五、私は売り物ではありません。
ドアをノックする音が聞こえる。セリカは椅子から立ち上がりドアを開く。
目の前に立っていたのはガガオだった。不満そうな表情を浮かべている。ガガオがセリカを無視しズカズカ部屋に入って椅子に腰かけた。
「全く、あの野郎。何が貴重な鉱石だよ。昨日見たときは銅鉱ばっかりだったじゃないか」
「結局、いくらふんだくられたんだ」
「銀貨三枚」
さしものゴードンも驚いた様子で表情を変えた。手に持っていた酒瓶を危うく落としそうになる。
「銀貨三枚だと! そりゃはいくらなんでもボリすぎだ。わしが言って取り返してきてやる」
ゴードンはそういうと座っていた椅子から立ち上がった。
「やめとけよ、あいつら出稼ぎ商人のようで、もう首都アーデルハイドにいっちまたぜ。それに許可なく仕入れたはずの鉱石を勝手に取ったのはこっちだ。盗人扱いされてないだけ、マシってもんだ」
ガガオはギロリとミルキィを睨む。ゴードンから酒瓶を奪い取り一口飲んだ。
「全く、ついてないぜ。昨日の儲け分がパーだ。こんな石っころのお陰でとんだ目に遭ったぜ。何だよもう空じゃんか。おっさん、もう一本持ってないのか」
ガガオの言葉を聞き、ゴードンは手を振った。それを見たガガオはさらに不機嫌になった様子で空になった酒瓶をテーブルの上に投げた。さらにドカッと椅子に座るとテーブルに足を上げてくつろぎ出した。
「昨日の儲け分? じゃやっぱりくすねてたんじゃない」
「へ、と言ってもこの石ころのお陰でもうねぇよ」
ガガオはミルキィに悪態をつきながらも懐に手を入れた、そこから小さな酒瓶が出てきた。
ガガオは酒瓶を口にしゴクリと飲んだ。ガガオも今朝ミルキィを見て驚いていたが意外とすんなり状況を受け入れたようで今では石ころと呼び馬鹿にしている。
「昼間っからいいご身分だよ、まったく」
セリカは首を横に振った。すると間に入るようにゴードンが静かに喋り出した。
「さて、どうしたもんかな。とりあえずボディ分の支払いは済ませた。しかしこいつの目的もレプロス博士やマーリーとやらも全く情報がない」
「商人ギルドに売りさばけば、いいんじゃねぇの? どうせこいつ目的ないんだろ」
「そんな……。ミルキィが可哀想じゃない」
「知ったことか! むしろゴーレムなんだから何か命令しないとなんにもならないだろ。何なら俺たちの手伝いでもさせるか? なんの役に立つかわからんのに」
「まあ、待て……」
セリカとガガオの話をゴードンが遮った。こういうとき仲介役を務めるのはいつもゴードンだった。
「わしにいい考えがある。わしの知り合いにこの手に詳しいドワーフがいるんだ。そいつに解析を依頼しよう。それとレプロス博士とマーリーって子の情報を集めよう。それでも情報がなければ売りさばくなど別の案を考えればいい」
「ゴードン、私は売り物ではありません。」
ミルキィはゴードンの言葉に返答した。
「もしもの話だ、悪いようにせんよ。わしを信じろ」
信じられない、セリカはそう思った。しかしそれ以外の手も出てこず、このままミルキィを放置しておくわけにもいかない。何かに利用出来るならいいのだがギルバインに来て一年足らずのセリカには人脈もない。
冒険者として仲間に加える事も考えられるがミルキィが何者かがわかってでも遅くはない気がしていた。ただその時心配なのは、ミルキィが戦闘用ゴーレムではないということだ。
「とりあえず今から商人ギルドのザーハに会ってくる。ミルキィついてこい」
ゴードンは立ち上がりドアノブに手をかけた。しかし当のミルキィは動かない。セリカを見ているように見えた。
「マスターの許可がないと俺については来れないってか」
「あ、私も行く」
今日は孤児院に行く予定だったがこうなってしまっては仕方ない。明後日にも一人で行ってこようとセリカは考えた。部屋を出ていこうとしたセリカはガガオを横目で見る。
「あんたは来ないのね」
「金の匂いがしないんでね」
――。
商人ギルドまでは歩いていくしかない、街中をゴーレムが歩く姿を想像した。考えただけでも恐ろしい。しかし部屋に閉じこもっているわけにも行かず、それこそまた勝手に行動されるのも厄介だった。
道すがらすれ違う人々はミルキィの姿に驚いていた。わかる、正直今でも暴れ出したらどうしようかと考えている。
「私たちめっちゃ見られてない……?」
「そりゃ、ゴーレムは珍しいからな。しかしわしらドワーフの街じゃまたに見かける事もあった。ギルバインには一体もいないが」
初めて見るゴーレムに戸惑う人、その姿を懐かしがるような目で見るドワーフ、指を差し『あれなにー』と言う子供。『ゴーレムですよー。これミルキィっていうのー』とセリカは心で呟いた。
ドシドシとセリカの後をついてくるミルキィ、やっぱり鉱石で出来たボディからか実に重そうな足取り。こうしてみるとペットか何かのようだ。幸い人々は道を開けてくれる。
スタスタと速足でも人にぶつかったりはしないだろう。
後ろから憲兵たちの声が聞こえた。やはり止められるか。
「待てお前たち! そ、その……ゴーレムはなんだ!」
「へっへっへ……。いつも街の警備、ご苦労さんです。こいつはねわしらドワーフの里で造ったゴーレムですよ。決して危ないもんじゃありません」
いつものゴードンの口調、憲兵やギルドの上役と話すときこういう風に喋る。ゴードン曰く下手に出ていないと何をされるかわからないためだそうだ。
そして憲兵たちはミルキィを詳しく観察する。憲兵のリーダーらしき人物がゴードンと話し始める。まわりの憲兵は武器を構えミルキィを取り囲んだ。
「里で造ったゴーレムだと。確かにドワーフの里ではゴーレムが居るとは聞いているが……。しかしこのギルバインの街に居るとは聞いていないぞ!」
「いやね、つい先日商人ギルドのザーハから依頼があったんですよ。良質なゴーレムを運んでくれってね。それでワーファのドワルンに頼んで仕入れてきたわけですよ」
「ザーハ、またあいつが勝手な事を。しかしゴーレムを街に持ち込むなら届け出をして貰わないとこちらも困る。住人が怯えて被害届が出ているぞ」
「へっへっへ、それは申し訳ねぇ。今朝ついたばかりでして届け出をうっかり忘れちまったみたいです。役所に届ければ宜しいですか」
憲兵の一人は槍の先端でミルキィを突いている。よほど怖いのか別の憲兵は青ざめた顔でミルキィを凝視している。
憲兵長がゴードンに対し悪態をつきながらもザーハの名前を出すと少し納得した様子だった。
ザーハは商人ギルドでも有名なドワーフで、ギルバインの子供でも知っている程だ。彼は独自のコネクションを利用し、ワーファ大陸の職人ドワーフをギルバインに呼び寄せ、この街の発展に一役をかっている。憲兵団にも知り合いが多く、憲兵団が今身に着けている支給品はワーファの職人が作らせたものだ。
「届け出が承認するまで、ここにコレを放置しといても、いいですかね」
「そ、それは困る。さっさとザーハのところに届けに行け。届け出は後日でいい。ザーハに伝えておけ、ギルバインはあくまでも我々ヒューマンの街だと!」
ゴードンは一瞬ニヤリを笑った。それと悟られぬようすぐさま表情を戻す。
当然の結果だろう、こんなに目立つゴーレムを街のど真ん中に放置する訳にも行かず、これはゴードンの勝ちと言える。冒険者より商人の方がよっぽど似合っているとセリカは思った。ゴードンは憲兵長に深々と頭を下げ歩き出した。
「へい、ザーハの野郎に伝えておきますよ。憲兵団の皆さんのお働きをね」
『余計なお世話だ、行ってよし!』と言い残し憲兵長はさっと消えた。ザーハに何かを握られているのだろうか。
ギルバインの街は広い、地方都市ではあるが大国アーデルハイド公国の都市のひとつ。
ここに暮らす人々だけで五万人は居るだろうか。アーデルハイド公国はヒューマンの公王が治める貴族主義の国家である。正直、貴族は好きにはなれない、生まれた家柄でその身分が決まる。しかしここギルバインでは一部の商人も貴族並みの待遇を持っている。貴重な鉱山資源を見つけ富豪になった人間も居ると聞く。人が多く集まる場所には多くの依頼がある、冒険者としてここで出世した人間もいる。セリカもそれを夢見る一人だ。
ギルバインの中心地に商人ギルドはあった。商人街であるためか、セリカたちが定宿にする街並みとはまた違って見える。道には出店が多く並び様々な物品が並べられている。
立ち飲み屋や軽食屋は変わらず、鉱物資源を扱う店、鉱山で使用する工具、どこで仕入れたのか定かではない怪しい大人のお店。商談に使用すうのか高級そうな料理屋も立ち並ぶ、実に商人の街らしい。
すれ違う人間はほとんどドワーフでエルフのセリカが珍しいのか、多くの目線を感じる。
ギルバインはヒューマンとドワーフの街と言ってもエルフは住んでいる、エルフも珍しい種族ではない。
しかしこの商人ギルドの近辺は全く違う。エルフのセリカが一人で歩けば、下手すると言いがかりをつけられるかもしれない。今はドワーフのゴードン、それにゴーレムのミルキィが居るため視線だけで済んでいる。それにゴーレムは珍しい存在ではないのかミルキィの姿を見ても声をあげる者は居なかった。
定宿から小一時間、セリカたちは目的の場所、商人ギルドに到着した。門構えは冒険者ギルドと大して違いは無いがドワーフが作ってあろうどこか無骨さを感じた。鉄でできたであろう窓枠や鋲が見てとれる。釘なども多く使われたであろうその建物は装飾も施されており、セリカが生まれ育ったエルフの里とは全く逆の空間を言える。
商人ギルドの室内はいくつかのテーブルと奥に受付らしきものがあった。テーブルを囲むようにドワーフ達が談笑している。商売の話なのか、鉱石の取引なのか。中にはヒューマンの姿も見えた。セリカはギルド内に設置されている家具も絵画もどこかドワーフらしさを感じた。
受付の女性に声をかけるゴードン。それに対応するドワーフの女性。分厚い胸板と短く太い手足、彼女がドワーフであることを再認識させる。
しばらく待った後、別の部屋に案内された。
通された先は応接室のようで高級感のあるソファーが並び、真ん中にテーブルがある。テーブルの上には上等そうな酒便が置いてある。ゴードンは遠慮なくソファーに座り酒瓶に手を伸ばした。
「相変わらずいい酒を飲んでるぜ。セリカもまあ座れよ」
チラッとミルキィを見るゴードン。
「お前は……座らなくていいよな」
「はい、お気遣い感謝いたします」
ゴードンは手に取った酒瓶のキャップを外し口に含む。さっきも飲んでいたのにまだ飲むか。まだ昼前なのにさすがドワーフ、赤ん坊のミルクがお酒だという噂も本当かもしれないとセリカは思い始めていた。
セリカはゴードンの隣に座りしばらく待つと扉が開きそこから一人のドワーフが部屋の中に入ってきた。
「よう、兄弟。来るなら来るって先に教えろよ」
隻眼のドワーフが現れた、この人物がザーハだ。
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皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。