五十九、風を操る者③
五十九、風を操る者③
ステインが地面に刺さった剣を抜き、セリカの正面で構えた。
「もう油断も、軽くも見ない。女を殺すのは私の本意ではないが、認めてやる。お前は強い。私の見立てが甘かったというべきだろう」
セリカは目の前で剣を構えるステインの身体から出る、謎の圧迫感にその身を震わせた。
先程までは自分を格下として見ていた、しかし相手を本気にさせてしまった。
初撃で倒せなかった事が悔やまれる。
ステインは強い、それだけはわかっていた。
剣技もさることながら、覚醒者で重力を操る能力を持っている。
あの黒いフルプレートアーマーを装備し、さらに分厚い両手剣を軽々と振り回す力。
その種明かしは、先日ステインと戦ったミルキィが明かしてくれた。
『ステインは触れたモノを軽くさせている』重たい鎧も分厚い両手剣も自身の能力で軽くさせ、その重さを軽減しているのだ。
ジリジリとセリカに詰め寄るステイン。
全く隙が無い。セリカは攻め手を失っていた。
「どうした、先ほどの勢いはどこへ行った。かかってこいエルフ!」
出来るものならとっくに仕掛けている、セリカはそう思った。
「早く殺せ! ステイン!」
ステインの後ろに居る男が口を開く、それがステインの激高に触れたのか、ステインは両手剣を横へ大きく振り払った。
「喧しい雑魚共が! 私に命令するな! 貴様らはさっさと街へ降り、冒険者と憲兵を捕えて来い!」
ステインの怒号とその剣圧に、男たちが一歩下がった。
男たちは悪態を呟き、渋々ステインから遠ざかっていく。
「ま、待て!」
セリカはステインの背後に居る男たちに声をかける。
「どこを見ている、お前の相手は私だ」
セリカの腹部にまたステインの拳が深々と刺さる、セリカはたまらぬ腹部を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
「あ……ぐ……!」
逆流してくる胃液がこみあげ、口の中に酸っぱい味があふれ出す。
セリカは口を閉じ、なんとかそれを堪える。
「この程度の一撃で大げさな奴だ」
『こっちは殴るのも殴られるのも慣れていない』とセリカは思った。しかしそんな思いとは裏腹にステインは足でセリカの髪の毛を掴み、無理矢理立たせた。
「どうしたエルフ……。街に行かせないんじゃないのか。こんな事では私たちは止められないぞ」
「う、うるさい……。私だって私だってやれるのよ」
「不意打ちの風か? あの程度で私を倒せると思っていたのか。まああれほどの風使いはお前が初めてだ。しかし私には利かん」
不意を突けば勝てる思っていた、しかし相手はセリカよりも遥かに戦闘経験が上だった。
セリカは痛む腹部を堪えながら、精一杯の口をきく。
「そう思っていた……。けれど、甘かったみたいね」
「ならばどうする? 私はまだこの通りピンピンしているぞ。所詮お前はこの程度だ。そこの男と何も変わらん」
そこの男、ステインが言った男。全身から血を流し、地面に伏せるガガオが見える。
彼も精一杯戦った。しかしこの数ではどうしようもない。冒険者と言っても戦闘のプロではない。
魔王軍に敵うはずもない。
「ガガオは……、臆病で自分より強い相手に向かっていく人じゃない」
「あ?」
「いつもずる賢くて、正直私には理解できないけど……」
セリカは掴まれた髪を握るステインの手を握り返した。
「けれど、ガガオだって戦った! この街の為に!」
セリカは魔力を集中させ、ステインの胴体目掛け拳で突きを繰り出した。髪の毛がプチプチと切れる音が脳内に響く。
ステインはセリカの一撃を受け、手を離し一歩後退した。
しかしその一撃は先ほどまでの威力は無く、ステインを一歩下がらせただけだった。
「魔力切れか……?」
ステインは余裕の声を発した。
その瞬間、街の方で大きな叫び声があがった。
「うわああああ!」
「お父さん!」
「パパ!」
遠くで聞こえる男の声、それと同時に聞こえる女性の声、幼い子供の声。
オークの低く唸るような雄叫びが城壁にまで届く。一瞬ステインの意識がそちらに向かう。
「これが……このどこが、住民を巻き込まないのよ!」
痛む腹部を押さえながら、ゆっくりとセリカは立つ。
「こんな酷い事……なんで……こんな事がなんで出来るのよ!」
セリカは強く拳を握りステインに向かって魔力を込める。
ステインはセリカの拳を軽く躱し、再びセリカの腹部に拳を突き立てようとした。
しかしその瞬間、セリカは飛び上がり、ステインの拳は空を斬る。
「!」
セリカはステインの頭部目掛け、風を操る者の魔力を放出した。
凄まじい衝撃波と爆音が周囲を包む。
「ぐ……!」
ステインが大きく身体を縮み込ませた。
そしてその威力に膝をつき、一瞬耐えるものの、遅れて来た衝撃波にその身が吹き飛んだ。
ステインの被る兜が宙に舞った。
コロンコロン。
兜は宙を舞い地面に落ちる、兜は変形し頭の部分が大きく潰れていた。
ステインの背後に居た男たちが、驚きの声をあげる。
「す、ステイン!」
ステインは地面に身体を叩きつけられながらも、すぐに立ち上がった。
「き、貴様……女だったのか……!」
「しかもエルフだと!」
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