五十七、風を操る者
ガガオの目の前に風が吹いた。
全身の痛みを一瞬だけ忘れさせるその風、一陣の風。
突然、目の前に舞い降りたその女性は、長い金髪の髪を靡かせて彼の目の前に立っていた。
「せ、セリカ……」
「なんだこいつは!」
周りに居た黒いローブの男の一人が口を開く。
突然、空から舞い降りたセリカに周囲は一瞬、瞳を奪われた。そして我に返ったのだ。
「やめろ、逃げろセリカ……お前の敵う相手じゃない……!」
「ふはは! そうだ、我らを誰だと思っている。我らは魔王軍四天王レーデン様の……」
「うるさい!」
黒いローブの男の言葉を遮るようにセリカは口を開き大きな声で言った。
セリカの瞳に涙が浮かぶ、手足が震え、顔色は青白く染まっていた。
セリカは腰につけたポーチに手を突っ込む、指先が震え目的の物が取り出せない。たまらずセリカはポーチの中身をばら撒き、床に小瓶や予備のペンダントが転がった。
小瓶が転がり、それを見たローブの男の一人が笑い顔で言った。
「何だ貴様、震えているではないか」
「うるさいって言ってんのよ!」
セリカはしゃがみ込み震える手で小瓶を拾い、小瓶の蓋を開ける。そしてそれをそのままガガオの口に突っ込んだ。
「ふご……!」
「貴様ァ!」
黒いローブの男が携えた片手剣を抜く。周囲に金属の擦れる音が鳴る。そして男はセリカに迫った。セリカを目掛け剣を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
それを見たセリカは咄嗟に身を屈ませ、精神を集中させる。
「なめんじゃないわよ!」
セリカはそう言うと手を横に振りぬいた。
その瞬間、大きな衝撃音と共に、黒いローブの男が吹き飛んだ。
その勢いは凄まじく吹き飛ばされた男は、少し身体が浮く。そして城壁の内側に転がり、そのまま落ちていった。
衝撃波は周りで傍観していた男たちにも届き、黒いローブが大きく揺れた。
「ぜりが……ず、ずげえ……」
小瓶を口に含んだままのガガオが彼女の名を呼んだ。
しかしセリカはそれに気を止める事無く立ち上がり、黒いローブの男たちの前に立ちはだかった。
セリカは震える身体を抑えながら、今持てる精一杯の勇気を振り絞った。
「ここから先は行かせない……」
それを見た黒いローブの男たちが堰を切ったように笑い出した。
先程、ガガオが同じ言葉を言ったからだろうか。それともエルフの、それも小娘であるセリカが言ったからなのだろうか。
「お前が! この俺たちを止めるだと?」
「笑わせてくれる、この圧倒的な状況でどうしてそれが言えるのだ」
「今のは魔法か! あの程度の魔法で何が出来る!」
「ゲハハハ!」
男たちが笑い、そしてその周りに居たオークたちも下卑た笑いを浮かべた。
そしてひとしきり笑ったと思うとセリカを無視し、オークたちは砦の階段の方へ降りていった。
「ま、待て!」
セリカは再び魔力を集中させる、しかし黒いローブの男の一人がその前に立ち塞がる。一瞬にして距離を詰められセリカは魔法を唱える事が出来ず、慌てて両腕で顔を防御した。
その挙動を見た男は右手に持ったレイピアの柄でセリカの腹を思い切り殴りつけた。
「よそ見してんなよ」
男が持ったレイピアの柄が深々とセリカの腹部を捉えた。
そして男は左手の拳でセリカを横に殴り飛ばす。たまらずセリカは弾かれ地面を転がった。
「おいおい、顔は止めとけよ」
周囲の男がまた下卑た笑いを上げた。
セリカは地面に転がりながら、再びポーチに手を突っ込む。そしてポーチから何かを取り出し、手に握った。
「なんだァ、まだやろうってのか?」
男がゆっくりとセリカの元まで歩いてくる。
セリカの手には手袋は握られていた。セリカは腹部と頬の痛みに耐えながら手袋をはめた。
ギュッと力を込め、手袋を装着し終わったセリカは再び立ちあがる。
「ははは! 一発ぐらい殴らせてやってもいいぜ! これを躱せたらな!」
男はそういうとレイピアを構え、セリカに向かって突き立てた。
しかしセリカは寸でのところで身体を捻りそれを躱す。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
セリカと男が重なった瞬間、男が大きく吹き飛んだ。
「……!」
セリカの手が男の腹部に触れた瞬間、ステインはそれを見逃さなかった。
そして遅れてくる爆音と衝撃波、周囲に今までにない程の強い衝撃の音が周りに響いた。それは先程セリカが起こした、相手を弾き飛ばすだけの突風ではない。
目の前に起こった現象と、明らかに音が遅れてくる瞬間を、そこに居た者たちは目にしていた。
「が……!」
その光景に男たちは驚きの声を上げた。それと同時に吹き飛ばれた男を目で追った。男の身体は遥か上空へ舞い上がり、そして落ちてくる。男は受け身すら取れず、そのまま城壁へ叩きつけられた。
先程吹き飛ばされた男よりも遥か高く男は舞い上がっていた。
「せ、セリカ!」
口に含んだ小瓶を吐き出し、ガガオは彼女の名前を呼んだ。
「ミルキィから武器を貰ったのはガガオとゴードンだけじゃないのよ」
口からは先ほど殴られた際に出血した血が垂れていた。セリカはそれを手の甲で拭い、真っ直ぐ黒いローブの男たちを睨む。彼女の頬も赤く腫れていた。しかし彼女にはやるべきことがある、殴られたぐらいで怯む女性ではなかった。
確固たる強い意思。彼女にはそれがあった。
そしてそのセリカの両手には白い革の手袋が装着されている、手袋の甲には小さく青い石が縫い込まれていた。
「ここから先へは行かせない。この風を操る者の力を見せてあげるわ」
セリカは手袋をキュッとはめなおした。
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