四十二、ギルバイン攻防戦④
四十二、ギルバイン攻防戦④
フィリザードたちの目の前に現れた魔王軍四天王レーデンと名乗る者とAランク冒険者のジャックが激しい戦闘を繰り広げていた。
そして突然レーデンが現れてすぐ、彼らの目の前に魔人キュルプクスが現れた。
周りの冒険者は混乱し、完全に統率を失っていた。
馬はそのキュルプクスの巨体に驚き、多くのものが暴れる馬から落とされ、ある者は馬の下敷きとなった。
指揮をするジャックはレーデンとの戦闘でとても指揮が出来る状態ではない。
フィリザードは戦況を見据えるために、隊から一歩下がる。それに合わせてシャルロットも下がる。
フィリザードがシャルロットの顔を見る。さすがの彼女も突然の四天王と魔人の出現に冷静さを失っていた。
「シャルロット」
フィリザードがシャルロットの肩を掴み彼女の目を見つめた。
はっと我に返ったようにシャルロットの視線がフィリザードの目を見つめた。
「フィリザード…これって」
「ええ、私の予想通りです。一部は」
フィリザードは視線をシャルロットから逸らしジャックとレーデンの方を見た。
ジャックの攻撃が行うとレーデンはそれを軽く躱す、そしてすぐさま反撃に出る。レーデンの反撃に顔を歪めジャック。
誰の目に見ても劣勢である事が明らかだった。
ジャックもAランク冒険者、ギルバインじゃ英雄的な使いを受けている程の強者である。しかしそのジャックが本気で戦っても負けている事がわかる。
幾分も持たない、フィリザードはそう感じた。
「シャルロット、このままじゃジャックは負けてしまう」
「そ、そうね。私も加勢するわ」
「いえ、違います」
「え?」
フィリザードの思考は、シャルロットの思った答えとは全く正反対であった。
「私と一緒にギルバインの街に戻り、あなたはキュルプクスから街を守ってください」
「な、なにを言っているの?ここをこのままにしておけっていうの?」
「そうです。酷い言い方をしますがジャックが劣勢なのは素人目でも明らか。それであれば、四天王と名乗る奴を止められるのはギルド長以外に在りはしない」
「…そんな」
「見てください、ジャックの動きを。四天王と名乗る男の動きについていっているだけです。彼の覚醒者としての能力も勿論期待はしていますが相手も覚醒者である可能性が非常に高い。ならば時間を稼いでいただき我々はギルバインの防衛に徹するべきです。時間がありません、急ぎましょう」
ジャックとレーデンの斬撃が交わされる、あたりに金属音が鳴り響く。
周りに居る冒険者たちはその攻防の激しさゆえにただ見守っているだけであった。
「ヴァレリア!」
フィリザードは一人の冒険者の名を叫ぶ。名を呼ばれた女性がフィリザードの正面にまで駆けてくる。
目の前に現れたのは肌黒いエルフだった。
軽装ながらも腰に剣を携え、鋭い眼光を放っていた。
「はい、フィリザード様」
「私とシャルロットはこれから街に戻ります。あなたはジャックを援護しなさい」
「はい」
ヴァレリアと呼ばれた女性は、腰に携えた剣を抜きジャックの加勢に向かった。
フィリザードは遠くでレーデンを相対するジャックへと声をかけた。
「ジャック!ここは任せました!」
ジャックは一瞬だけフィリザードを見た。そして再びレーデンへ斬りかかった。
その攻撃は空しく空を斬る。レーデンは背後にまわりジャックの脳天を目掛け剣を振り下ろした。
その瞬間、ヴァレリアの剣がそれを防ぐ。
「助力致します」
ヴァレリアに助けられたジャックは彼女に何も言わず、横目でチラリと見た。そし二度曲刀を構えレーデンへと向かっていった。その後をヴァレリアが続く。
「さあ、今のうちです。急ぎましょう。あなた方も街へ行きますよ!」
フィリザードはシャルロットの手を握り走り出した。引っ張られるようにシャルロットも走り出す。
振り返るシャルロットの目はジャックの姿を見ていた。
フィリザードの号令にBランク冒険者たちがジャックとヴァレリアを置いてギルバインの街へ走った。
「シャルトット、ご心配はお察しします。しかし彼もAランク冒険者、簡単にはやられません。それにヴァレリアを残します。対等ぐらいには戦えるでしょう」
対等、根拠があったわけではない、シャルロットを街へと向かわせる方便である。フィリザードは自分が言った言葉に反吐が出た。
Bランク冒険者が束になっても敵わないと思われる実力者のジャックがあそこまでの苦戦を強いられている。
わかっている、時間の問題だ。
しかし私にはジャックの命よりも優先しなければならない。一人ひとり戦っていてはいつか勝てるかもしれない。それに払う代償が大きすぎる。
相手は四天王を名乗る程の者、本当に四天王と考える方が容易い。
もし奴が四天王を名乗る盗賊ならば、既にジャックに倒されるだろう。では奴がもしも本当に四天王レーデンであったら?
魔王軍は無敗を誇っている、それの四天王だ。その強さは人のそれを超えているかもしれない。ならば私はどうするべきか、小賢しく浅ましい知恵しか持たない自分ならばどうするべきか。
今、レーデンと大人数で対峙し戦闘を行っても何も変わらない。
ならば同時に現れた魔人キュルプクスを倒すべきだ。
フィリザードは唇を噛み締めた。
自分の力の無さに。自分の読みの浅さに。
自分がもっと先読みをしていれば、この場面を予測出来たかもしれない。魔人キュルプクスがノーマの民の有望地に現れたと聞いたとき、この場面は想定出来た。
ギルバインの街でも転送魔法を使える者は居る。稀有な存在ではあるが居ない事は無い。
ならば、魔王軍にも転送術士が居てもおかしくない。
それも常識を遥かに超す、キュルプクス程の巨体を転送させる者が。
尋常ではない程の魔力を必要としたはずだ、その転送術士もただ者ではない。
魔王軍はギルバインの街を明け渡せと言ってきた。
その証拠にわざわざノーマの民の有望地に姿を現したのだ。最初はただの脅し。そして次はそれを行動するだけ。
フィリザードの誤算は、たった二日で魔王軍がその行動を起こしたことだった。
フィリザードとシャルロット、Bランク冒険者の者たちが東門をくぐりギルバインの街に入った。
案の定、街は混乱状態となっており逃げ惑う人々、皆ギルバインの西部に逃げて行っている。
冷静になれ、フィリザードは自分に言い聞かせた。
フィリザードは上空に視線を向ける。遥か上空に人影が見えた。
「あれは…Bランク冒険者のセリカ…」
シャルトットがフィリザードの考えを見越して先にそれを口に出す。
「私のチームの子よ。エルフで珍しい風の魔法を使うわ。昨日あなたの予想を話していたの」
フィリザードは自分の戦略を昨日のBランク冒険者を集める前に提案した。
しかしその場ではあまりにも荒唐無稽すぎると却下されたものだ。
それをシャルロットは自分のチームに話していたという事か。
風の魔法を使い上空から避難状況を伝える。これもフィリザードが提案した戦術の一つだ。それを何の指示も無くやってのける人材がこのギルバインにも居たのか。
フィリザードは少し嬉しく思った。
もしかしたら我らにも勝機があるかもしれない、と。
とはいえ、まだまだ足りないピースがある。しかし少しだけ希望が見えて来た。
「フィリザード。街に戻ったのは良いけど、これからどうすればいいの」
フィリザードは少し沈黙した。
外ではジャックとヴァレリアがレーデンと戦闘を行っている。
目の前には魔人キュルプクスが今にも城壁を破壊しようとしている、フィリザードの予想では破壊ともう一つ魔王軍が行っていない事がある。
それは街の占拠、それにはキュルプクスとレーデンの二つだけではなりえない。
「Bランク冒険者たちは急ぎ冒険者ギルドへ向かい、そこでラザラスに指示を仰いでください」
フィリザードは連れ立ったBランク冒険者たちを促し冒険者ギルドへと向かわせた。
「シャルロット、私が昨日お話した想定にはまだ続きがあります」
「どういうこと?」
「恐ろしい事ですが、これは魔王軍が仕掛けた戦略のまだ第一段階です。あの上空に居るエルフと話が出来ませんか」
フィリザードは再びセリカを見上げた。
街は混乱状態にあるというのに、なんと美しい青空だろうか。
そこに太陽の光が売り注ぎ、そこに一人のエルフが浮かんでいる。
普通なら天使かなにかと間違えそうになる、そんな気持ちを抑えながらフィリザードはセリカを見上げていた。




