三十四、決断
過去、魔王ギデオンに戦いを挑んで敗れた冒険者はとてつもなく多い。
ギデオンが出現して十年、数多の人間が挑む中で勝者となった冒険者の名は未だかつて聞こえてこない。
そしてその四天王にすら戦って勝ったという話を聞かない。
魔王軍と言っても、四天王によって大きく世界の支配は分かれている。
四天王レーデンが支配する領域はアーデルハイド公国の隣国アウスベールを陥落させそこを居城にしていると噂がある。アウスベールの近隣には古代遺跡が多く存在し、それが目的だったとされる。
彼ら魔王軍は無敗を誇り、魔王軍の情報を得た人間を決して逃がす事はしない。
そのため、魔王軍という軍隊の存在はあるがその全貌の殆どがわかっていない。
数々強国は魔王軍に戦争をしかけ敗れ去った。
魔王軍とは一体何なのか、魔王ギデオンはどれほどの強さなのか、それすら誰一人として答えを持つ者がいない。
冒険者ギルド長ラザラスの一言に、Bランク冒険者一同が震えた。
しかしそれと同時に現実を突きつけられた。
ギルバインの街を守るという依頼自体に不満を抱くものは誰一人としていない。
しかし魔王軍と戦う、それもあの賢者シャルロットが見せた魔人キュルプクスと戦う。
無理に戦わなくともアーデルハイド公国のように逃げて助かる命もある。
勇気と無謀ははき違えてはならない。
誰しも命は惜しい、Bランク冒険者となれば家庭を持つ者も少なくない。何故Bランク冒険者にだけ、この話をしたのだろうか。
そんな疑問が部屋の中に充満してきていた。
「ぎ、ギルド長……」
静まり返った部屋の中で一人の冒険者が口を開く。
「なんだ?」
「何故、俺たちなんですか! 他に冒険者は居る。いやそもそも俺たちは魔王軍と戦いたくて冒険者になったわけじゃない!」
俺たち、彼はそう言った。誰かの代表であるかのように。
彼の卑怯な言い回しに、ラザラスは舌打ちをして答えた。
ラザラスの舌打ちを察してバルザックが口を開いた。
「いや、無理強いはしない。それに今、住民の避難計画を立案中だ。冒険者の皆には住民の避難が完了するまで時間を稼いでほしいだけだ」
「避難計画ね……」
ラザラスがバルザックの言葉を繰り返す。
「ま、魔人はいつ……ギルバインに来るのですか」
また一人別の冒険者が質問を行う。
「調査隊の情報によければ、三日後」
「今、キュルプクスはギルバインの街から東の地、ノーマの民遊牧地付近で目撃された。人間の足じゃ一週間かかる距離でしょうけど、なんせ相手は巨人、歩く速度が違い過ぎるわ。それにその日数もあくまでも想定内の出来事ね」
想定内の出来事、シャルロットは何か含んだ言い方をした。
魔人が走ったりすれば想定外の出来事が起きればもっと早く魔人がこの街を襲うという事か。質問を返された冒険者の表情は暗い。
冒険者の皆が俯き暗い表情を浮かべている。
長いようで短いような静かな時間が流れる。しかし皆わかっていた、この時間さえも魔人はギルバインに向かっているという事を。
「バルザックの依頼を受ける者は、ここに残れ」
ラザラスは冷静に皆を見つめた。
「ただし、受けない者にも別の仕事を受けてもらう。住民の避難誘導だ。今バルザックの部下たち憲兵団の団員が避難計画を練ってくれている。このギルバインには推定でも十万人もの人間が暮らしている。C、Dランク冒険者と共にその避難誘導を手伝ってもらう」
ラザラスは言葉を続ける。
「憲兵団の団員は東西の支部を合わせて千人いる。しかしたったそれだけでの人数で十万もの人間の誘導が行えるとはとても思えない。これも俺たち冒険者ギルドの大事な仕事と言えるだろう」
ラザラスは背中を見せ、扉の方へ歩いていく。
「どちらを選ぶかはお前たちに任せる」
そういうとラザラスは扉を開け、別室へ移動していった。
それを皮切りにパーティ内での話し合いが始まった。
「お、おい…とんでもないことになっちまった…どうするよ俺たち」
ガガオが口火を切った。こういう時にいつもガガオは全員に相談を持ち掛けてくる。
「どうするもこうするも……全く現実味がない話じゃ」
つられてゴードンが喋り出す、それぞれ胸に抱えたものもあるだろう。皆の出方次第のような雰囲気がセリカたち以外のパーティでも見られる。
周りの空気に合わせて、という思考が働く。
「わ、私は、戦う……」
セリカはゴードンとガガオに向き合い、勇気を振り絞った。
「私の力なんて微々たるものかもしれないけど、私はこの街を守りたい」
「ちょ、ちょっとどうしちゃった。いきなり勇者にでもなったつもりかよ」
ガガオが冷静にセリカに対し言葉を返す。
「俺たちまだBランク冒険者になりたてだぜ?それが何いきなりこんな場所に呼ばれて急に魔王軍とそれもあんな訳の分からない魔人と戦うだ? 正気かよセリカ」
「正直……全然、状況把握出来てないけど、この街が無くなるかもしれないんだよ!」
「アホかお前は! ここに居るわしら全員合わせても百人もおらん! あのデカブツとどうやって戦う気じゃ! 素直に住民の避難誘導を手伝った方が遥かにましじゃ」
「わかんない、わかんないけど……足止めくらいはしなきゃ……。二人はこの街が無くなってもいいっての?」
三人の会話を聞いていた壇上の男が突然笑い出した。
その男はセリカたちに笑いながら近づいてきた。
「ウケるぜ。お前。良いね、その根拠の無いやる気。俺そういうの好きだぜ」
「し、疾風のジャック……!」
「お?俺の事知っているのか。ハハハ俺も有名になったもんだ。冒険者ってのはそうでないとなエルフの嬢ちゃん」
セリカを嬢ちゃん呼ばわりしたその男は腰に大きな曲刀を二本携えている。どちらもかなり使いこまれている様子である。髪は金色で逆立っており、切れ長のギラリとした眼が特徴的だった。
防具は簡素だがいくつもの傷跡が見て取れる。袖は無く腕にはバンテージが巻かれているのみである。腕の動きを阻害させないための最低限の防具といった造り。
「戦いってのは、やる気が肝心よ。やる気のない奴がいくら居たって何の戦力にもなりゃしねえ」
「あら、いうじゃないジャック。あなたはただ魔王軍と戦いたいだけでしょ」
ジャックの言葉にシャルロットも反応した。
シャルロットも壇上を降り、セリカたちに近づいてくる。
「まあな、俺の剣がどこまで通じるのか、それを試せるんだぜ。ワクワクしちまうぜ」
セリカにはまだ現状が把握できていない、十万人規模の避難誘導など想像を遥かに超える混乱が街の至るところで起きてしまうだろう。
街を守るとは簡単に言ったものの、その方法も作戦もまだ聞いていない。
ガガオとゴードンが否定する意味もセリカには良くわかっている、素直に避難誘導の手伝いをした方が遥かに住民の命が救われる。
しかしそれで本当にそれでいいのか。
十万人規模の避難誘導なんて本当に可能なのか、魔王軍は何故ギルバインの街を襲おうとするのか、アーデルハイド公国はどうして住民を切り捨てる判断を行ったのか。
「セリカ様、私はセリカ様のご判断。正しいものと思います」
傍にいたミルキィがセリカの意見に賛同した。
この度はお読み頂き、本当にありがとうございますm(*_ _)m
ブックマーク、レビューやいいね、ご評価、ご感想等頂けますと大変励みになります。
レビューや感想が面倒であれば、いいねや評価だけでも作者は大喜びで部屋を走り回ります笑
皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。




