四十九、冒険者対魔王軍②
「澎湃のシャルロット……!」
武器を構えたままの、冒険者の一人が声をあげた。
「あら、その名前を知っているのね。あんまり好きじゃないけど、その通り名、誰が言い出したのかしら」
シャルロットは精神を集中させる、すると彼女が立つ地面が一瞬にして濡れた。
すると地面を濡らしていた水が、地面から離れる。
するとぬかるんでいた地面が乾く。地面の中にある水分を一気に吸い取ったかのようにも見えた。
そしてその水は空中に留まった。
「こ、これが……澎湃の力……!」
水が浮遊するその現象にオークも困惑した。水が地面から湧き出てきて空中に集まってきている。
空中に漂う、水の球は大人の男の拳ぐらいの大きさであり、それが時間を追うごとに数を増していった。
水は隣の水を触れる事無く、空中を漂う。そしていつしか小さな路地は浮かぶ水玉で覆われた。
水の覚醒能力を持つ人間は少なくはない。決して珍しい能力ではない。多くの者は身体を治癒魔法としたり、身体の毒素を無効化する者が殆どである。中には攻撃に使う者も居るが元々が水の為、風や火程の威力は無い。
水を攻撃に転用する際には、それを高速で放たなければならない。それは水を高速移動させる能力が必要となり思っている以上に難しい。
水で敵を切り裂く方法は風魔法の方が威力は高いし、水は集合体であり、単一の存在ではない。つまり水という集合体を操る多くの魔力を消費するのだ。
それならば、難しい水の高速移動を行うよりかは、火のように物体を燃焼、加熱する方が単純で、尚且つ高い火力が得られる能力の方が上だと言える。
冒険者登録を行う際に、自分の覚醒能力をギルドへ申請する必要がある。
火や水、風などの多くの者が身に着けている能力であれば、非常に汎用性が高く自身を強化する能力なども重宝される。
水の魔法を扱う者は大半が治癒能力を得ており、パーティに一人は欲しいとも言える。しかしシャルロットは違った。
「水の魔法が最強だという事を教えてあげる……」
シャルロットはニヤリと不気味な笑いを零した。
シャルロットは手に持った杖で地面を叩き、浮遊した水をオークへ放った。
水はオークの顔面目掛け飛沫を上げ命中した。
パシャっと小さな音が辺りに響いた。
「え……」
オークは顔を濡らした程度で、何のダメージも負ったようには見えなかった。
シャルロットが放った水玉は、それほど勢いがあったようにも見えない。冒険者たちが顔を見合わせる。
「ただの……水を当てただけ……か?」
シャルロットの水玉を顔面に当てられたオークは、何か苦しむ様子で手に持っていた武器を落とした。
オークは顔を押さえフラフラとバランスを崩し地面に膝をつく。
周りに居たオークが声を上げる。水玉を受けたオークの顔色が次第に蒼くなっていくのがわかる。
「あれは……なんだ……」
目の前の光景が信じられない冒険者の一人が口を開いた。
今の今まで、オークの群れに苦戦を強いられ、後退するしかなかったこの現状を突然現れた一人の冒険者によって、支配されたのだ。
彼女は地面の水分をかき集め、水球を作り出し、その一つを凶暴なオークに向かって放った。
ただそれだけである。
たったそれだけの行為を行ったたけなのに、彼女のゆうに倍はある屈強な身体を持ったオークが苦しんでいる。
ごくありふれた覚醒能力と、子供の遊びのような攻撃方法。
しかしその攻撃を受けたオークが目の前で苦しんでいる。
水に強力な毒素が含まれているのだろうか。しかし毒に冒されている様子ではない。
目の前のオークはただ、苦しんでいるのだ。
「奴は……苦しんでいる。苦しんでいる? 一体何に苦しんでいるというのだ」
冒険者の一人がそれを口走った。
そう、オークは苦しんでいると。
オークは自分の顔を掻きむしる。しかしそれが剥がれる事は無い。
シャルロットが放った水玉はオークの顔を薄く覆い、口や鼻を塞いでいたのだ。
水を付着させる能力、実はこれも多くの魔力量を消費する。
「まさか息が……息が出来ないのか……!」
水はどんなカタチにも姿を変える事が出来る一方で、逆を言えばその形状を保つが難しいと言える。しかしシャルロットは長年の修行と魔力操作により、それを可能としている。
オークは苦しみ、地面に伏せた。周りのオークも顔に着いた水を掻きむしる。しかし水はパシャパシャと音を立てるだけで、一向にその水をつかみ取る事は出来なかった。
オークの手によって付着した水が形を変える、しかしまた元の膜へ戻って行った。
水玉を顔に受けたオークはジタバタと手足をバタつかせ、そして動きが止んだ。
シャルロットは視線を逸らさず冒険者のそれに答えた。
「そう、どんな生物でも呼吸はしなければならないわ。水で口と鼻を塞いだの。ま、子供でも考えそうな事だけど、効果はあったみたいね」
動かなくなったオークを見下ろすオークの群れ、シャルロットが使った水の魔法の新たな使い方。
その場に居た生き物が恐怖に怯えた。
一度付着した水球は剥がれる事が無い。これがどれほどの恐怖なのか。
水は生き物にとって絶対必要不可欠なものと言える。その水が口や鼻を塞いだ。
息をしようにも鼻も口の中も水で溢れ、飲みこもうにもその場に留まりそれすら敵わない。
そんな単純で、恐ろしい能力を持つ。Aランク冒険者、澎湃のシャルロット。
彼女が口にした、水の魔法が最強という言葉。嘘ではない。
一匹のオークが雄叫びを上げ、こん棒を地面に叩きつけた。
それに呼応するように群れが雄叫びをあげた。
ようやくオークたちは我を取り戻し、シャルロットを蹂躙する人間ではなく、強者として認識した。
「遅いわね」
シャルロットが地面を杖で叩く、彼女の前に浮遊していた水の球体がオークの群れに向かって一気に放たれた。
パシャパシャと音を立て水が弾ける。
そのどれもがオークの口と鼻を塞ぐように薄い膜を作った。
悶え苦しむオークの一匹がシャルロット目掛け斧を振りかざした。
「危ない……!」
「だから、遅いっての」
シャルロットの目の前にある、水の球が物凄い速さでオークの腕を切り裂いた。
そしてオークの腕が地面に落ちる。
「私が水球を展開する前に、その攻撃をすることね」
再び、水球がオークの身体を切り裂く、肉片となったオークは窒息よりも前に事切れた。
「水は、どんなカタチにも適応できるの」
続けてオークの一匹が斧をシャルロットへ目掛け投げつけた。
「無駄よ」
シャルロットは水球を操り、オークから投げられた斧を弾いた。
投げられた斧は水に弾かれ空中を舞い地面へと落ちた。
一瞬にして、何匹もオークが呼吸困難に陥り事切れた。
狭い路地にはオークの死体が山のように転がった。
「邪魔なのよね」
シャルロットは再び地面を叩き、水球をさらに大きくさせる。
そして集まった水球を大きな水の壁に形を変えた。
「お掃除、しましょ」
シャルロットがそういうと水の壁は凄まじい勢いでオークの亡骸を路地の遠く向こうへ押しやってしまった。
シャルロットの能力にただ見ていただけの冒険者が彼女にお礼を言う。
「あ、ありがとう、シャルロット様……」
「まあ、数が少なくて助かったわ。とろこで……東門の城壁へ行きたいんだけど、ここはどこなの?」
冒険者たちは顔を見合わせた。
「あ、案内します」
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