六十一、ゴーレム対ゴーレム
ステインは頭を抱えその場にしゃがみこんだ。
「ステイン! 何をしている! 早く女を殺せ!」
周りの男たちの怒号は鳴りやまず、それはセリカを取り囲んでいた。
「ええい、この裏切者め! ステイン! お前に期待した我らが馬鹿だった! こうなれば我らの手でやってやる!」
男の一人がそういうと黒いローブの男たちがセリカを取り囲んだ。
セリカはたまらず風を操る者に魔力を込めて、それを放つ。放たれた風は男を一人吹き飛ばした。
周囲に迫る男たちがそれに驚き一歩下がる。
セリカは続けて手の平に魔力を込める。風が一瞬巻き起こるものの、すぐに風は止んだ。
「し、しまった……魔力を使い過ぎた……」
セリカはたまらず腰のポーチに手を入れ、魔力補充の小瓶を出す。
「ビビらせやがって……。どうやら魔力切れらしいな!」
しかしセリカの目の前に別の男が立ち塞がり、思い切り彼女の顔を殴りつけた。
その衝撃により小瓶は地面をコロコロと転がり、セリカから離れた。
体制を崩したセリカはその場に倒れ、そこへ何人かの男たちが歩み寄りセリカはその男たちから顔や腹などを蹴られた。
それはしばらく続き、セリカの身体はボロボロの布切れのように地面に横たわった。
「魔人を動かさせ!」
男の一人がそう言うと魔人キュルプクスは城壁に置いていた両腕をゆっくりと動かした。
「魔人で街を破壊しろ!」
セリカの耳にそれは届いた。
全身傷だらけになりながらもセリカは必死に身体を動かした。
「やめ……やめて」
「まだ動けるとは大したものだ! 安心しろ、お前は殺さないでおいてやろう。ただしオークたちの慰み者にしてやる」
セリカは背筋がゾッとする感覚に襲われた。
しかし身体は一向に動かず、目の前にオークが一匹が近づいてきた。
オークは涎を流しセリカに近づいてくる。
「い、いや……! 来ないで……!」
「グルルルル……」
オークは低い唸りをあげセリカの前に立ち、彼女を見下ろす。
セリカの前にオークの汚い涎がポタリと垂れた。
何を食べたらこのような悪臭を放つことが出来るのだろうか、その悪臭がセリカの鼻をついた。しかしセリカにはそのような余裕もなく、目の前に立つオークにただ身を震わせた。
オークがセリカの髪の毛を掴み、彼女を無理矢理立ち上がらせた。
「やめ……」
「ははは! 勢いよく現れたかと思えば、実に呆気ない!」
「所詮、冒険者はこの程度よ!」
「そうだオークよ! その小娘に街が壊れていく様をじっくり見せてやれ!」
男たちがオークに指示を与え、オークはセリカの髪を掴んだまま彼女を城壁の内側に立たせる。
「どうだエルフ! 愚民どもの悲鳴は! 恐怖に怯える顔は!」
「や、やめ……やめて……」
「やめてだと? 笑わせる! ならば我らを止めて見ろ!」
魔人キュルプクスが城壁の砦を壊し、城壁の壁や屋根が街の中へ倒れ込み、それが家の上に落ちる。
街からは幾多にもわたる声が聞こえる。
オークの唸り声と冒険者の戦う声、しかしそれにも増して聞こえる住民の悲鳴。
オークは人を殺し、家を破壊し、そして街を破壊する。
魔人キュルプクスは城壁に拳を振り上げ、何度も何度も壊す。
何度も何度も。
「やめて……」
そして遂に足元まで振り下ろされた拳は、魔人が通るだけの道を作り出した。
「いいぞ! そのまま街を破壊しろ!」
狂った男たちが声を発する。
「やめて……街を……壊さないで……」
「馬鹿が! やめろと言われてやめる奴がどこの世界に居る!」
セリカの悲痛な叫びに男の一人が答えた。その瞬間、分厚い剣がその男の身体を切り裂いた。
突然の出来事に後ろを振り返る男たち、そこには両手剣を持ったステインが立っていた。
「す、ステイン! 貴様、気でも狂ったか!」
俯いたままのステインが剣を強く払う。剣に付いた血が周囲に飛び散る。
「狂っているのは……貴様らの方だ……」
「ステイン、貴様! レーデン様への忠誠を忘れたか!」
「喧しい!」
ステインの大声で言った。
「そのエルフを放し、魔人を止めろ……! 従わないものは誰であろうと殺す!」
「何だと……! 貴様……裏切る気か!」
ステインはそれに答えず、男たちに飛び掛かる。
彼女のたった一振りで男たちが何人も斬り飛ぶ。
「もう一度言う。そのエルフと魔人を止めろ……」
「馬鹿が! 貴様、我らの力を知らぬわけではあるまい! 我らは魔王軍四天王レーデン様の忠実な部下であるぞ!」
「レーデン……レーデンがどうした! 街を壊し、人々を苦しめ、何が王か! 初めから言ったはずだ、私はこの作戦には反対だったと! 魔王だろうとレーデンだろうと私の騎士道から外れた者は叩き斬る!」
ステインは無理矢理男たちをかき分け、オークの元に走り寄る。
しかしそれは届かず、男たちに組み伏される。
「貴様! 拾われた恩義を忘れよって!」
「私を舐めるな!」
ステインはそう言うと覚醒能力を重力を発動させた。
彼女に覆いかぶさる何人もの男たちが空中へ浮かぶ、自由を奪われた男たちは空中で手足をバタつかせるが彼が地面に落ちる事は無い。
ステインは右手に持った両手剣を地面に擦らせる。切っ先が地面と擦れ火花が散る。
「どけぇえええ!」
ステインは剣を空中に居る男たちに向かって剣を振り払う。
斬られた男たちから血が飛び散った。
「オーク! 貴様もだ!」
ステインはそのままの勢いでセリカを立たせているオークに斬りかかった。
オーク右手が両断され、オークが悲鳴を上げた。
力を失ったセリカはその場に倒れ込み、ステインも力を使い果たし、その場に倒れた。
「す、ステイン……あなた……」
セリカはステインに顔を向け、困惑した表情で彼女を見た。
「ま、魔人を……早く止めろ! 早く止めて来い!」
セリカにはステインの真意が読み取れなかった。
魔王軍四天王レーデンに仕えたはずの彼女、しかし祖国を滅ぼした一番の仇。それに仕えなければならない、そうしなければ生きられなかった彼女。
きっと彼女の中には自分では想像も出来ない程の葛藤があったのだろう。
これが終わったら、ゆっくりと彼女と話がしたい。セリカはそう思った。
しかし目の前に広がる絶望をどうにかしなくてはいけない。
自分一人では到底出来るものではない。
けれど、彼ならそれをやってくれそうな気がする、いややってくれるだろう。
自分たちで出来る事を精一杯やった。魔王軍とも戦った。ガガオは魔人キュルプクスへ立ち向かった。
ひとつまみの勇気を振り絞った。
けれど自分たちでは魔王軍はおろか、魔人、オークすらも止められない。
魔力は当に底を尽き、身体中傷だらけだ。
誰でもいい、魔人を止めてほしい、魔王軍を止めてほしい。
「早く来てミルキィィィィィ!」
セリカは心の底から彼の名を呼んだ。
悔しいけれど、自分では止められなかった。出来ると思った、気持ちだけは誰にも負けないと思っていた。けれど相手は魔王軍、そんな簡単に考えるのは実に浅はかな行為だったと今だからわかる。
「ミルキィ? なんだそれは?」
「エルフの娘め……狂ったか?」
セリカの叫びも空しく、声は群衆によってかき消される。
群がる男たち、オークの唸り声、住民の悲鳴、魔人が街へと進み次々と破壊する街の音、街の声。
セリカは瞳に涙を浮かべ、彼の名を呼んだ。
しかし彼からの返事は無い。
既にどこかで戦っているのだろうか。それとももう既にやられてしまったのだろうか。この軍勢を前に勇敢に立ち向かい、しかし大勢のオークに囲まれ、成す術なく倒されてしまったのだろうか。
そんな考えが一瞬セリカの脳裏をよぎった。
「ミルキィ……」
大粒の涙がセリカの頬を伝う。
目の前に広がる街、そこから聞こえる様々な声。
そして、ペンダントから彼の声。
「セリカ様、ご無事ですか?」
「み、ミルキィ……」
やっと答えてくれた、彼が。
「お待たせいたしました、トライニウムの結晶がようやく定着致しました。今から」
ミルキィの声はペンダントを持つすべての人間に届いた。
「反撃を開始します」
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