三、貴方は何?
夜の帳が下りる。鉱山都市ギルバインの夜は長い、日が暮れる前に各地の酒場は明かりを灯し、客を出迎える。
その客層は様々だ。一日の農作業につかれた農家、旅の途中で立ち寄った冒険者、商売目的の商人、鉱山帰りの出稼ぎ、ヒューマン、エルフ、ドワーフ三つの種族が入り乱れるその様は、今が魔王軍の侵攻に脅かされている世界の住人だという事を少しだけでも忘れる事が出来た。
彼らはそれぞれに自分の仕事仲間、冒険者仲間、商売相手など、酒を酌み交わす。
どこの世界でもある酒の付き合いである。
アーデルハイドへの街道には出店もあり、どこも賑わいを隠せない。安物ビールを頼む者、奮発して高級酒を口にする者、アルコールが苦手な者へは料理に舌鼓をうった。
ギルバインには大きな商人ギルドがある。
彼ら商人たちの目的は主に貴重な鉱石を手に入れる事。首都アーデルハイドへの輸出品、またワーファ大陸にある各地のドワーフ達が欲しがるものばかり。それら需要に対しての仕入れ。そこに目を付けたアーデルハイド公国は鉱山都市ギルバインを造り首都アーデルハイドとワーファ大陸の各国への街道を造った。
鉱石は様々なものに利用される。ギルバインの鉱石は人気があった、どこにでもある調理器具、農作業の農具、兵士の甲冑、冒険者の装備、戦争のための兵器など、この世界には必要不可欠な素材である。
ギルバイン鉱山の山々では様々な鉱石が採掘されている。鉄や銅など一般的なものから希少価値があるものまで実に様々である。これらは一度ギルバインの街に運び込まれ、商人ギルドが買い取り、各地に点在する製鋼所などに送られ精製される。ドワーフはその鉱山知識、製鉄技術に長けランデベル大陸でも多く見かける。中には覚醒能力で練成出来る者も少なくない。
ギルバインで採掘される鉱石の中で最も高価とされる青い鉱石「トライニウム」
拳ひとつ分のトライニウムで庭付きの豪邸が立つといわれる程、鉱山関係者だけではなく商人たちの垂涎の鉱石。それがギルバインでも採掘される。最もそれだけは何の意味も持たない、覚醒者による練成によりその価値が何倍にも上げる。長年生きたドワーフですらそれを手にする者は限られる。一攫千金の街、それがギルバインである。
ある酒場、旅の疲れを癒すためセリカたちはそこに居た。冒険者ギルドに依頼内容完了の知らせと報酬を受け取り、その足で定宿にしている一階にある酒場に居た。
「あー、今日も酒が旨い!」
旅の装備を外し軽装な恰好のガガオがビールを一気飲みした。
セリカも一度自室に帰り、マントや持ち物を置いて軽装になっていた。小さなテーブルに椅子、テーブルの上には簡単な食事が置かれており、豪華な晩餐には程遠い。セリカたちのパーティの財布事情を考えると豪勢な食事など夢のまた夢だ。
普段アルコールを飲まないセリカは、珍しく安物のワインを頼み、愚痴を零していた。
「今日の報酬、ちょっと納得いかない。鉱山までの護衛だってのはわかってけど、結構な長旅だったのにさ」
セリカは長々と愚痴を吐く。
目の前に座るゴードンはセリカの愚痴を聞き流し、常時飲んでいる酒瓶に口をつけた。
先ほど冒険者ギルドで依頼完了を知らせた後、報酬が減っていたのだ。道中モンスターや夜盗から守るという依頼内容だったがそういったトラブルもなく弓の一本も消費する事なく無事終えていたからだ。
「そりゃギルドの言い分もわかるぜ、だってモンスターどころか獣すら出なかったからな。元々危険な道だって依頼だったからな。逆に拍子抜けな依頼だったぜ」
つまり何事も起こらなかったから、報酬が減らされたのだ。
飲み干したグラスと交換して新しいビールを口にするガガオ、お金にがめついガガオにしてはやけに静かだった。普段セリカが愚痴ることは少ない、むしろガガオの方が文句や罵詈雑言を吐きそうなもの。セリカはそれが気にかかっていた。
「あーら、物分かりが良いこと。さっき廃墟で一体何を懐に入れたのかしらね」
「ちょおま」
「私見ていたんだからね、さっきの廃墟でガガオが懐に何か入れるとこ。いくらで売れそうなのよ、ちゃんと白状しなさいよ。ここに来るのが遅れたのはそれを売りさばいていたんでしょ」
「お、俺は何も隠しちゃいねぇよ。そんなこと言ったらゴードンのおっさんだっていくつか鉱石拾ってただろ」
酒瓶を口にしていたゴードンが急に咳き込んだ。
どうやら図星らしい。ヒューマンといい、ドワーフといい、どうしてこんなにお金にがめついのかとセリカは思った。
「いや、あれは売れたらちゃんと言うつもりだった。まだいくらで売れるかもわからんもんを今言っても仕方ないだろ。明日、ちゃんと商人ギルドに行って換金してくる」
「ガガオは、さっき行って来たよね? いくらだったのよ」
セリカは身を乗り出しガガオに顔を近づけた。たじろぐガガオは観念したのか、ポケットから数枚の銅貨をテーブルに置いた。
「銅貨5枚でーす」
「やっぱり! ホント油断も隙もない! これ山分けだからね!」
「拾ったのは俺でしょうがァぁぁ! それに5枚は割り切れない!」
やれやれと言った仕草でゴードンは再び酒瓶を口にした。
「それはそうとセリカ。さっき拾ったアレ、どこにあるんじゃ?」
「え、部屋に置いてあるよ。私は鑑定出来ないしゴードンもわからないんだし、明日はちょっと予定あるから明後日商人ギルドに持ってくつもり」
「それな、わしに預けてくれんか、わしの知り合いのドワーフに目利きのいい奴がいる。そいつなら何かわかるかもしれん。正規のルートで商人ギルドに持っていっても二束三文で値切られるのがオチだ」
「それは構わないけど。分け前、くすねないでよ」
「ガガオじゃあるまいし、そんなことはせん。だがセリカ、アレがやばいもんだったらすぐに手放した方がいいだろ。それにその筋のルートの方が高く売れるかもしれんだろ」
「うん、まあ。そんな危険な感じはしなかったけど……。ゴードンがそこまで言うなら。じゃあ明日の朝、ゴードンの部屋に持ってくよ」
どこか釈然としないもののお金が欲しいのはセリカも同じだった。謎の物体にそこまで肩入れする必要もない。ゴードンのいう通り危ない物なら所持している事に恐れもあったためだ。三人はしばらく談笑を続けた後、それぞれ部屋に帰った。
自室に帰ったセリカはすぐ近くにあるベッドに寝転がった。
寝転がりながらシャツを脱ぎスカートも脱ぎ散らかす。
セリカはまどろむ意識の中で明日の予定を考えた。
明日は孤児院にお金を届けなきゃ。もう少しお金がれば毎日お菓子でも買ってあげられるのだが。セリカ自身も暮らすためにはお金が要る。孤児院の経営も苦しいと聞いている。出来る限りは援助してあげよう。
三日間の護衛、それからすぐさまギルバインへの帰還、その道中に見つけた廃墟。今日は色々って疲れたセリカはそう思う。
廃墟は焼けていた、事故なのか事件なのか、モンスターに襲われたにしてはおかしい。街道から廃墟に来るまでそれらしい気配は感じられなかった。それに街道周辺は比較的安全で整備されている。魔王軍の可能性もあったが魔王軍ならアーデルハイド公国が黙ってはいない。重要な鉱山都市ギルバインとアーデルハイド公国を繋ぐ街道。そこの警備を疎かにはしない。
考えられる可能性は、やはり夜盗の仕業か。
いや夜盗が火をつけたりするのだろうか、それでいては目当ての盗品が焼けてしまう可能性もある、また夜盗自身も危険を被る。
そんな事を考えながら、視線の先にあの球体があった。
セリカは起き上がりテーブルに置いた球体を手に持つ、ズシリと重い、しかし見た目程重くはない。
スイッチには触らないようにまた球体を眺めた。
「貴方は何?」
セリカは呟いた。開けてある窓から緩やかな風が吹いてくる、暑さは感じない。酒で酔った顔を少し冷やす。部屋の中には風を遮るものはない。ベッドとテーブルと椅子が二脚、トイレやお風呂は共同だ、実に簡素な部屋。それこそセリカたち底辺冒険者ではこれぐらいで丁度いい。
柄にもなく少し飲みすぎた。まどろむ意識の中、球体を置き静かに指をスイッチに指をかけた。
キューン
またあの起動音がした。その間セリカはベッドに座る、そしてまた球体はまた喋り出した。
「おはようございます。セリカ」
セリカは、球体に話かける。
「貴方は……何?」
「私はミルキィです。」
「それじゃわかんないよ……名前聞いているんじゃなくて」
セリカは横になった。枕を抱き寄せ、それを抱える。
「名前以外の何を話せばよいでしょうか」
「それは」
セリカは静かに目を閉じた。ミルキィの喋る声が聞こえる。何か喋っているようだが酔いも相まって眠気が襲った。
ミルキィと名乗る球体がずっと喋りかけている。セリカにはその言葉が届く事は無かった。
「貴女を仮マスターとして登録しても宜しいでしょうか。登録頂ければ自立プログラムを実行致します」
「ふぁい」
セリカはそのまま夢の中に誘われた。
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