一、おはようございます
アーデルハイド公国の地方都市、ギルバイン。
ギルバイン鉱山から採掘される貴重な鉱石の数々で商人ギルドが栄える鉱物都市。
近隣には深い森林と鉱山の山々、海は遥か遠くだが作物も育つ豊かな土壌、放牧も盛んであり、首都アーデルハイドへ続く街道も賑わいが溢れている。
ランデベル大陸とワーファ大陸の繋ぐ重要な地方都市である。
ギルバインから少し離れた焼け落ちた廃墟、物語はそこから始まる。
「ねえ、これ何かな?」
長い耳をピンと立てたエルフが呟く。金色に輝く長い髪、青い瞳はそれを捉えた。
周囲には焼け朽ちた屋根、焼けた柱、朽ちた家具などが散乱している。
時折吹く風が焼け焦げた匂いを舞わせそれが妙に鼻につく。
エルフの目の前には地面には黒い物体が転がっている、おそらく火事で焼けた何かだろうか。原形が想像出来ないほどひどい火災だったのか、まともに見えるものがほとんど存在しない。
元は何かを展示するスペースだったのか焼けた土台の周囲に焼けた椅子らしきものが見える。焼けた椅子が覆いかぶさるように謎の球体を隠していた。
夕日の光が反射していなければ見つける事は出来なかっただろう。
吹く風が余計に廃墟さを感じさせる。ここに住んでいた住人は一体どこに行ったのだろう。火事に遭い着の身着のまま逃げたのだろうか。それとも一緒にここで亡くなったのかとエルフは思った
ここは街道からも市内からも程遠い、助けを呼ぶにも近隣に家などなく森深い場所にある、獣の気配すら感じられない。
偶然、鉱山から帰る途中の脇道、仲間の一人が焼けた匂いがすると言って来たものの、風の強い日でなければこの匂いすらわからなかっただろう。それ程街道から遠い距離にこの廃墟は存在した。
焼け落ちてからどれぐらいの期間が経過したのだろうか、一年か二年、いや数年以上はこの状態だったに違いない。
「さあな、良いから金目の物を探すんだよ。売れるそうなもんなら何でもいい」
男の声、しゃがみこんでいるのが声は遠い。エルフはその返答に内心呆れながらも自身もスカートの袖を整えしゃがみ込みんで、それを手に取った。
「なんだろう、これ。何かの機械かな」
それは球体で機械的なラインが見て取れる。機械に詳しくない彼女は立ち上がり、手に持った球体をぐるりと回転させる。
それは全体が青く、所々に黒のラインが入っていた。素人目でも何かの機械だろうと思う。
しかしそれが何の機械なのか、パーツなのかそれすら全くわからない。
手の平より二回りほど多く、ズシリと重い。
子供たちが遊ぶボールのような形にも関わらずかなりの重量がある。軽く上下に揺らしてみるが、中から音はしない。
入れ物であれば何か入っていても良いのだが。
今度は少し強めに揺らした、しかし相変わらず何の音もない。聞こえるのは森の木々が擦れる音だけ。舞う枯れ葉がまた焦燥感を増大させる。
球体はひんやり冷たく何かの金属なのか、全て金属で出来ているにしては軽く感じられた。
「こら、セリカ。何ぼさっとしてるんじゃ。早く金目の物を見つけないと明日の飯もお預けになるぞ」
セリカと呼ばれたエルフはぶすっとした顔で声の主を振り返る。目の間には口元に立派な髭を蓄えたドワーフが居た。手にはどこで見つけてきたのかいくつかの鉱石が握られている。
「これだからエルフの小娘は嫌いなんだ。手先は器用じゃないし毎日のほほんと生きている。まるで危機感ってもんがない。その様子じゃここの取り分は俺のものだな」
セリカはむっとした、確かにエルフはドワーフに比べ長命だ。とはいってもドワーフと同じく動けばお腹もすく。しかしそんな言い方はないだろう。
セリカがドワーフを見る。
その短く太い手には鉱石がいくつか握られている。どう見ても働いていないのは自分かもしれない。しかし自分も不思議なものを拾ったのである。それを見ずに頭ごなしにエルフという種族を馬鹿にするものどうかと思った。
ましてや廃墟に金目のものを探す火事場泥棒、お互い様である。
「これを見てよ、これお金になりそうじゃない?ねえガガオもちょっと見てよ。」
セリカはドワーフに対し少し苛立ち反撃に出た。
手に持った球体をドワーフの目の前にかざした。ここでドワーフと口論しても埒が明かないので、遠くの仲間にも声をかけた。
声は届いているはずだが男は振り返らない。何かゴソゴソと懐に入れているように見える。
分け前は三人で均等に分ける、そういっていたのは彼のはずなのにいくつか金目のものをくすねるらしい。後で吐かせてキッチリ均等にしてやるセリカは思った。
「なんじゃこれは」
ドワーフは手に持った鉱石をポケットに入れ、セリカから球体を受け取った。このドワーフもくすねる可能性がある、セリカはそう思った。
ドワーフは球体を見回し小さい目を凝らしている。これはドワーフの審美眼が試される場面、金目の物なら高値で売れるかもしれない。
そうすればまた孤児院の子供たちに少しお菓子ぐらいは買ってあげられる。
「ねえ、ゴードン。それお金になりそう?」
ゴードンと呼ばれたドワーフは短い手指で球体の表面を触っている。いや短いのは手指だけではない足も手も短い。いつも髭を自慢しているものの私は髭の濃い男は嫌いだ、いやドワーフ自体あまり好きではないのだが。
「何かの機械のようだが、見たことない形だな」
何かの機械である事ぐらい自分でもわかる、知りたいのは高値で売れるかどうかだ。守銭奴ゴードンの審美眼を持ってもわからないとなるとヒューマンの技術で作られた物か。
セリカは遠くでまだゴソゴソしているガガオに近づいた。
「それを懐に入れてどうするつもりなのかな」
ガガオが突然、背中越しに声をかけられて奇声を発した。慌てて懐から手を出し立ち上がり、彼女に向き合う。
「居るなら居るって声かけなさいよ」
「後でそれ、山分けだからね」
ガガオはオーバーにも手を広げ、声を荒げた。どう見えも怪しい。
「俺が何を隠しているって、何も隠しちゃいないぜ。清廉潔白」
「私は何も隠しているなんで言ってないよ。後で山分けっていっただけ」
ガガオは舌打ち、諦めたのか深いため息を吐いた。はいはい、後で山分けな、とセリカから目をそらしゴードンを見る。
「おっさん、それ何」
ガガオと呼ばれる男はヒューマンで頭はエルフであるセリカよりも少し高い。陽気な性格からはいつも声も挙動も全部大きい。ゴードンに近づくガガオ。その際に懐から光る鉱石がいくつか零れ落ちている。なんと間抜けな男だろうか。
「いや、わしにもわからん。何かの装置か機械なのは間違いないのだが、この素材こんな物質はじめてだ。ただの金属のボールにしちゃ手が込んでいるし、装置にしても部品の類をつけるソケットも見当たらない」
ガガオはゴードンから謎の球体を受け取ると自身もあちらこちら触り始めた。どうも雑な扱いをしているようにしか見えない。慌てたセリカはガガオから球体を奪い取った・
「ちょっと、そんなに乱暴に扱って壊れでもしたらどうするの。高値で売れるかもしれないんだからさ」
「いや何そんなに簡単に壊れるものでもないだろ。こんな廃墟にあったもんだろ?爆弾じゃあるまいし」
セリカの手元で、カチリと音が鳴った。
……。
三人が黙ってお互いの目を見合わせる。
そしてゴードンとガガオは、ニコニコしながらセリカから離れていった。
「ちょ、ちょっと……。何で二人して後ろに下がるのよ」
セリカの指先は確かに何かのスイッチを押しているように見える、丸い球体のはずがそこだけくぼんでいた。
「セリカ……その丸いものから何かカチっと音がしたように聞こえたのは、俺の空耳かな」
「昔、わしの爺さんが遺跡で見つけた爆弾をそれと知らずに触っちまって指を吹っ飛ばした話を聞いたことがあるな。まあ指程度で済んだから不幸中の幸いってやつだな!」
二人はさらにセリカから離れてく。
「ね、ねえ……二人とも薄情過ぎない? 私たち同じ冒険者仲間よね?ねえなんでそんなに離れるの……吹っ飛ぶなら一緒に吹っ飛ぼうよ」
セリカは額に冷や汗を垂らしながら二人に近づく。
慌てて二人はセリカに背中を向け、全力で離れていった。
「何、馬鹿な事言ってんだよ! 俺には家に腹をすかした女房と二人のガキんちょがいるんだい! お前なんかと一緒にあの世行きなんて真っ平ごめんだぜ!」
「いや、あんた独身でしょ!」
「馬鹿野郎、男には旅の途中で出会った女と愛を……」
「落ち着けセリカ、わしの見立てじゃそれぐらいの大きさなら大したことはない。指か手首あたりが吹っ飛ぶ程度だ。薬草で何とかなる!」
「なるか!」
とツッコミを入れつつも、どんどんセリカの顔は青白くなっていく。
「ね、ねえ。これどうし……」
セリカは二人に近づこうと進んだ瞬間、足元にある石に躓いた。
二人があっと声を上げる。
次の瞬間、セリカはバランスを崩し、勢いよく地面に転び、そして転んだ拍子に手に持っていた球体を手放してしまった。
……。
コロンコロン、球体はセリカの手を離れ静かに転がった。
静まりかえった廃墟にまた一陣の風が吹いた。
そして柱の裏に隠れたゴードンがヒョコっと顔を覗かせる。
「な、なんだ。爆弾じゃなかったのか、良かったなセリカ」
「は、薄情者ォ……」
小さく蹲り泣き顔のセリカにゴードンが近寄る。ガガオはまだ遠くの物陰に隠れていた。
「大丈夫か、大丈夫なんだな。大丈夫、大丈夫、うん、大丈夫で良かった。セリカが無事で俺安心したぜ!」
「うるさい!」
セリカはガガオに悪態をつきながら球体を拾い上げる。中から何か、別の音が聞こえた。
キュイーン。
「ねえ…これって何かが起動した音じゃない?」
セリカがそう言った瞬間、突然球体が喋りだした。
「おはようございます」
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皆様が面白いと思える物語に仕上げて参りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。