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二十七、一つの書簡

二十七、一つの書簡


 その一つの書簡がギルバインに届いたのは、二日前の出来事だった。


 差出人は、アーデルハイド公国の上級貴族、ルーベン・ヴェス・エンドール。


 エンドール家は代々アーデルハイド公国の公王に仕える由緒正しき上級貴族で、公国の守備防衛を行っている防衛大臣である。


 ギルバインの街の守備防衛を任されたのは、エンドール家と縁の深いバルザック家である。


 バルザックは上級貴族ではあったものの、その人当たりの良い物腰から憲兵団長として慕われ、下級貴族や商人たちからも好かれた。


 着任から数年で家族をギルバインの街に呼び寄せ今も暮らしている。


 バルザックの朝は、団長自らが街を見回る事から始まる。

 憲兵団はバルザックが務める本部と、東西に分かれた支部が二つあった。朝、簡単な雑務を済ませると一杯のコーヒーを飲む。

 バルザックはコーヒーがあまり好きではない、しかし毎朝欠かさず憲兵の一人コリアが淹れてくれる。

最初はいらないと拒否するが、一度飲んでみてくださいと彼女がほほ笑むのでバルザックは仕方がなく飲んだ。

 その苦みを感じさせる香り、口の中に広がるほろ苦い味、それがバルザックは苦手だった。しかし喉を通り越すと現れる芳醇な香りが口の中で広がり、苦みはそれほど感じなかった。代わりに現れたのは、少しの甘味と柑橘のような香り。

 どうです?美味しいでしょ?とコリアは語り掛けてくれるような表情でバルザックを見た。

 バルザックはそれ以来、毎朝コリアの淹れてくれるコーヒーが欠かせなかった。


 バルザックは毎朝の申し渡しの書類に目を通し、簡単に身支度を整えた。


「見回りに行く」


 それだけ伝えると彼は憲兵団の団長室を後にした。



 バルザックが街を出歩くときまって住人から声をかけられた。


「団長さん、今日も見回りですか?いつもご苦労様です」

「旦那、この間の一件助かりましたぜ」


 首都アーデルハイドで暮らしていたときは、上級貴族である自分に声をかけてくる者など殆ど居なかった。

それもそうだ、首都アーデルハイドではギルバインの街よりも遥かに貴族主義が根付いている。下級貴族と言えども上級貴族に声をかけるのに、それなりの礼儀や作法がある。

バルザックはそういう古風なしきたりが好きでは無かった。


人間は皆平等である、生まれの違いだけで貴族だけが偉いわけではない。


ギルバインの街に赴任してきて早十数年、赴任当初は貴族主義に染まっていた事も相まって自分を怖がっていた人間が殆どだった。

意味もなく喋りかけてくる小汚いドワーフ、姑息な商売を生業とする商人たち、そういった者たちが嫌いだった。しかしそれは間違っていた事に気が付く。

彼らも生きるために必死であり、憲兵団長である自分と親しくなりたかったのだ。


憲兵団の仕事は楽ではない、本来はアーデルハイド公国の軍の規律を守らせる役割なのだが、ギルバインの街に軍隊は居ない。

そのため、街の治安維持も彼ら憲兵団の仕事だった。


「団長、これ持って行きな。憲兵団の皆さんで食ってくれ」

「おいおい、そんなに貰って大丈夫か」

「なに、これも団長さんたちが街を守ってくれているお陰だ」


 街の出店で商売を営む果実店の店主がバルザックに果実の詰まった籠を渡してくる。

 本来であれば、賄賂や買収などととらえられてもおかしくはない。しかしバルザックはそういう事はしない。当初は断っていたバルザックだったが彼らに悪意や後ろめたい事があるわけではない。素直な善意から来る行動からだと気づいたのは、赴任してから数年が経った頃だった。


 ギルバインの街には裁判所などはない、住人同士のトラブルは住人同士で片づけるのが基本だ。しかしバルザックが赴任して数年が経った頃、商人同士の諍いが発生した。


 商人たちは乱闘を起こし、街で盗みや傷害を発生させ、近所で暮らす住人からも被害が出ていた。


 元は出店をめぐっての諍いだった、しかしいつしか何人もの商人が集まり結託をし、街のあちこちで縄張り争いを繰り広げるまでになっていた。

 双方の意見は真っ二つに分かれ次第に事が大きくなる始末。そこでバルザックは仲介役を務めたのだ。


 二人の商人たちの間に立ち、話を聞いてみるとほんの些細な事がきっかけであり、それも誤解から来るものだった。

 互いの意見を聞き、話を整理してみると何の事は無い。


 そして何回かの仲介役を引き受け、商人たちはいつしか以前のようなただの商売仲間になっていた。その後商人たちは諍いが起きるたびにバルザックを仲介役に指名してきたのだ。


 商人同士の仲介をしたバルザックの噂は瞬く間に広がり、住人からは感謝された。


 出歩くたびに、住人たちはバルザックに声をかけ感謝の言葉を伝えた。



 バルザックはいつしかこのギルバインという街が好きになっていた。

 この街に住む住人は、確かに悪人も多い。しかしそれらをのさばらしておくとまた諍いの火種となり街を燃やす事になり得るかもしれない。


 それらを見回り、目を光らせるのも憲兵として赴任した自分の役割なのだろうと思い始めていた。



 朝の見回りを終え、憲兵団室に帰ったバルザックは、道中に貰った果実籠をコリアに渡し団長室に入る。

 コリアは子供のような笑顔を浮かべ、ニコリと笑った。


 団長室に着き、装備していた武具を机の上に置いた。するとノックをする音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します、団長宛に本国アーデルハイドのエンドール様から書簡が届いております」

「うん、ありがとう」


 以前の自分から感謝の言葉も無かった。

 それを変えてくれた、このギルバインという街が私を変えてくれたとバルザックは気が付く。

 

 コリアから書簡を受け取り、室内にあるソファーに腰かけるバルザック。

 コリアはペコリと頭を下げ、団長室を出ていこうとする。


「あ、コリア。またコーヒーを一杯貰えないか」

「はい、すぐ用意しますね」


 コリアは満面の笑みを浮かべ団長室を後にした。

 コリアのコーヒーは旨い。


 バルザックは手に握られた書簡を眺める、差出人はエンドール。エンドールといえばアーデルハイド公国の防衛大臣を務める人間である。

 エンドール家とバルザック家は昔からの付き合いでどちらも上級貴族であった。


 書簡には封蝋で閉じられており、封蝋にはエンドール家の家紋が見て取れる。


(アーデルハイド公国に帰ってこいというのであれば、俺は応じないぞ)


 バルザックは封蝋を剥がし、書簡を開いた。

 中に書かれている文字を眺める、挨拶や前置きの長い文章がツラツラと書かれている。


(用件だけをさっさと書け)


 バルザックはそう思っていた。

 しかし読み進めていくうち、次第にその表情は曇っていた。


「なんだと…」


 内容を読んだバルザックは立ち上がり、団長室を飛び出した。


この度は私の拙い物語をお読み頂き感謝申し上げます。


面白いと思った方は、レビューやいいね、ご評価頂き、またご感想等頂けますと大変励みになります。


まだまだ稚拙な文章ですが、皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。

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