二十九、大好きです、この街
アーデルハイド公国のエブレールがバルザック宛に出した書簡は、ギルバイン円卓の十人を大きく騒がせた。
そんな事は知らず、ギルバインの夜は更けていく。
バルザックら円卓の十人は然るべく時に備え、それぞれ準備を行うという事で一旦解散となった。
バルザックは憲兵団室に帰り一人、窓から見えるギルバインの賑わいを眺めていた。
バルザックの手にはあの書簡が握られている。
そんな時、室内にノックの音が響く。
「失礼します。あら、まだ帰られてないんですか?」
憲兵団員のコリアだった、扉からちょこんと顔を出してニコリと笑った。
「君もそうだろう、帰らないのか?」
「いえ、帰ります。その前に団長の部屋を少し片付けようかと…」
「ん…そんなに散らかっているか」
「散らかっています。読まれた報告書をテーブルの上に置きっぱなしは良くありません」
コリアは一礼をし、部屋の中に入ってきた。部屋に入ったコリアは、テーブルの上に乱雑に積まれている書類を片付けだした。
バルザックはそれを静かに眺めていた。
「交代の挨拶は済ませたんですし、もうお帰りになられては?」
「うん、そうだな」
コリアは手早く、散らばった書類を重ねていく。どれも今朝机に置いてあった書類ばかりでコーヒーを飲みながら読んでいたものだ。
帰れと言われたバルザックは、ただ黙ってそれを眺めている。
「お仕事が忙しいのは仕方がないですね。支部からの報告書も目を通さないといけませんし、私が何かお手伝いできるといいんですが」
コリアは喋りながらも、テキパキと書類を重ねていく。ある程度書類が溜まると団長机の書棚にそれらを片付けていく。
必ず中身を確認して、どれがどこにしまえばいいのか、わかっている動きだ。
「あ、そういえば団長。今朝頂いた果物、美味しく食べさせて頂きました」
「あ、ああ」
「もしかして、団長も食べたかったですか?」
「いや、皆で食べてくれればそれでいい」
片付けているコリアを目で追う、実に手際が良い。
コリアは生まれも育ちもこのギルバイン、覚醒者ではないが実によく働いてくれる。バルザックはコリアが面接に来た際の事を思い出した。
「アタシ、昔憲兵団の人に助けてもらったんで!だから、アタシもそんな人になりたくて!」
言葉遣いは乱暴だったが、このギルバインには珍しくない。憲兵団に勤め出してその言葉遣いも変わった。バルザックはそれを思い出し、少し笑った。
コリアはバルザックの視線に気づき、手を止めた。
「どうしたんですか、アタシの顔に何かついてます?」
いや、まだ少し言葉遣いが治っていないようだった。
「いや」
慌てて目線を逸らす、しかしその目線の先には、あの書簡が握られていた。
「コリア」
「なんですー?」
バルザックは窓の外を眺める、夜の帳が落ちたギルバインの街は賑わう。街には出店が多く立ち並び、憲兵団の前というにも食べ物屋もある。
首都アーデルハイドに居た頃は、こんな生活を送るとは夢にも思わなかった。
首都アーデルハイドでは。上級貴族と下級貴族、平民、貧民と厳しく階級が組まれている。同じ貴族と言っても下級貴族は上級貴族に話かける際にそれなりの順序が必要だった。
その貴族主義の習わしで育ったバルザックには、ギルバインの街がどうしようもないゴロツキの集まりに思えた。
街を歩くと上級貴族のバルザックに誰でも話しかけてくる。もちろんバルザックに睨まれないよう媚びる者も多かった。しかしそれ以上に『元気かい?』などの挨拶を良くしてくる。
最初はバルザックも無視していたが、毎朝声をかけてくるドワーフの女将が居た。そのうち根負けし、『元気だ』と返すと女将はニコリと笑ってくれた。
何故かそれがとても嬉しかった。
そのうち自分から、挨拶をするようになっていた。それに気づいたバルザックは、ある事に気づいた。
(この街では上も下も無い。もちろん階級の差は感じざるを得ない事はある。しかしそれに囚われない人間が多いのだ)
いつしかバルザックは、この街が好きになっていた。
商人同士の仲介役を引き受けたのも、くだらない諍いを無くしたいと思ったからだ。
この街が私を変えた。
「なあ、コリア。この街が好きか?」
コリアは片付けていた手を止め、持っていた書類を戸棚に置いた。そしてバルザックに向き合い、ニコリとほほ笑んだ。
「大好きです。この街。団長はお嫌いなんですか?」
笑顔でほほ笑むコリア。バルザックはそれにつられて笑顔になった。
「俺もこの街が大好きだ。何が起ころうと、この街を守ってみる」
バルザックはそう言うと団長室を後にした。室内に残されたコリアは不思議そうな表情を浮かべたものの、まだ片付けたい書類が残っていた。
コリアは鼻歌を歌いながら、乱雑に積まれた書類を整理していった。
「あ、見ているだけなら手伝ってくれても良かったのに」
コリアはそれに気づいたとき、一瞬鼻歌が止まった、しかしまた鼻歌を歌いながら書類整理を続けた。
団長室を出たバルザックは、ある場所へと向かい、足早に歩いていく。
目的の場所に着く頃にはさらに夜は更けていた。
バルザックが店の前に来ると何人かの冒険者たちに声をかけられる。
「憲兵団の団長がこんな場所に何の用だ?」
彼らを適当にあしらい、中へ入る。入り口に居る受付に声をかけると奥に通された。
そこには大きなテーブルがひとつ、それを囲むようにソファーが並べられている、壁には誰かの肖像画らしきものが飾られている。
バルザックは、ひとつのソファーを選びそこへ座った。
何の知らせもせずにいきなり憲兵団の団長が現れたのだ、多少待たされても仕方はない。
しばらく待つと扉が開き、そこから大男が現れた。
大男は、何も言わずにソファーに座り込んだ。
「バルザック、お前が一人でここに来るとは。どういう風の吹き回しだ」
「頼みがある…ラザラス」
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