四十五、ギルバイン攻防戦⑦
四十五、ギルバイン攻防戦⑦
魔人キュルプクスの手から次々と出現するオーク、それは夥しい数へと膨れ上がった。
どういう原理で魔人の手からオークが湧き出てくるか、ガガオには理解が出来なかった。
魔人の手はぼわっと光っている、もしかすると元々魔人の中には人間やオークが入れる空間があって、そこから簡易的に転送しているのかもしれない。
現れたオークは、そのどれもが黒い身体に硬い鱗に覆われ、銀色の甲冑を身に着けている。
ギルバインの鉱山地帯でもごく少数のオークが暮らしていると聞く。しかしそれらは人類との争いを避け静かに暮らしている。原住民と言ってもいい。
それらのオークは人類と距離を置いている、決して街に来る事は無い。それに彼らの居住地はアーデルハイド公国の禁止区域に指定されている。お互い無用な争いを避けるために、不可侵領域とした歴史があったと聞く。
しかし現れたオークたちは、兵士の恰好をしていた。
魔王軍はどのような手段を使ったか定かではないが、オークを率い武装させ、自分たちの戦列に加えたのだ。
「くそ…」
増え続けたオークはそれぞれが雄叫びをあげ、それに呼応するかのようにまた別のオークが雄叫びをあげる。
汚い涎を垂れ流し、真っ赤に光ったギロリとした眼、傷だらけの鎧、それぞれ武器を持ち、斧、こん棒、剣、どれも巨大で節々に血の跡。
雄叫びが静まり、オークの軍団が憲兵団に襲い掛かる。
恐怖に震える憲兵の一人が、オークのこん棒の直撃を受けた。
別のオークは汚い涎を流し、憲兵に嚙みついた。
城壁に憲兵の悲痛な叫びがこだました。
オークは群がり、次々と彼の身体に噛みついていく。次第にその絶叫は止み、彼がこと切れた事を知る。しかしオークの捕食は止まない。
捕食。
肉塊となった兵士は四肢を食いちぎられ、オークたちはクチャクチャと音を立てながらそれを頬張る。一匹のオークが肉塊に手を突っ込み、内臓をぶちまけた。
あたりは血が噴水のように飛沫をあげ、辺りは血の水たまりと化した。
鮮血を浴び、オークがまた雄叫びをあげる。食べ物にありつけなかったオークは憲兵団の方へ向く。
憲兵団も雄叫びをあげ、オークへと武器を振りかざす。
憲兵の一人がオークの脳天を捉え、そのオークは脳髄をまき散らし地面へと崩れ落ちる。その姿を見た別のオークは、崩れ落ちたオークの傍に駆け寄り捕食を始めた。
その尋常ならざる光景は、見る者を恐怖させた。
傷ついた者は。オークにとっては食べられれば、同じ種族と言え関係ない。
ただの食糧なのだ。
死屍累々のその光景に、一方的な蹂躙が始まった。
戦意を喪失した憲兵は背後から武器で傷つけられ、転がされ瞬きする間に肉塊へと変わっていく。鎧だろうと武器だろうとオークは噛みついた。
城壁はその形相を変え、食糧と捕食者だけとなっていた。
「い、一方的過ぎる…こんなの勝てっこねえ…」
少し離れた場所にあった石造りの小屋でガガオは、目の前に広がるその光景に恐怖した。
「なんで…なんでだよ…こんなの…」
ガガオは口を抑え胃液が逆流してくる感覚に襲われた。
必死に口を抑え、その衝動を押し殺す。
耐えるガガオの目には涙が浮かび、悲痛な思いでそれに耐えた。
オークに紛れ黒いローブを来た男たちもキュルプクスの両腕から出てくる。オークだけではない、ギルバインの街を占拠するには、魔王軍の人間が必要だという事だろうか。
現れた黒いローブを男たちは、それぞれオークに指示を出していた。
「せ、戦争…これが魔王軍…」
先程まで勇敢に戦っていたガガオの姿は、そこには無かった。そこにあったのは、ただ恐怖に怯える一人の男。
ガガオは小屋の奥へと後ずさりをしていた。
「お、俺はこんなとこで死にたくねえ…」
憲兵団に向いていたオークがガガオの姿を発見し、雄叫びをあげた。
「よ、よせ…俺なんか食っても旨くねえ…」
ガガオに一匹のオークが近づいてくる。
ガガオは弓を構える、しかし手が震え矢筒から矢を落としてしまう。慌てて矢を拾うガガオ。
しかしその瞬間、ガガオの頭上に巨大なオークが斧を振りかざしていた。
振り下ろされた斧はガガオの太ももと掠め、ガガオの足が鮮血に染まった。
「ぐああ!」
ガガオは痛みを堪え、震えた手で弦を引く。
しかしガガオが持つ弓は普段のそれとは違い、強く引かねば放つ事すら出来ない。手が震えまた矢を落とす。
ミルキィから強力に強化された弓しか持っていない事がこんな場所で裏目に出た。
ガガオは矢を拾い握りしめ、近づくオークの目を突き刺す。
オークは大きな声で叫び、目を抑えた。
ガガオの顔にオークの血が飛び散る。
「に、逃げ…」
ガガオはオークに背を向け、痛みに耐えながら立ち上がろうとした。しかしそれも空しくオークがガガオの足首を掴んだ。
「やめ…!」
握った矢をオークに刺す。しかしそれも空しく空を切る。
オークは負傷しながらもガガオの身体を持ち上げ、彼を地面に叩きつけた。
地面に叩きつけられたガガオは、再び宙を舞う。
二度、三度、四度と、ガガオは地面に叩きつけられた。
意識が途切れそうになるほどの衝撃を身体に受けたガガオは口から血を吐いた。
ガガオの骨が軋む音が響く。
「は、はな…せ…」
ガガオがそう言った瞬間、身体が横に勢いよく吹っ飛んだ。
地面と平行に投げられたガガオは地面を転がった。
小屋の外に放り投げられたガガオを取り囲むようにオークが群がる。
周りにいたオークが、叫びをあげた。
汚い涎を流し、ガガオを捕食せんと雄叫びをあげた。
薄れゆく意識に中で、ガガオは聞きなれた声を聴いた。
「こいつは…いつぞやの男…」
ガガオは傷だらけの身体を引き起こし、顔をあげた。
黒い甲冑を着込んだその者は、ガガオを見下ろしていた。
「お、お前は…ステイン…」
「ステイン、お前の知り合いか」
ステインに黒いローブの男が声をかけた。
いつの間にか群がっていたオークは後方へと下がり、黒いローブの男たちに囲まれていた。
「ふん、知らんな」
黒いフルプレートに身を包んだステインは、ガガオを見下ろした。
「こいつ、食っていいか?」
オークの一匹がガガオの足を掴み、逆さ吊りにした。
ガガオの身体から血が地面に零れ落ちる。ガガオは朦朧とする意識の中、口から血を吐いた。
「無様だな。身の丈を知らぬからこういう事になる」
「ふざけんな…街を…壊させねえ…」
オークはステインからの返事を待っていた。ステインの一言で自分は食われてしまうのだろう。そうガガオは思った。
ガガオは逆さにされながら、拳を強く握りしめた。
「壊させねえ…」
拳が震えている。いや拳だけではない、ガガオの身体が恐怖に怯えているのが誰にも見て取れた。しかしガガオの口からは恐怖とは程遠い言葉が吐き出されていた。
「俺は…冒険者になる…」
そういうとガガオは腰に携えた短刀で自分の足を握っていたオークの目を突き刺した。
オークは痛みのあまり手を放し、ガガオは再び地面に落ちた。
目を突き刺されたオークは叫び、周りに鮮血を飛び散らした。
「いでえええええ!」
「化け物が人間の言葉を…喋んじゃねえよ…」
ガガオはゆっくりと立ち上がった。
腕の骨が折れている、左腕に激痛が走った。苦痛にガガオの顔が歪んだ。
いや、腕の骨どころではない、全身を地面に叩きつけられた事であばらも折れているのかもしれない。呼吸が上手くできない。
脚も斧で傷つけられ血がありえない程流れている。
逆さ吊りにされた際にも、強く足を握られた事で折れているのかもしれない。
けれど、ガガオは歯を食いしばり立ち上がる。
周りを囲む黒いローブの男たち、それを取り囲むようにオークの群れ。いつの間にかオークの数は減っていた。
ガガオは周囲を見渡す、オークの大半は城壁を降りギルバインの街に向かったと気が付いた。
「や、止めろ…街に行くな…」
ガガオは残った右手を上げた。しかし全身に激痛が走り、その場に倒れた。
倒れた衝撃で、再び全身に衝撃が走った。
血を吐きながらも、尚も右手でオークの背中を追う、届く距離ではない。そんな事ガガオもわかっていた。けれど行かせない。街には絶対に行かせない。
黒いローブの男の一人が笑い出した。
「ははは!」
すると周りに居た黒いローブの男たちが、床を這いずるガガオの姿を見て笑った。
ステインはそこから一歩も動かずにガガオを静かに見下ろしていた。
オークが目に刺さった短刀を抜く。そしてこん棒を握りしめ、ガガオに向かって振りかざした。
ガガオは、そのこん棒を見た。とても躱せそうにはない。
(これで終いか、まあしゃーないか、あっけない最後だった)
こんな俺でも魔人、魔王軍に一矢報えたかな、そんな思考が過る。
(セリカ…とうとう言えないままか…)
ガガオは何故か少しほほ笑んだ。
間。
ガガオは静かにその瞬間を待った。待ったという表現は正しくない。指一つ動かす事もままならない。死を覚悟したにも関わらず、いくら待ってもそれが訪れる事が無い。
ガガオは、霞む目で。
ゆっくりとゆっくりとその姿を。
誰かが居る。
俺の前に誰、居る。
そこに居たのは、ステインよりも遥かに見慣れた姿。
金色の長い髪、風に揺れるその髪は実に美しく見えた。青いマントも風に靡く。
青い瞳、長い耳、白く綺麗な肌。控えめな胸。スラリと伸びた手足。
軽装ながらも腰に携えた剣。
ガガオの、最も大切な存在。
ガガオはそのエルフに再び心を奪われた。
いやガガオだけではない、その城壁に居たオーク、ステイン、魔王軍の男たち。全員が彼女に一瞬目を奪われた。
途切れ行く意識の中でガガオは、我が目を疑った。
「セリカ…」
この度は私の拙い物語をお読み頂き感謝申し上げます。
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まだまだ稚拙な文章ですが、皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。




