四十三、ギルバイン攻防戦⑤
四十三、ギルバイン攻防戦⑤
セリカの頭上に太陽が輝いている。
眼下には住み慣れた街、ギルバインがあった。
セリカの額から吹き出した汗が顔を伝って、地上に零れ落ちた。
(わかっていたけど、思っていた以上に魔力の消費が激しい…)
セリカは風の魔法を制御しゆっくりと見知らぬ家の屋根に降りた。
全く知らない家だが、少しだけ使わせてもらおう、どうせ屋根だし文句も言われないだろうとセリカは思った。
そして息を整えつつ、セリカはポケットから小瓶を取り出し一気に飲み干す。
「これでまだ飛べる」
飲み干した小瓶をポケットにしまい、ギルバインの空から見下ろす。
魔人キュルプクスの巨体が東門の近くに見える、城壁を攻撃しており憲兵とガガオの姿が小さく見えた。
幸い魔人の攻撃は鈍く攻撃を躱すのは容易く見える、しかしその範囲が尋常ではない。
眺めるセリカにもその大きさが見て取れる。
「思っていたよりも遥かに巨大ね…」
魔人の一撃が城壁に設置されてあるバリスタを破壊した、破壊された木々が木の葉のようにはじけ飛ぶ。憲兵の一人が直撃を食らったのか、赤い鮮血にまみれその場に崩れた。
「酷い…」
セリカは目を背け、街を見下ろす。
住民は当初逃げ惑っていたものの、憲兵団の小隊の誘導で東門の付近の避難は完了しつつあった。
セリカから受けた避難状況をバルザックは各小隊へと指示を出している。
さすが、と思った。
ギルバインの街の路地を知り尽くしていないとここまで迅速な避難誘導は叶わなかっただろう。セリカは街を足元の逃げる住民、見慣れた大通りは散らばった野菜や農具、馬車すらも乗り捨てられていた。
セリカは額の汗を拭い、改めて街を眺める。
屋根からの景色は初めて見るが、街のあちこちに見慣れた光景が広がっている。
ガガオとゴードンの三人で食事をした店、ミルキィが水やりをしている花壇、はじめて街に来た際に止まった宿屋。
どれも思い出が詰まった場所である。
逃げ惑う人々の表情を見る、どの人間も魔人の恐怖からか血の気を失っている。
逃げる場所もわからず、憲兵に助けを求める子供、赤ん坊を抱いた母親、泣き叫ぶ赤ん坊。我先にと逃げる商人は先を行く男を踏みつけ、男は怪我を負ったが傷を抑えながら必死に逃げる。
街のあちこちで悲鳴が聞こえる。
これが世界征服を行う魔王軍のやり方。
ミルキィと戦ったステインには少なからず騎士道のようなものを感じた。
これのどこに、そんなものが感じるのか。
そんな思考が過った。しかしペンダントから聞こえる声に驚愕した。
「こちらガガオ…、キュルプクスの奴…大量のオークを出現させやがった」
「な、なんだと!」
ペンダントからバルザックの声が聞こえた。
言葉を失ったセリカは、東門城壁に顔を向けた。
先程まで攻撃を行っていた魔人が動きを止め、城壁に両手を置いていた。
両手から何か生き物らしき姿が見える、セリカは瞬きすら忘れ、それを見入ってしまった。
魔人の両手から、一匹、また一匹と黒い生き物が現れている。
「まさか…ここまでなんて…」
セリカの顔から血の気が引いていく。
「魔人だけでも手一杯だってのに…奴らウジャウジャ湧いてきやがる!」
「セリカ!聞こえているか!早くシャルロットとフィリザードってやつにペンダントを渡せ!」
ペンダントからゴードンの声が聞こえる。
セリカは崩れそうな身体に力をこめ立ち上がる。
そう、ここで手をこまねいていても何も変わらない、絶望に打ちひしがれても街は救えない。セリカは拳を強く握った。
「まだよ、今から探しに行くわ…!」
「はやとこ、策士様と賢者様の力を見せてほしいもんだぜ!」
「ガガオ、もう少し耐えるんじゃ!」
「うるせえクソ親父!お前もここ来て戦ってみろ!」
ペンダントからはガガオの弱気な声が聞こえる、彼は最前線で戦っている。
シャルロットと打ち合わせをした後、四人で打ち合わせをした。最悪の状況が発生した場合、それぞれがやれることをやると。
東門付近の住民の避難もあらかた終わった。後はバルザックが指揮する憲兵団に任せても大丈夫だろう。
セリカは屋根から大通りに目をやる。
「賢者シャルロット…居ない…まさかまだ東門に居るの…?」
大通りは人で溢れている。
簡単に見つけられないのはわかっていた、しかしセリカは目を凝らし二人を探した。
セリカは思考を巡らす、おかしい、魔人キュルプクスの討伐にAランク冒険者とBランク冒険者が今朝向かうはずだった。集合場所は東門の外。
ここからは東門の出口が見える。そこから街に入って来る人間の姿は見えない。
元々東門は鉱山地区とは反対側で、出入りも少ない。しかも早朝という事でそこに居る人影はシャルロットとフィリザードである可能性が非常に高い。
既に出発していたとしても、シャルロットとフィリザードは街での防衛でこの街に残るはず。
見送りが終わって帰る途中で魔人が出現したとして、大通りを通らないはずがない。
バルザックに避難状況を知らせる合間にも、都市の中央部にある憲兵団の本部から、彼女らの姿を探していた。
しかし二人の姿は見つけられない。
(と、いう事は…東門で何か起こったっていう事…?)
東門の外側から魔人キュルプクスを討伐しようとしているのだろうか、その可能性の方が高いかもしれない、セリカはそんな事を考えながら二人の姿を必死に探した。
すると、セリカが居た屋根に小石が当たる。
何事かとセリカは音の方向へ眼をやった。
屋根から見下ろした下には、シャルロットとエルフの男性がそこに立っていた。
エルフの男性はこのギルバインでは非常に珍しい。恐らく彼がフィリザードであると思われた。
セリカは眼下に見下ろす二人の姿に少しだけ安堵し、魔力を集中させた。
そして屋根から飛び降り、魔法で着地の衝撃を和らげた。
「風の魔法…たいしたものですね、あなたがセリカですね。私はフィリザードと言います」
また疲労感がセリカを襲う、魔法を連発しすぎて身体に力が入らずバランスを崩しそうになった。
「はい、私が…セリカです。探していました。賢者シャルロット。そして策士フィリザード」
「これは奇遇、私も貴女を探しておりました」
セリカはポケットからペンダントを二つ取り出し、二人に渡す。
「なんですか?」
「通信装置です」
シャルロットとフィリザードが驚きの表情を浮かべる。
この世界には遠く離れた場所でも通話が可能な覚醒者が居る。勿論、ギルバインの街にも探せば何人か居るだろう。
それにバルザックが居る憲兵団の団員の中にも通信技師と呼ばれる専門の覚醒者も存在している。通信自体珍しい事ではない。
しかし装置を介しても通信・通話は古代文明の物。本来であればもっと大規模な装置である。それが小さなペンダント一つで可能になっている。
ペンダントを受け取った二人は、目を丸くした。
「これは私のゴーレム、ミルキィが造った通信装置です」
この度は私の拙い物語をお読み頂き感謝申し上げます。
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まだまだ稚拙な文章ですが、皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。




