サポートキャラ②
評価、ブックマークありがとうございます。
誤字などあったら教えていただけると助かります。
「(あれ、ひょっとしてヒロインちゃんって翔君ではなく、総先輩狙い……?)」
ショートヘアだからついつい翔君狙いかと思ってしまったが、こんなにじっと総先輩を見つめるなんて……と思ったけど、いやだからヒロインちゃんが転生者とは限らないわけで。だから髪型は偶然かもしれない。
始業式が始まる前に気になって髪型について聞いた時も普通だった。まぁ、人の演技とか嘘とか見抜けるような慧眼は持っていないのだけど。
ヒロインちゃんが転生者でないなら、一目惚れとかの可能性もあるんじゃなかろうか。
「(え、何それやばい。さすが攻略対象とヒロインちゃん、もう運命じゃん。運命としか言えない)」
総先輩――氷室聡一生徒会長のルートは、ヒロインちゃんがクラス委員になることで接点が生まれる。彼は幼い頃からとても聡明で、それゆえに両親や親戚からの期待が膨れ上がり、それに圧し潰されそうになりながらも完璧な生徒会長として文武両道を極めるべく努力し、重圧により心から笑えなくなっているという設定だ。
一つ下、つまり私たちと同じ学年に弟がいて、小さい頃はとても仲が良かったのだが、何かと自分と弟を比べる両親や親戚により、弟に嫌われているのではないかと思うようになる。もちろん誤解なのだが、期待に応えるべく努力を怠らない彼には弟のことで悩んでいてもそれを解決するための時間がない。あと、コミュ力もない。
弟は小さいころから変わらず兄を慕い尊敬しているのだが、彼を取り巻く環境に対し憤りも感じていて、無理をしている兄を案じている。
兄弟二人のすれ違いと兄弟愛、そして最終的には家族とも和解して総先輩はやっと笑顔を取り戻すのだ。最高に泣ける。リアルに恋人もおらず、家族とも疎遠になりがちだった一人暮らしオタクの心の柔らかいところにクリーンヒットだった。
「(でも総先輩の弟って、名前出てこないんだよな……)」
同学年に氷室という苗字の男子生徒がいたとは思うのだが、何せ弟は完璧超人な兄を見て育ってきたため、適度に手を抜くことを覚えて目立たない存在という設定だった。弟にしたらそういう自分の生き方が総先輩への期待を増長させてしまったと思い、負い目に感じているのかもしれない。
まぁ、ゲームでは当然ながら総先輩に焦点が当てられていて、弟はあくまでもモブだったので描かれていない彼の気持ちなど、私にはわかるはずもないのだが。
ヒロインちゃんの横顔を眺めながら彼女が一体誰のルートを選ぶのか、私は頭を悩ませていた。
本音を言うなら、メイン攻略対象の翔君とか、一番人気の総先輩であってほしかった。
私はサポートキャラだし、攻略対象×ヒロイン推しのオタクであって夢女子じゃない。でも、『春いち』にハマったのはちょうどいい箸休め的なゲームだったからなんかじゃない。
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始業式が終わって教室へ向かう途中、私は緊張していた。
これから起きるのはヒロインちゃんと火口将也、通称『ひー君』の出会いイベントだ。
何を隠そう、私はひー君が少し苦手だったりする。攻略対象だし、一応前世ではスチルをコンプリートするために何度か攻略したこともあるので、本当は怖い人ではないとわかっている。それでも前世は女子高育ちなうえ、好みのタイプは線の細めな穏やかで優しく包容力のある人だった。ひー君のようないわゆる不良枠という口の悪い男の子は、好みの真逆もいいところなのである。
「(でもひー君は後半になると口は悪いけど優しくて、頼りになるんだよな……)」
『春いち』における不良枠、火口将也は高校二年生にして身長百八十を超える長身と、それに見合ったがっしりとした体躯のワイルド系イケメンだ。つり目がちな上に三白眼で口も引き結んで無表情なことが多い。そのせいで小学生の頃から絡まれやすく、恵まれた体格と祖父が師範を務める道場で武道を習ったりもしていた結果、喧嘩では負けなしの不良へと成長する。とは言え本人の気性はさほど苛烈ではなく、できれば喧嘩もしたくはない。けれど見た目のせいで友人はおらず、関わるのは喧嘩を売ってくる不良ばかりな環境で、彼は表情や感情を表に出す練習ができないまま高校生になってしまった。
本来の彼は敬愛する祖父の教えを守り、何かを守るため以外にその力を振るわず、とても正義感が強くて優しい人だ。そう、例えば雨の日に捨て猫とか拾っちゃうタイプの典型的なギャップを持つタイプの人である。
ひー君のルートでは自分の見た目に臆さず接してくるヒロインちゃんに戸惑いつつ徐々に心を開くも、これまでの人生で人に恨まれている自覚のあるひー君はヒロインちゃんを守るために突き放そうとする。それでもめげずに関りを持とうとしてくるヒロインちゃんに無意識に恋に落ちてしまう。
けれど、以前かつあげされていた中学生を助けた際に喧嘩をした隣町の不良グループが、報復のためヤクザとも関りのある人を巻き込み、ヒロインちゃんを誘拐してしまう。圧倒的に不利な状況でヒロインちゃんを助けるため、孤軍奮闘するひー君は本当に、本当に格好良かった。
まぁ最初プレイしたときはまだひー君に対して苦手意識が強かったので、思わず昭和かよ、的な突っ込みを入れてしまったこともあるが。それでもボロボロになりながらもヒロインちゃんを守り抜くひー君には感動したし泣いた。
ちょっと不良枠攻略対象の良さに目覚めそうにもなった。
生まれ変わって、偶然にも実物のひー君と廊下ですれ違った瞬間に、その威圧感で泣きそうになった。涙目ぐらいにはなったし、腰が抜けそうだった。無理、怖すぎる。
だからヒロインちゃんととりとめもない話をしながらも、ひー君とのイベントに私は内心でいろんな意味でドキドキしていた。八割方、恐怖のせいだ。
そして、ついにその時が来た。
教室に入ろうとしたところで、ちょうど出てきたひー君の胸元にヒロインちゃんが顔を突っ込むような形でぶつかる。後ろによろけるヒロインちゃんとは真逆に、微塵も動じずに不愉快そうにこちらを見下ろすひー君の鋭い眼光に、私は竦み上がった。
「あ?」
「いたぁ……。ごめんなさい、よそ見してて」
低い声が唸るように発せられて、周囲の生徒が息をのむのが伝わってきた。
いや、私のだったかもしれない。自分でもびっくりするほどひゅっ、と大量の空気が気道に入り込んだ気がした。なんでヒロインちゃんは普通に謝れるんだろう。背が高くて体格がいいってだけで威圧感がすごいのに、さらに視線だけで殺されそうなほど鋭い目で見られているというのに。
「(え、待って、ヒロインちゃん強い……いや、鈍い?)」
ヒロインちゃんに惚れ直せばいいのか、ひー君におびえて泣き叫べばいいのかさっぱりわからない。とりあえず泣き叫ぶのは人としてダメだとは思う。たぶん。え、ほんとに? こんなにも泣きそうなのに?
テンパってる私をよそに、立ち去ろうとするひー君に向かってヒロインちゃんはさらに声をかける。
これには私はもちろん、近くにいた生徒たちみんなが焦るのを感じた。女子供に手を上げるような。もっと言えば喧嘩を売ってきたわけでもないクラスメイトに暴力を振るうようなキャラではないとわかっていても怖い。
この子には恐怖心とかないんだろうか、野生では生き残れないぞ、なんて頓珍漢なことを考えながらも階段を下りて行ったひー君に、やっと肩の力を抜いた。
「音子、大丈夫?」
「え、うん。ちょっとぶつかっちゃっただけだし、もう痛くないよ」
軽く手を振って言うヒロインちゃんに、私はますます奇異の目を向けそうになって慌てて顔を取り繕った。