん」
事前に聞いているならまだしも、これは何の説明も無かった。
ペンダントからガガオ、バルザック、シャルロット、ステインの声が聞こえる。
しかしセリカは信じると決めた。ミルキィを最後まで信じると決めたのだ。
彼女はペンダントを手に取った。
「みんな、ミルキィは必ず勝ってくれます。この戦いに。信じください、ミルキィは奇跡を起こしてくれます。ペンダントを砕いて!」
「セリカがそう言うんじゃ……信じよう」
ペンダントからゴードンの声が聞こえる。
皆の状況を考えれば、貴重な通信装置を失うのは非常に痛い。しかし内容はわからずともミルキィの言う事である。そしてセリカの言う事である。
彼女は誰よりも早く魔人キュルプクスの猛攻の中、自分たちに貴重な通信装置を届け、そして避難誘導を手伝い、魔王軍にも立ち向かった。勝てる見込みもない相手に勇気を振り絞り立ち向かった。
並大抵の事では出来ない、無謀な行為は勇気ではない。必ずミルキィが助けに来てくれると信じた行動。
ミルキィを信じるセリカを信じる、それがペンダントを持つ人間が出来る今最善の一手である。
「砕きます。みんなお願いします!」
セリカはそういうとペンダントを首から外し、地面に思いっきり叩きつけた。
パリーン!
続けてガガオがペンダントを地面に叩きつける。二度ペンダントが砕ける音が聞こえた。
「こんな事……何の意味があるってんだ……」
ガガオは納得がいっていない様子だった。それもそうだろう。この世界において遠隔で他社と通信が出来る手段は限られている。
それを何の説明も無しに、壊せと言ったのだから。
「信じよう、ミルキィを」
セリカは砕かれたペンダントに視線を落とす。
青い鉱石が砕け散り、粉々になっていた。
しばらくすると地面に散らばった青い鉱石に小さく震えだした。
「え……震えている?」
「何……?」
青い鉱石が震え、次の瞬間、音が周りに響いた。
キーン……。
それは小さく耳鳴りのような音だった。
魔人の足音、逃げ惑う住民の声、周りには色々な音が聞こえている。そのどれも違う独特の耳鳴りのような音。それが周囲を包み込んだ。
すると白いゴーレムが動き出し、ギルバインの街に居る全員の脳内にある声が聞こえた。
『私はミルキィ。今からこの魔人キュルプクスを街の外へと押し出します』
セリカとガガオはハッと顔を見合わせ言った。
「ミルキィの声!」
「俺にも聞こえた! 一体どういうことだ!」
「こ……これってまさか……ペンダント砕く事で街に居る全員に聞かせたという事……?」
『皆様の住む家に被害が及ぶ事でしょう。申し訳ありません。しかし私は必ずこの魔人を倒す事を約束します』
「ふ、ふざけやがって……この期に及んで命より家が大切なモンか!」
「ミルキィ……! やっちゃって!」
ガガオとセリカはミルキィに叫んだ。
遠く聞こえる距離ではない、しかし二人は叫ばずにはいられなかった。
奇跡はここから起こるのだ。二人はそう感じざるを得なかった。
――
ステインはオークの背中を斬る。
オークの背中から血しぶきが上がり、ステインは返り血を浴びる。しかし一向に手を休める事は無い。
続けざまに別のオークへと斬りかかる。
「うおおお!」
オークは叫びをあげ、武器を落とした。
「行け! ゴーレム! 魔人を止めろ!」
ステインは手を休めない。この街を守ろう。一度だけではない、二度捨てた命。あのエルフが信じる謎のゴーレムを信じてやる。
――
「飛び散る水!」
シャルロットはフィリザートが言う十字路を二つ進んだ先、右手に水の魔術を放った。杖の先から大量の水が溢れ出て、それが勢いをつけて通路を進んだ。
そこにはオークの群れがおり、その群れに大量の水が飲みこんだ。
「ふう……これでいいかしら。フィリザート」
「素晴らしいお働き! さすが澎湃の魔術師シャルロット様!」
シャルロットは帽子のつばを掴み、深々と帽子を被りなおした。照れた顔を見られたくなかったのだ。
彼女は『コホンコホン』と咳をした後、足元で砕いたペンダントをチラリと見て、空を見上げた。
「早く倒しなさいよ、ミルキィ」
――
「うおおおおお……!」
ゴードンが握るパイルバンカーがオークの眉間を貫く。血しぶきが飛び散り周りを赤く染める。ゴードンの右手から薬莢が排出され地面に落ち『キーン』と音を鳴らした。
ゴードンの足元に薬莢が転がる。その近くには青い鉱石が砕け散っていた。
オークの群れが一瞬躊躇う仕草を見せる。次の瞬間彼はオークに背を向け走った。
「早く……早くしろミルキィ!」
――
「フィリザート様、東の防衛線を突破したオークが街になだれ込んできます!」
「ナルセス隊とポルン隊を向かわせてください!」
フィリザートは柄にもなく大きな声を上げた。
いつぶりだろうこんなに大きな声を出したのは。エルフに生まれ早百年は経った。今までもこのような危機的状況はあった。しかし今日という日は何という事だろう。
街に現れた魔人よりもオークよりも、魔王軍四天王レーデンが現れたよりも遥かに驚いていた。目の前に居る、白い巨人、ミルキィの存在に。
「フィリザート様! 謎の二人組の男女がオーク討伐の加勢に加わっています!」
「誰ですか! 冒険者なのですか?」
「わかりません! 近くに居たBランク冒険者も知らないと言っています」
謎の二人組の報告を受けフィリザートは考えた。
援軍?
いや、そんなはずはない。アーデルハイド公国からの援軍は来ない。第一来たとしても加勢に加わる可能性は低い。
来るとすれば、この街が陥落してからだ。
憲兵団の誰か? いやその可能性も低い。向かわせるならたった二人で向かわせるべきではない。
ならば、偶然居合わせた別の街の冒険者か。
「その者たちの話は良い。今は防衛線を死守する事が最優先だ!」
「はい!」
シダが大きな声でフィリザートのそれに答えた。
フィリザートはニコリを笑い、シダを一瞬見つめると視線を魔人に戻した。
「頼みましたよ……ミルキィさん!」
彼の足元には砕かれた青い石が転がっていた。
――
「団長! 謎のゴーレムが街に現れました!」
「何! まだ住民の避難が完了していないというに!」
バルザックは腕組みをして彼の報告を聞いていた。伝令兵の報告に副長が答えた。
「しかし……新しく現れたゴーレムは、あのミルキィのようです!」
「一体どういうことだ!」
副長の一人が頭を抱える。そんな時静観を決めていたバルザックが口を開いた。
「つまり……ミルキィが魔人キュルプクスを止めると言う事だ」
「え……」
バルザックは目の前にあった、机を手で叩く。
その音に団長室に居る全員が黙った。
「そのゴーレムは敵ではない。我らの援軍だ! そのゴーレム付近の住民の避難を最優先させろ!」
「は、はい!」
三人居た副長たちは団長室から出ていく。
「頼んだぞ……ミルキィ!」
バルザックの目の前にある机には青い石が粉々に砕かれていた。
――
「お父さん! ミルキィの声がした! やっぱりあれはミルキィだよ!」
「ああ……俺にも聞こえた。あの声はミルキィだ」
子供は膝をつく父親の手を引っ張る。
「な、なんだ……」
「ミルキィを応援するんだ!」
子供の声を聞き、周囲の人間たちがミルキィを見上げる。
絶望に怯えていた人々の顔に少しずつ生気が戻っていく。
「頑張ってミルキィ! 僕の……僕らの街を守って!」
――
遠くに子供の声が聞こえた。
成功だ、ペンダントを砕いた事で街中に自分の声が届いた。
ミルキィはゴーレムの体内に居ながらも、嬉しくて飛び上がりそうな感覚に襲われた。
『大丈夫、私が必ず守ってみせる』そう思った。
セリカたちに預けたのはただの通信装置ではない、砕く事で周囲のすべての人間との通信が可能になる大規模通信装置だ。全員の言葉がすべて繋がってしまうため、混乱時には使えない。しかし今なら出来る。いや、今しかないのだ。
自分の攻撃で被害が及ぶかもしれない、それだけは防がねばならない。
だから、今しかないのだ。
「各部接続」
自分の手足に巨大なゴーレムの感覚が繋がる。
手は、動く。足は、動く。身体の隅々まで自分の身体のように感じる。これならいける。
『点火』
ミルキィがそう言うと全身に散りばめられたトライニウム鉱石が光った。
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