三十九、ギルバイン攻防戦①
三十九、ギルバイン攻防戦①
ガガオとゴードンはセリカを残し、足早に街に消えていった。
セリカは魔力を集中させるため、宿屋の屋上に急いだ。
宿屋の二階から三階へと階段を駆け上り、扉を開け屋上へとたどり着いた。
屋上には何人もの人間が魔人キュルプクスの姿を確認しようと登っていた。その人々はいずれも魔人キュルプクスを見て愕然としている。
人々は逃げる事も忘れ、それを見入っていた。
赤と黒の魔人、はじめてミルキィを見たときの驚きの差ではない。
それはまるで悪魔のような姿、城壁から見える赤と黒の巨人がギルバインの街に向かってきている。
屋上からでは、上半身だけしか見えないが大きな岩に覆われたその身体から動くたびに小さな石が零れ落ちる、その小さく感じた石さえも人間よりも大きいと感じさせる。
顔は岩に覆われ、身体の至るところも馬や牛よりも遥かに大きな岩で覆われていた。
まさに岩の魔人。
セリカにはそれ以外の表現方法がわからない。
こんな魔人を魔王軍はギルバインの街を襲わせ、住民を恐怖に貶めている。
これが魔王軍のやり方か。
セリカは恐怖に怯えながらも、残った勇気を振り絞り魔力を集中させるために瞳を閉じた。
セリカの足元に風の渦が集まる。次第に風が大きくなりセリカの衣服を舞わせる。
纏ったマントが大きく靡く。
少しずつセリカの身体が浮き上がる。
「魔王軍の…好きにさせない…」
セリカが目を開け、魔人キュルプクスを見る。
するとセリカの身体が飛び上がり、空を舞った。
セリカはギルバインの街を見下ろした。魔人キュルプクスはギルバインの街の東部に出現した。東部にも多く住民が暮らす。
逃げ惑う人々の姿が見える。
魔人キュルプクスを見上げる人、魔人から逃げる男、子供の手を引き安全な場所を探す母親、泣き叫びながらも母に手を引かれその後を走る子供。
子供は泣き叫び、人々は逃げ惑う。どこか安全な場所は。どこに行けばいい。
セリカは胸が苦しくなるのを覚えた。
どんな理由があるのか、どうしてこんな恐怖を与えなければならない。
何故このような事を起こす。世界中を敵に回し、そこに住む人々を恐怖と戦いに巻き込む。
どうしてこのような非道な事が出来るのか。何の目的なのだ。
そう考えながらも、空を舞ったセリカはある場所を目指す。
セリカの身体に極度の疲労感が襲う。魔力量の消費が激しい。あまり長くは飛べない。
セリカは空の上から目的の場所を見つけた。
憲兵団。
セリカは憲兵団の本部、そこにあるバルコニーに着地した。
身体中に酷い脱力感、セリカの額に汗が流れた。
バルコニーはガラス張りの扉で閉じられていたが、張られたガラスはキュルプクスが起こした振動ですべて粉々に砕け散っていた。
セリカはそれも気にせず憲兵団本部の中に入った。
冒険者がいきなり憲兵団の本部に入っていくなど、前代未聞の事かもしれない。
しかし今はそんな態勢を装う必要などない。
中に入ったセリカは部屋の中を見渡す。中は家具の中身や書類が散乱しており、これもキュルプクスが現れたときに散乱したものだとわかる。
壁掛けられた絵画は地面に落ち、武具が飾られた騎士像も倒れていた。
何人かの憲兵団員が身構えるのがわかる。
「待って。私は怪しい者じゃない。私は冒険者ギルド・Bランク冒険者セリカ。バルザックさんに会わせて」
「ぼ、冒険者…?」
「いい。今は時間が惜しい」
重たい身体を引きずりセリカは憲兵団の室内を歩く。
奥の部屋に【団長室】と書かれた部屋の前まで来た。セリカは重たい手をドアノブにかけて扉を開けた。
中にはバルザックと数名の憲兵団員が顔を合わせて話をしている。
憲兵たちは机の上に地図を広げ、それを元に打ち合わせをしていた様子だった。
セリカの登場に憲兵の何人かが、彼女の姿を見た。バルザックは驚きの表情を浮かべている。
「ぼ、冒険者?どうしてここに」
「魔人キュルプクスが現れた。早く避難命令を発令して」
「わかっている。しかし被害状況の確認が!」
「冒険者風情がいきなりなんだ!」
「この状況がわかっていないのか!」
セリカの言葉を遮り、バルザックと話をしていた憲兵団が口を開く。
セリカは苛立ち歩みを進める。そして憲兵たちの前にあった机の地図を叩いた。
「私が空から状況を伝える!」
セリカの剣幕にたじろぐ憲兵たち。
「通信出来る覚醒者は居るわね?」
「あ、ああ。しかし…」
「フィリザードさんの言う通りになっている」
「フィリザード…?あのAランク冒険者か。奴がこれを予想していたのか」
「ええ、最悪の想定だけどね。バルザックさんこれを」
セリカはポケットからミルキィから渡されたペンダントを取り出し、机の前に置いた。
バルザックと憲兵の視線がそれに集まった。
「これは…?」
「通信装置よ。それを身に着けていて。それで私たちと会話が出来る」
セリカは首から下げたペンダントを掲げる。
「覚醒者の能力か…?」
「いやこれは…。そんなのどうだっていい。今は住民の避難が最優先でしょ!」
セリカは再び机を叩く。
バルザックは短い沈黙の後、ペンダントを手に取り静かに口を開いた。
「わかった、信じよう。魔人キュルプクスはどうする?」
「それは私が。いや私たちが止める」
この度は私の拙い物語をお読み頂き感謝申し上げます。
レビューやいいね、ご評価頂き、またご感想等頂けますと大変励みになります。
まだまだ稚拙な文章ですが、皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。




