四、マスター・セリカ
朝。ギルバインの朝は早い。
高い城壁に囲まれているものの鉱山に勤める者が多い。それらは日帰り労働者と呼ばれている。毎朝、商人ギルドで募集があり、その日その日と報酬額が異なる。
それを目的とした日帰り労働者が多い街と言える。
誰しもが一攫千金を夢見るこの制度は鉱山都市ギルバイン特有のシステムである。
冒険者は早朝にギルドに立ち寄り手ごろな依頼を受け冒険に出る。夕方には戻りまた明日の朝、別の依頼を受ける。それが冒険者の日課と言えた。
長期間の依頼であれば報酬額も多いがその分拘束される時間も長く、ギルバインの冒険者の殆どが日雇いであるのも特徴的である。
商人たちは昨日仕入れた鉱石を市場に持っていく、高値で売れそうな貴重な鉱石、量り売りのものは別の市場がある。朝のルーティンはほとんど同じだ。
外から扉を叩く音が聞こえる、セリカは重たい目を開けた。
天井、見知った天井。昨日部屋に帰ってからいつの間にか眠っていたらしい。少し背伸びをする。
背伸びをしたとき、ふと気が付いた。布団がかけられていた。寝ている間に寒くて自分でかけたのだろうか。不思議に思いながらも部屋のドアに目をやる。未だにトントンと音が聞こえる。
「おい、セリカ。まだ寝ているのか」
ドア越しにゴードンの声、朝からドワーフの声などは聴きたくない。もう少し寝かせてほしい。昨日は色々あって疲れていた。セリカは寝返りをうち部屋の中を見回した。
何の変哲もない質素な部屋、テーブルと椅子が二脚、テーブルの上に装備品、椅子にはマントがかけられもうひとつの椅子には所持品が詰まった鞄が見える。後は隅に佇むゴーレムぐらいか。
何もこんな朝早くから働きたくない。エルフは森の民、ゆるやかに生きるのだ。セリカはそう思い再び目を閉じた。
今日の朝ご飯はどこで食べようかな、昼前に孤児院に行って少し稼いだお金で子供たちにお菓子でも買ってあげよう。セリカは眠りに誘われながら今日一日のルーティンを考えていた。
「おい、セリカ!」
目を閉じているものの耳はさすがに閉じられない。しかも他の種族よりも耳が長い。その分聞こえる音量も大きいのではないか。セリカはふざけながらもゴードンの声を無視し続ける。しかしさっきよりドアを叩く音が大きくなっている気がする。いや気のせい。そうしよう。
「セリカ様、どなたかいらっしゃっていますが、如何致しますか」
部屋の中に誰かの声がした。
セリカははっと飛び上がった。先程、視界に入ったにも関わらず、あまりに自然とそこに居たため意識する事
かけていた布団をはがし、咄嗟に戦闘態勢をとる。
部屋の隅にゴーレムが佇んでいた。
しかし自身の恰好にすぐ気が付いた。昨日、部屋についたときシャツもスカートも脱ぎ散らかし下着姿のまま寝てしまっていた。装備はテーブルと椅子にかけてある。ゴーレムとセリカの丁度中間にある。武器であるダガーもテーブルの上に置きっぱなしだ。今襲われたら風の魔法だけでなんとかするしかない。
状況が理解できなかった。セリカはゴーレムを凝視した。ゴーレムの大きさはセリカよりも高く頭が天井に着きそうなぐらい。身体は泥か石なのか何かの金属なのか全体的に土色、頭と思われる部分にはあの球体が付いていた。昔、生まれ育ったエルフの里で読んだ文献にあるゴーレムそのものだ。
そもそもなんで部屋にゴーレムがいるのだ。セリカは混乱しながらも戦闘態勢は崩さずにゴードンがいると思われるドアに近づいた。今の状況が全く整理できていない。とりあえずゴードンと合流し、状況整理をする必要がありそうだ。
ゴーレムはじっとこちらを見ている、そもそもゴーレムって目があるのか。頭部の目のあたりが青く光っている。あれが目なのか。ゆっくりゆっくりとセリカはベッドから降りる。
ゆっくりと動くセリカをゴーレムはその青く光る目で追った。
セリカはドアノブに手をかけた、ゆっくりと回し扉を開く。いま敵対行動をとられたらセリカもゴードンも危うい。セリカの目の前にいるゴーレムは手が長い、伸ばせばセリカに届く程、それほどの距離だ。
とりあえずゴードンを犠牲にして自分だけ逃げる方法はないか。などと少しひどい事も考えてしまっていた。
「なんじゃセリカその恰好は。もしかしてまだ寝て…」
下着姿のセリカを見たゴードンは呆れた。美人エルフの下着姿を有難いと思わないのはドワーフぐらいのものだろう。いやそんな事はどうでもいい、ガガオあたりなら喜びそう……と、セリカはそんなくだらない思考を遮り目の前のゴーレムを見た。
扉の開かれた部屋、下着姿のセリカ、見知らぬゴーレム、それを目の前にゴードンの思考も停止した。
ドワーフは口が大きい、声も大きいし、態度も大きい。そんなドワーフがその大きな口をあんぐりと開け、小さな目を見開いている。とりあえずこのゴーレムがいつ襲ってくるとも限らない。セリカはゴードンの腰に下げていたダガーを手に取り構えた。そういえばこんなシーンを昨日も見たような気がする。とセリカは思った。
そうミルキィと名乗る球体が喋った時だ。
「み、ミルキィ……?」
ダガーを構えたままセリカは恐る恐るゴーレムに話しかける。ゴーレムは相変わらずこちらを見ている。それは見ているという表現が正しいのかセリカにもわからなかった。長い沈黙、先ほど喋ったゴーレムは今度黙っている。なんなんだこのゴーレムは。
一方のゴードンは唖然としたまま微動だとしない。ホントドワーフは口ばっかりで何も行動しない種族だとセリカは思った。せめて何か喋るぐらいしてほしい。
「はい、私はミルキィです。マスター・セリカ」
ゴーレムは静かに答えた。
このゴーレムが昨日拾った球体?それが一日でゴーレムになったというのか。セリカの頭はますます混乱した。
「何が一体どうなっている……」
ゴードンはセリカに話しかけてきた。セリカとしてはこっちが聞きたいぐらいだと首を横に振る。
「セリカ様。私は貴女を仮マスターとして登録致しました。私に交戦の意思はありません」
軽装に着替え、テーブルを囲んでセリカとゴードンが座っている。そして二人の目の前にはゴーレムが居る。二人は落ち着きを取り戻しミルキィの話を聞くために静かに彼を眺めた。セリカとゴードンは万が一に備え武器を身に着けてはいる。
「とりあえず、お前さん……ミルキィと言ったか。お前さんは何者だ。魔王軍か何かか?」
二人の前に立つゴーレムは静かに語りだす。
「私はレプロス博士に造り出されたゴーレムです。魔王軍というものは存じ上げません」
「その……レプロス博士ってのは何者だ。魔王ギデオンを知らないのか。お前はその一派だったりするんじゃないのか」
ゴードンも質問がまとまらない様子で頭を掻きながら立て続けに質問をする。
「はい、私はその魔王ギデオンという方は存じ上げません。私が知っている人間はレプロス博士とマーリーだけです」
レプロス博士、昨日からミルキィが口にする謎の人物。マーリーという女性も二度目だ。セリカはその二人がこのゴーレムと何か関係がある事を質問した。
「レプロス博士は男性です。マーリーはレプロス博士のお孫さんで五歳の女の子です」
「知っている事を全部話してくれない?」
「かしこまりました。私が目覚めたとき、傍にレプロス博士とマーリーが居ました。私の名前はマーリーが名付けてくれました」
「なるほど、お前のその甘ったるい名前は、五歳の女の子がつけたってわけか」
レプロス博士は長年の研究の末、ミルキィを造り出した。一般的にゴーレムは何かの憑代を使い精霊をその身に宿し、動く建造物のように扱われる。時には財宝や遺跡を守る番人の役割を持ち、自分の意思を持たない。与えられた命令のみを忠実に守るのが、この世界のゴーレムと言える。
しかしこのミルキィにはそれらの命令はされず、マーリーと遊んで暮らしていたという。
「つまりマーリーと遊ぶために造られたのがミルキィなの?」
「そうです。私はマーリーをマスター登録しております。サブマスターとしてレプロス博士の登録があります」
私が三番目、つまりこのゴーレムにとって三人目の人間という事か、セリカはそう思った。
昔、エルフの里で読んだゴーレムの本の通りだ。ただ喋る事を除けば。
「それ以外の情報はないのか?」
「ありません」
ゴードンは頭を抱えた。全く情報が読み取れない。というよりこのゴーレムにはマーリーとレプロス以外の記憶がないらしい。しかし言われてみれば一般的なゴーレムはそのようなもの。命令された事以外する事は無いし、喋る事もない。ましてやこのミルキィのように話を聞くというのもおかしな話だ。
「なあ、ミルキィ。お前の目的は何だ」
「目的、それは私に必要なのでしょうか」
「参ったな、これは」
ゴードンはさらに頭を抱えた。確かにゴーレムに目的などあるはずがない、それは聞く前からわかっていた。
「レプロス博士ってのは一体何のためにお前を造ったんだ。戦闘用か護衛か何かなのか」
「マーリーと遊ぶためです。私に戦闘経験はありません」
「ダメだこりゃ。とりあえず敵じゃない事はわかって御の字だが、その二人が居なきゃなんにもできねぇよ」
ゴードンはセリカに話を振る。セリカはゴードンとミルキィのやり取りを静かに見守っていたが、彼女が持つ情報はゴードンと同じだった。
もし違うとすればこのゴーレムの仮マスターになったという事ぐらいである。
「私を仮マスターに登録したんだよね。それは何のため?」
「私には自立プログラムがあります。それを行使するためにはマスターの許可を得ないといけません。元々は今のような姿をしておりましたが昨日起動した際にそれがありませんでした。そのため私は自分でボディを造り出しました」
「その……身体はどうやって造ったの?」
「昨日の夜、セリカ様に許可を頂き、外出致しました。偶然にも近くに鉱石が大量にありましたのでそれを拝借致しました」
「えええ!」
つまりボディを造るためにここを抜け出して近所にある鉱石を盗んできた。セリカは頭を抱えた。
「お金は、どうしたの」
セリカは恐る恐るその解答を待った。
「ボディを造るのにお金が要るのでしょうか」
ミルキィと名乗るゴーレムはチョコンと首を傾げた。
それを見たセリカとゴードンは大きくため息をついた。
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