二十五、一輪の花
ステインの撤退により、ミルキィとセリカたちはギルバインの街へ歩を進めた。
馬車が破壊された事により移動日数は大きく増し、街道を出るまで五日を要した。その間ハーマンの逃走事件もあったものの、ミルキィがハーマンを見つけ無事、一向は街道へと出る事が出来た。
そして偶然出会った冒険者仲間に馬車を借りる事で、ギルバインへと帰還した。
ギルバインの街に到着するや、セリカたちは憲兵団にハーマンを連行し、ハーマンはその場で逮捕される事になった。
ハーマンは憲兵団で厳しい事情聴取を受け、アーデルハイド公国への虚偽の報告を行い着服しただけではなく、その儲けた一部を魔王軍へ受け渡していた事もわかった。
セリカたちがもたらした魔王軍の情報は冒険者ギルド、商人ギルドを騒がせた。
にわかには信じがたい内容であったものの、ハーマンの情報もあってかギルバインの住人は魔王軍の脅威を知る事になった。
魔王軍はモンスターで構成されているという子供でも知る内容から大きくかけ離れていたからである。
魔王軍は覚醒者、人間の集まりなのかもしれない、そういう噂がギルバインの街を騒がせた。しかしその真実を明かそうにも当の魔王軍へ近づいた者もおらず、情報の殆どはハーマンがもたらしたものばかりであった。
魔王軍が人間、覚醒者となると滅ぼされた各国は、人間に滅ぼされたという事であり、モンスターや怪物などはあくまでも、その覚醒者が利用したとう事であり、これはただの人間同士の戦争だったのではないかという事がギルバインの街で囁かれた。
またアーデルハイド公国の国有地、ウォッカ鉱山の近隣に魔王軍のアジトがあった事も騒ぎを大きくさせた。
アーデルハイド公国は魔王軍と繋がっているのでは?という話もどこかから飛び出していた。
そんな噂話が飛び交う中、憲兵団は速やかに本国へ魔王軍の情報を報告し、すぐさまステインのアジトへの討伐隊が組まれる事になった。
数日後、もぬけの空となったステインのアジトを討伐隊が到着、どうやらステインは既にアジトを廃棄し、どこかへ移動したようだった。
セリカたちが捕らえられていた地下室への調査もなされ、ゴーレムの実験が行われている事も発覚した。
その後、混乱渦巻くギルバインの街にアーデルハイド公国は突如として魔王軍の真実に対して緘口令を発令させ、事の鎮静化を図った。これにはギルバインの住人からの反対意見は多くあがったものの、公王自らの発令である事から憲兵団からの強い圧力がなされた。
また魔王軍の情報を得た冒険者として、セリカ、ゴードン、ガガオは正式に冒険者ギルド、Bランク冒険者へと昇格を果たした。
そして、その昇格を果たした中にゴーレムのミルキィの名前があった。
本来、生物ではないヒトノカタチをしたモノに対して冒険者ランクを与える事に難色を示したギルド本部、しかしその裏にはギルバイン冒険者ギルドの所長ラザラスが強く提案を行った結果だと言われた。
その日、ギルバイン冒険者ギルドの証である、シルバータグが与えられる事により正式にミルキィは冒険者として認められる事となった。
――。
セリカの日課は、朝冒険者ギルドに出向き、自分たちに適した依頼を探す事だ。
エルフのセリカにとって早起きは非常に辛い、エルフは元々森の民であり緩やかに生きる種族であるからだ、セリカは早起きが苦手だ。
またBランク冒険者となると依頼者の方から依頼をお願いする立場となる、この場合どのBランク冒険者を選ぶかが可能となる。
依頼者としても、良い結果をもたらしてほしいため、成功率の高い冒険者を所望する。
「今日は良い依頼が来ているかしら」
セリカは冒険者ギルドの受付に肘をつき本を眺めている。
セリカたちのパーティに直接名指しの依頼が溢れている、セリカは本のページをめくりそれを眺めていた、討伐隊の協力要請、古代遺跡研究の手伝いなどBランク冒険者となり依頼の数が多くなったからだ。
どれも一回受ければ一ヶ月は暮らせる報酬が得られる。それに無理に受ける必要もない。それらを整理するのも冒険者ギルドの仕事と言える。
現在、セリカたちはハーマンの一件で多額の報酬を得ている。しばらくは仕事をしなくても全く問題ない。
ゴードンは朝から酒を飲んでいるし、ガガオは相変わらずミルキィのマネージャー気取りで色々な人間に触れ回っている。
セリカは遅めに起き、冒険者ギルドで面白そうな依頼を探している。
当のミルキィは日がな一日、子供と遊び、近所の老人の家に出向き手伝いなどをして過ごしている。
「あんまりいい依頼は無さそうね」
「それは残念です」
セリカはミルキィの姿を見る、ミルキィは以前の巨体をまたひとつ進化させ、完全な人型になった。
以前までは身体も大きく、四肢もゴーレムのそれをわかる程度であった。
しかし今のミルキィはセリカより少し背の高い程度に収まった。
四肢も人間のそれと同様になり、ミルキィは顔も造り出した。
顔を造り出したときは周りを大きく驚かせたが、さすがに驚き疲れた周囲は以前程驚く事もなく、ミルキィなら仕方ない。という事も多々見られるようになった。
完全な人型を手に入れたミルキィは、セリカたちと同じように衣服も着用する事にした。もうすれ違う人がミルキィを怖がる事は無い。
セリカはミルキィの顔をチラリと見る。
「どうかされましたか?」
「い、いや。なんでもない」
セリカは顔を逸らした。
危ない、ついミルキィの顔に見とれてしまった。とセリカは失念する。
新たに進化したミルキィは驚く程のイケメンだったのだ。セリカのド直球、好みの顔だ。
キリっとした青い眼と眉毛、長く伸びた鼻筋、少し厚めの唇、男性のエルフでもここまで整った顔はそうそういない。
髪の毛は当初無かったものの、ミルキィはそのまま不都合だと言い銀色の髪の毛を魔力で造り出した。それがまたイケメンさを増す事になった。
こうして並んで冒険者ギルドに出向いたり、一緒に歩いたりしているとセリカは時々心臓が高鳴るのを覚える。
「セリカ様、外出の許可を頂けませんか?」
「うん? いいけど、どこにいくの」
「博士とマーリーのお墓参りをしたいと思います」
セリカには拒否する意味もなかった。
特に急ぎの依頼があるわけでもないし、財布にゆとりがないわけでもない。
当面の生活費は問題ない。セリカはゆっくりと頷き、ミルキィにほほ笑んだ。
――。
そこに到着する頃には夕方になっていた。
夕日に照らされたレプロス博士の住居は、その黒々とした色を赤く染めている。
いつ来ても重々しい雰囲気がそこには漂っていた。
セリカはミルキィが進む方に目をやる。レプロス博士と孫娘マーリーの墓がある場所だった。そこには墓前に一輪の花が供えられていた。
セリカとミルキィは二人の墓前にしゃがみ、その花を手に取った。
「この花は…ミルキィが供えたの?」
「いえ、私ではありません」
「え? 博士の知り合いかしら」
ミルキィは何か考えている様子だった。いや正確にいえばそう見えるだけだったのかもしれない。
「博士には訪ねてくる友人は居ないと仰っておりました」
「え、ってことは……この花は一体だれが?」
「わかりません」
沈む夕日にミルキィの身体を赤く染め上げる、
セリカにはミルキィが何を思ったのか、それを読み取る事が出来なかった。
不審がるセリカに、ミルキィが気付いたらしく、明るく表情を変え二コリと笑う。
「帰りましょう、セリカ様」
ミルキィはそう言うと踵を返し、街道方面へと歩いていく。
以前ならば自分から前を歩く事はしなかった。
セリカはその背中をずっと見つめていた。
博士とマーリーの墓を見つけた日、まるで迷子の子犬のような寂しそうな背中。そこにはそれは無かった。
夕日に染まる背中にほんのりと人の温かみを感じたセリカだった。
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