二十六、巨人キュルプクス
二十六、巨人・キュルプクス
ギルバインから遠く離れた遊牧民が暮らすノーマの民がそれを目撃した事がすべての発端となった。
彼らノーマの民はギルバインの街から遠く離れ牧畜と農業を生業としていた、ギルバイン地方の気候は穏やかで、牛や馬たちはノーマの民と共に暮らし、山々から流れる天然水は実り多い野菜などを育てた。
その日も山から吹く緩やかな風によって、彩の良い野菜が収穫出来た。
ノーマの民、ヨニールはその日の農作業も終わり、愛する家族が待つコテージへ牛を移動させている時だった。
ギルバイン鉱山は森が深い、その深さ故にノーマの民はあまり近づかない。
一度踏み入れてしまえば、猛獣に出くわす事もある。狩りは行うがそれに見合った食糧が確保出来る保証もない。
そのためノーマの民は畜肉が欲しい場合、放牧させていた牛や馬を間引くか、ギルバインの街に出向き育てた作物などで物々交換でほしいものを得たりしている。
ヨニールはあたりが暗くなって来るのがわかると速やかに作業を中止し、愛犬を呼び寄せる。愛犬は猟犬であるため、動き回る牛たちの扱いが上手い。
ヨニールの口笛に愛犬ラッシュが答える。
愛犬が大きく弧を描き、吠えながら牛たちを移動させていく。
ヨニールとラッシュは生まれてからずっと一緒だった。老犬とはいえ大事なパートナーである。
牛たちが整列され移動を開始した、ヨニールは作業道具を担ぎ、帰路へと歩みを進める。
ふとラッシュに目をやると、まだラッシュは吠えている。
ラッシュは山の方に向かって吠えているようだ。
ヨニールはラッシュに駆け寄り、ラッシュを宥める。こういう事は毎日起こる。
恐らく人間には見えない何かにラッシュは気づき、それに向かって吠えているのだろうか。ヨニールをそう思いながらも、愛犬の頭を撫でた。
しばらくラッシュの頭を撫でているが、なかなかラッシュが落ち着きを取り戻さない。普段であれば自分の言う事を理解して大人しくなるのだが。
ヨニールは不審に思いながらもラッシュの頭を撫でた。しかしそれでもラッシュは吠え続けている。
「何か怖いものでもあったのかい?」
ヨニールは森の方へ顔を向けた、ギルバイン鉱山帯がある深い新緑の森。
生まれてから幾度となく見た森だった。どこにもおかしなことはない。
ヨニールはラッシュを宥め、歩みを進めた。
ラッシュに首輪はつけてるものの、リードをつけてはいない。ラッシュとは友達だからリードでつなぐのは可哀想だと思っているからだ。
しかし以前吠え止まないラッシュにヨニールはいい加減しびれを切らし、少し怒ったような声で言った。
「なんだよ、ラッシュ、何もないじゃないか」
ラッシュはヨニールの周りをまわりだした。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだ」
今まで吠えてやまない事があったが、今回は特に酷い。
家も近いし、今日はそのままにして、一度家に帰ろうと思った時、ヨニールの目に信じられない事が起こった。
それは山の向こうで動いていた。
最初は目の錯覚か、何かだと思った。
しかしそれが異なる事だとすぐに気が付いた。ラッシュはあれに向かって吠えていたのだ。
ヨニールをそれに目を凝らす。遊牧民であるヨニールは目が良い。
山の頂上から現れたそれは次第に大きくなり、木々をなぎ倒している。
「な、なんだ。あれ」
ヨニールは言葉を失った。
彼の目にはいまだかつてないほどの巨大な人間が映っていたからである。
それは周囲の木々を物ともせず、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。
それの体長は遥かに伸びる木々すら軽く超え、巨大な新木までもなぎ倒されていた。
ヨニールは昔亡くなった祖父の話を思い出した。
(古の時代、古代人は巨大な石の化け物を造り出す、それは人々に災いと混沌をもたらすであろう)
ヨニールが子供の頃、大好きだった祖父が聞かせてくれた昔話、ヨニールは何度も何度もそれを繰り返し聞いた、彼の地に降り立った古代人は、その発達しすぎた文明は、古代人自らをも滅ぼす力を得てしまったという。
その力の一端を担ったという巨人。
燃え盛る業火で人々を焼き尽くし、世界を混沌へと招いた巨人。
ヨニールはその名を口にした。
「巨人…キュルプクス…!」
その姿に驚くヨニールがただ茫然とそれを見ているしか無かった。
あまりの巨大さゆえに、成す術なくただそれを見ているしか無かった。
ラッシュが吠えていたのは、あの遠くに見える巨人だったのだ。それを理解したヨニールは、持っていた農具を放り出し、吠え続けるラッシュを抱き上げ、その場から逃げ出した。
ヨニールは走った。あまりの恐ろしさに。
抱えているラッシュは変わらず、あの巨人に向かって吠え続けている。
全身から冷たい汗が吹き出し、身体の震えが止まらない。
奥歯がガタガタとかみ合い、ヨニールの顔からは生気が失われていくのがわかる。
ヨニールは走った、逃げなければ、どこか安全な場所に。それだけを考えていた。
ノーマの民が目撃した巨人キュルプクスの話は、その日のうちにギルバイン憲兵団が知る事になる。
にわかには信じがたい、その内容に憲兵団の連中は失笑を抑えきれず、誰一人としてそれを真に受けるものは居なかった。
ただ一人、憲兵団の団長、バルザックを除いて。
そして憲兵団長バルザックの手には一つの書簡が握られていた。
この度は私の拙い物語をお読み頂き感謝申し上げます。
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まだまだ稚拙な文章ですが、皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。




