六十、風を操る者④
「ステイン……貴様……!」
セリカはその状況が呑み込めなかった。
確実に風を操る者の一撃は彼女の頭部と捉え、ダメージを与えた。
しかし魔王軍の男たちの反応が全く理解出来ない。
ステインが女だという事、そしてエルフである事に驚いている。
「ステイン……貴様、貴様の正体はエルフの女だと……!」
「だからどうした?」
ステインはセリカに身構える事無く、男たちを横目で見て言った。
「私はエルフで、女だ。それがどうした?」
「い、今まで我らを騙していたというのか!」
ステインの銀色の髪が風で靡いた。
頭から血を流しているものの、その横顔は同じエルフであるセリカでさえも見惚れる程の美人。
銀色の髪、白い肌、琥珀色の吸い込まれるような瞳、整った鼻筋、薄紅色に染まった唇。そのどれもが芸術的な美しさを誇っていた。
「騙す……? 私は一度として私が男だとは言っていない」
「し、しかしステイン貴様は……!」
「しかし? しかしなんだ? 私がエルフの女で何が悪い」
「女が……女が騎士を名乗っていたのか! これはお笑いだな!」
「あ?」
ステインはゆっくりと両手剣に近づき、それに手をかけた。
「女が騎士を名乗って何が悪い? おい、どうしてダメなのか言ってみろ」
ステインは両手剣を持ち、男たちに詰め寄る。
「それに先ほどの悲鳴は何だ。あれは住民の悲鳴ではないのか……!」
男たちはステインの只ならぬ雰囲気に気おされたかのか、彼女から一歩下がる。
「住民に手は出さない……レーデン様から私はそう聞いていた」
「わ、我らは魔王軍だ! 住民の命など知った事か!」
「そうだ! レーデン様からも住民に手を出すなとは言われていない!」
ステインはその言葉を聞くと、両手剣を横に振り払った。
一人の男が、その剣の餌食となり、胴体から血を流しその場に崩れ落ちた。
「ひぃい!」
「何をする!」
「ステイン! 貴様! 血迷ったか!」
「つまり……こういう事か。私に言われた命令は偽りだったという事か……」
ステインは鋭い眼光で男たちを見た。
そして剣を振りかざし、刃に付いた血を払いのける。
「ふざけるな…それが騎士にやるべきことか」
「騎士…? 騎士だと…? そんなものなど、ここにあるか!」
「貴様はレーデン様の言われたとおりに動けばいいのだ!」
男たちはそれぞれにステインをなじる。
そんな光景に水を差すように、また街に悲鳴が響く。
逃げ遅れた住民の声、オークの低い雄叫び。
「うわああ!」
「やめろぉぉぉおお!」
その叫び声に、セリカは唇を噛み締めた。
「今すぐオークたちを呼び戻せ。レーデンさ……レーデンの元へ帰り、指示を仰ぐ」
「何を言うステイン! 見ろ! この街の状況を! 間もなくこの街が手に入る!」
「そうだ! それにオークたちの進軍はもう止められない!」
「我らの使命を忘れたのか!」
ステインは眉をピクリと動かした。
「使命? 使命とはなんだ。私はそんなもの聞いていない」
「何を言う! 我らの使命はこの街の住民の虐殺なるぞ! それを行いアーデルハイド公国への開戦の狼煙とするのだ!」
「そんな事はさせない!」
ステインと男たちの会話にセリカが入り込んだ。
「ここには軍人なんていない! 居るのは街に住む人たちだけよ! どうしてこんな事が出来るの! この街の人たちが一体何をしたって言うのよ!」
セリカは堰を切ったように言葉を続けた。
「この街には……ただ普通に暮らす人たちがいるだけよ! 公国との戦争だか何だか知らないけど、そんなモノ他所でやりなさいよ!」
セリカの言葉に男たちは眉一つ動かさない。しかしそれでもセリカは言葉を続ける。
「何で……何でこんな酷い事が出来るのよ……! いきなり魔人を街に転移させたり……オークで住民を殺させたり……。一体私たちが何したっていうのよ!」
「それが魔王軍だ! この世に混沌を齎す事こそ目的よ!」
男の一人がセリカの言葉に反応し、答える。
「レーデン様もこれが目的だろう! あの方はアーデルハイド公国を憎んでいらっしゃる。まずはこのギルバインを陥落させ、その勢いでアーデルハイド公国を滅ぼすのだ!」
「そんな事の為に、罪もない人が死んでいいわけない!」
「ステイン! 貴様もレーデン様に忠誠を誓った者ならば、そのエルフをさっさと殺せ!」
ステインは静かにセリカに向かって歩いてくる。
セリカの目の前に立ち、右手には両手剣を構えている。
セリカは右手に魔力をためる、しかしステインはそれを察知してか、思い切りセリカの横顔を殴った。
殴られたセリカは身体が吹っ飛び、地面に転がった。
「いいぞステイン! そのままその女を殺せ!」
セリカは顔を見上げる、そこにはステインは冷たい眼でセリカを見下ろしていた。
「殺せ!」
「殺せ!」
男たちが放つその言葉が、セリカの脳内を駆け巡った。
「どうしてお前は向かってくる……? 何故諦めない? この状況でどう足掻いてもお前に勝ち目はない。この街はもう終わりだ。祖国ミロランドと同じだ……」
ステインが不思議そうに呟く、何かを思い出しているのか。
祖国ミロランド、それは強国エブレール陥落後に滅ぼされた小国、住民の殆どは殺され言い残った人間はエブレールよりも多かったと聞く。
セリカには頬の痛みも忘れてステインに言葉を吐いた。
「祖国ミロランド……。そうよ、あなたの国もこうやって奪われたのよ! 魔王軍にこうやって恐怖に支配され、人々は蹂躙されたのよ!」
「お前に何がわかる……」
冷たい瞳の中でステインの心が揺れ動く。
「わからないわよ! でも私には守るべきモノがある! 孤児院に暮らす子供たちのためにも、負けられない! 諦められない!」
セリカが言うその間にも男たちの『殺せ!』の声は止まらない。
それはまるで呪いのような言葉、セリカの心に絶望が過る。しかし諦められない。
私には守るべき孤児院に暮らす子供たちが居る。街の人たちも守りたい。しかしそれは二の次。絶対に子供たちだけは守りたい。
セリカを突き動かすのは、子供たちの笑顔だった。
「孤児院に暮らす子供、だと……? お前は家族でもない人間のために命をかけるというのか」
「かける……。私は命をかける」
「何故だ、どうやってやるのだ。この絶望的な状況で」
ステインは、セリカの胸倉をつかみ、引き寄せた。
ステインの艶やかな唇が見える、くすんだ瞳はセリカを真っすぐ見つめている。
「私は絶対に諦めない……!」
「何故だ。何故諦めない。この状況を逆転出来る一手でもあるというのか」
「そうだ! この状況を見ろ! お前たちの負けだ!」
ステインの言葉に男たちが反応した。
「どうしてだ。何故お前は諦めないのだ。この街はもう終わりなのだぞ!」
「ま、まだ終わってない……私は負けてない。ギルバインの街も孤児院も絶対守る……!」
「絶対に……守る……?」
ステインの脳裏に祖国ミロランドが陥落したあの日の光景が蘇る。
『私は一体何のために生まれ、何のために生きていたのだ』
「何故だ!」
『ミロランドを守るために』
「何故だ! どうして諦めない! 人一人の力など軍隊の前には無力だ!」
『私には何も無かったのだ。守るべきモノなど最初からなかったのだ』
ステインはセリカを手放し、突然頭を抱えで叫び出した。
「どうしてだ! 諦めれば良い事じゃないか! 簡単な事だ!」
セリカは咳き込みながら彼の登場を待っている。
彼なら、ミルキィならこの絶望的な状況でもなんとかしてくれる。
そう、セリカはミルキィを信じている。
ミルキィがこの街で暮らした事、体験した事、この街が好きだと言った事。
彼を廃墟で見つけてから、起こしてきた数々の奇跡。その命の煌めき。
そして、弱気になる自分を後押ししてくれた事。
『私はセリカ様のご判断、正しいものと思います』彼はそう言ってくれた。震える自分を鼓舞してくれた。いつも逃げる事ばかり考えていた。人と争う事を避けていた。以前ステインと戦った際にも自分は何も出来なかった。
それでも彼は怯える自分を勇気づけてくれた。
その腕で。
それだけで十分だった、自分にもしもミルキィの勇気のひとかけらでもあれば、自分は変われると思った。
だから、絶対に諦めない。彼に笑われないような冒険者になるんだ。
私はミルキィを信じる。
この状況を彼なら絶対覆してくれる。
「ミルキィ……」
セリカはそう呟いた。
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