五十二、冒険者対魔王軍⑤
ラザラスは槍を構えレーデンの一挙手一投足を見逃す事なく、彼の目を睨んだ。
「俺の名はラザラス・ザックハート。このギルバインにある冒険者ギルドのギルド長だ」
ラザラスは言った。
「俺の名はレーデン。魔王軍四天王の一人。邪魔をするな、俺の目的はこの街を手に入れる事だ」
「はい、そうですかと渡すと思っているのか」
「思わないね」
レーデンは分厚い両手剣を持ち上げ、肩の上に乗せた。
ラザラスは目の前に居る男、レーデンの姿を見る。
黒いローブを纏っているものの、その隙間からは鉄の甲冑が見える。自由に動かすためか肩に防具のような装備は見受けられない。
両腕に小手を装備しているが極力動きを阻害しない程度の簡素な造り。足にも装備しているがどこの冒険者も装備していそうな鉄の脛当てが見えた。
一見するとどこにでも居そうな冒険者か旅人のような服装である。
しかしラザラスには言葉に出来ない不気味さをレーデンから感じ取ってた。
レーデンの身体は真っ赤に染まっている。
自分が放った槍の一撃は確実に仕留めるために放ったものである。
並みの人間には到底躱す事すら出来ない。尚且つ次の攻撃も躱し、自身が乗っていた馬を両断する程の膂力。
レーデンと名乗る男は、確実に強者である。
ラザラスは槍を構えつつ、レーデンにゆっくりとにじり寄る。
足の裏を極力浮かせる事はしない、いわゆるすり足という技術で、いつ相手に攻撃されてもすぐ対応できる歩行術のひとつだ。
一気に駆けて距離を詰める方法も戦術のひとつだが、ラザラスはそれをしない。
「どうした?かかってこいよ」
レーデンが右手でラザラスを誘う仕草をした。
レーデンの足元には血の海が広がっていた。すぐ隣には両断された馬が転がっている。
馬は既に事切れており、ピクリとも動かない。
「ギルド長、奴は右手と背中に深い傷を負っています」
ラザラスの後ろからヴァレリアが声をかけた。先程ジャックが命をかけて与えた傷。
「ああ」
ラザラスはそれに短く答えた。
全身に血を浴びているものの、レーデン自身も傷を負っている。
それはラザラスにもわかっていた、何度も斬りつけられた右手、背中から衣服を伝わり足にまで流れる血。普通なら失血で意識を保っているのがやっとなのではないか。
ラザラスの得も言われぬ不気味さ、それがレーデンが負った傷の数々だった。
レーデンも覚醒者である事は間違いない。
しかしどういう能力なのか、ラザラスにはそれを知る必要があった。
一対一の戦いにおいて、単純な戦闘能力のほかに大きく左右する事がある。
それが、相手の覚醒能力である。
ラザラスはジワリジワリとレーデンとの距離を詰める。
しかし距離を詰められたレーデンは微動だにしない、肩に置いた両手剣を構えようともしない。
「うおおお!」
ラザラスは前方へ飛び、勢いよく槍をレーデンの喉元目掛け突き刺す。
しかしレーデンは横に身体を動かし槍の切っ先は空しく空を斬った。
「遅い!」
横に向いたレーデンはその反動を生かし、肩に乗せた両手剣を横に凪いた。
ラザラスは頭を低くさせ、それを躱す。
チリッとラザラスの髪の毛を剣が触れて何本か斬れる。
重い両手剣を振ったからか、レーデンの体制が崩れる。ラザラスはその隙を見逃さず、槍の柄を跳ね上げる。
跳ね上げられた柄がレーデンの顎を直撃し、鈍い音が周りに響く。
「やった……!」
ヴァレリアが声をあげた。
顎を跳ね上げられたレーデンは大きく仰け反った。しかし次の瞬間、背中に背負ったもう一本の両手剣に手をかけ、ラザラスの頭を目掛け振り下ろした。
ラザラスは後ろに大きく飛び退きそれを避ける。空を斬る両手剣が地面に刺さった。
「さすがギルド長……!」
ヴァレリアはラザラスの表情を見た。
ラザラスは表情を変える事なく、レーデンを見つめていた。
顎を強打されたレーデンの口から血が溢れ出る。
「やってくれるじゃねえか」
レーデンが喋るたびに口から鮮血が飛び散った。
「うおおお!」
ラザラスは再び槍を構えレーデンとの距離を詰める。
槍の一撃は空しくレーデンを捉えられない、しかしラザラスの手は止まらない。突きを躱されてもすぐさまに手を戻し、再び突く。
一突き、二突き、三突き、どんどん速度は上がり紙一重で躱していたレーデンの身体を次第に捉えていく。
太もも、右腕、左腕、脇腹、ラザラスの槍の切っ先が触れる。その瞬間瞬間にレーデンの身体から血が噴き出す。
雄叫びを上げながら、ラザラスは突きを繰り出す。怒涛の連続突き、切っ先は確実にレーデンを捉える。
「うおおおお!」
連続突きの最中にレーデンの頭を掠める、レーデンはたまらず体制を崩した。
その瞬間、ラザラスは見逃す事無く、力を込めレーデンの左肩を槍が貫いた。
「ぐ……!」
レーデンは貫かれた左肩に目をやった、それを見逃す事無くラザラスはレーデンに足をかけ槍を抜き、レーデンを地面に転がった。
「い、いてぇ……」
レーデンは右手に持った両手剣を離し、左肩を押さえる。
しかし押さえた右手の隙間から血がとめどなく溢れ、レーデンは苦痛に顔を歪めた。
ラザラスは後ろに飛び退き、レーデンとの距離を離した。
「さ、さすが……」
ヴァレリアは目の前の光景に驚いた。
彼女もラザラスの武勇伝は知っている、しかし目の前で戦闘を行っている姿を見た者はおらず、ドラゴンを倒したという武勇も尾ひれがついた話かと思っていたからである。
既に手負いとはいうものの、あのAランク冒険者のジャックを倒したレーデンをここまで圧倒するとは。フィリザートがラザラスを指名した理由を改めて知る事になった。
いつもギルドで喧しく小言を言うラザラスの姿はそこには無かった。
元Aランク冒険者、ギルバイン最強の男がヴァレリアの前に居たのである。
ヴァレリアはジャックの仇を討ったラザラスの元に駆け寄る。
「噂に違わぬ強さ……私の助力など、必要なかったようですね……」
「いや……」
ヴァレリアの安堵の声に表情ひとつ変えないラザラス。
ラザラスはまだ槍をレーデンに構え、一瞬の隙も見せない。
「こんなものではないだろう……魔王軍ってやつは」
ラザラスのその一言にヴァレリアは慌てて視線をレーデンへと向ける。
そこには蹲るレーデンの姿、彼の足元は血の海が広がり、押さえた左肩からも夥しい程の出血が見られる。
誰の目にもわかる、ラザラスの勝利。
しかし当のラザラスは眉一つ動かさずに槍を構えていた。
レーデンの姿を見るヴァレリアは、レーデンの肩が動くのを見た。
上下に揺れる肩、痛みに苦しむ動き?
いや、これは。
「くくく……」
レーデンが笑っている。血の海の中心で蹲り肩を震わせ笑っていたのである。
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