カフェ
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白い壁に品よく配置された植木鉢の緑が目に優しいカフェはなかなか盛況のようで、店内は同じ制服の男女が多かった。ファストフード店よりも学校に近いこともあって、懐に余裕があったり、もっと落ち着いて過ごしたい学生はこのカフェを選ぶことが多いのだと恵美が言っていた。
学生街には珍しくチェーン店ではなかったが、店内も落ち着いた雰囲気で所々に植物が配置され、落ち着ける空間作りがなされていてなかなか良さそうな店である。
「ホットのカフェラテとチョコレートケーキを」
「私もホットのカフェラテ、あと……やっぱりチョコレートケーキで」
込み合ってはいたものの、待つこともなく案内された席でざっとメニューに目を通した。まぁこういう時に頼むものはたいてい一番人気か友人に合わせることにしているので悩んだりはあまりしなかったのだが。さっきまでバレンタインイベントのことも思い出していたせいか、一番人気と書かれていたチーズケーキではなく、ついチョコが食べたくなってしまったけど。
「やっぱり…………」
「ん? 何か言った?」
「あっ、ううん! なんでもない!」
ぼそりと恵美が何か確信を得た、とばかりに神妙に呟くのでさすがに流せずに聞いてしまったが、やっぱり朝と同じ挙動不審な態度で流されてしまった。
いい加減なんだか気になるが、まだ出会ったばかりなのに本人が言いたくなさそうなことを踏み込んで聞いてしまっていいものだろうか。前世でも今世でも頭と口が直結しているタイプの人間とばかり親しくしていたのでこういう時、どうしたらいいのかさっぱりわからない。なんて役に立たない人生経験だろう。剣と魔法の世界に転生していなくてよかったかもしれない、戦闘以外にも気をつかわなきゃいけなくて考えることが多すぎてパンクしていた気がする。
その後も挙動不審が残る恵美が気になりつつ、聞くこともできずに適当に学校の印象やテレビの話で場を繋いでいると、注文したカフェラテとケーキが届いた。
白い丸皿の中央に置かれたチョコレートケーキは重厚な色味でそれだけで濃厚なチョコの味が口の中に広がるようだった。粉砂糖を纏ったその姿はとても上品で、周りを彩るベリー系のソースは赤紫色が鮮やかに食欲をそそった。
「ふわぁ……、めっちゃおいしそう……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。それを聞いた店員のお兄さんが小さく笑ったのがわかった。
「当店一押しはチーズケーキだけど、個人的にはこっちのチョコレートケーキのほうがおすすめですよ」
「あ、そうなんですね……ありがとうございます」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
聞かれてしまった独り言にまさか返事があるとは思わずまごついてしまう私に、さらに笑みを深くした店員さんは慣れた手つきで伝票をテーブルに置いて去っていった。
大学生くらいだろうか。落ち着いた物腰の好青年といった感じだが、髪型は流行を意識したものになっていて清潔感もありつつ今時の若者っぽくもあってこの店の雰囲気にとてもよくあっていた。
気を取り直してまずは一口カフェラテを啜る。コーヒーの香りとミルクの優しい甘さが口の中に広がりとてもおいしい。これはコーヒー自体がおいしいんだな、と今度はブラックを頼みたくなった。
前の学校の友人たちはコーヒーはブラックで飲めない子が多かったり、そもそもコーヒーが飲めなかったりだったので、周りに合わせてブラックは頼まないようにしていた。なのでここでも頼むとしたら一人で来店した時だけになりそうだが、果たしてそんな日が来るのだろうか。
とりあえず早く帰ってゲームがしたいタイプのゲーマーなので、寄り道したとしてもゲームし始めそうだ。パソコンでのプレイも可能な携帯アプリとして配信してくれた運営さん万歳。
お待ちかねのチョコレートケーキに細身のデザートフォークの先を沈める。しっかりとした生地は少しの抵抗をしつつもすぐに切れてしっとりとした断面を覗かせた。
「……ん~、おいしい……!」
「ここ、どれもおいしくてハズレがないんだよ……」
口に含んだ瞬間に鼻まで抜ける濃厚なチョコの香りとどっしりとした甘さ、舌先にはそれとは違う粉砂糖の微かな甘みを感じて思わず飲み込みつつ小さく唸ってしまった。
恵美も頬張りながらきつく目を閉じて味わっていて、今日初めて彼女の自然な表情を見られた気がした。
「やばい、めっちゃおいしい。バイト代はゲームに捧げるつもりなのにこれはやばい……」
「えっ、……もうバイトしてるの?」
「ううん、まだ探してるとこ」
ケーキのおいしさに見れた恵美の自然な表情はすぐに霧散した。
私のバイト事情がなぜそんなに気になるのかわからないが、ケーキを食べる手は止めないまま素直に答えることにする。
あわよくば良いバイト先を紹介してもらえたりしないだろうかという期待もあった。まだ学校周辺の地理には明るくないため、バイト先も家の近所の商店街ぐらいしか探せていないのだ。
「なら、うちの店なんてどう?」
「えっ」
そんな私の内心を読み取ったかのように、恵美ではない別の声が頭上から降ってきた。
驚きつつ顔を上げれば、先ほどケーキなどをサーブしてくれた大学生くらいの店員さんがいて、にこやかにこちらを見ていた。手には空いた皿とグラスの乗ったトレイがあり、いつの間にか隣の席の客は帰ったようだった。
「急にごめんね、俺は土浦聡、大学二年。
うちの店、ちょうど新しいバイトを募集してるんだ。白高の子なら学校からも近いよね?」
にこやかに言う土浦さんに、思わず恵美に視線で助けを求めたが、残念ながら彼女はこちらを見ていなかった。土浦さんをガン見している。確かに整った顔立ちの人だとは思うが、さすがに失礼なんじゃ、と私が心配になる程だ。
けれど土浦さんはその視線に気づいていないのか、私の方を向いたまま首を傾げてさらに「どうかな?」と問うてくる。中々に押しの強い人だな、と気持ち仰け反った。
どうかと言われたら答えは決まっている。
「えーっと……、すいません」
「えっ?!」
こんな形でのバイトのお誘いは前世を合わせても初めてなので正しいお断りの仕方がわからず、歯切れ悪く頭を下げれば、土浦さんより先に恵美が素っ頓狂な声を上げた。
思わず土浦さんと二人、恵美の方を見ると彼女は慌てて両手で口元を覆い、激しく左右に首を振っていた。「なんでもありません」のポーズの激しさに突っ込むのも躊躇われて視線を土浦さんに戻す。
「誘ってもらったのは嬉しいんですが、あんまり学校から近いのもちょっと……」
「そっかぁ、残念……。もし気が変わったらいつでもおいでよ、俺はほぼ毎日シフト入ってるからさ」
「はぁ……、ありがとうございます……?」
それじゃ、と軽く手を振って言い残し、土浦さんは店の奥の厨房と思われるスペースに戻っていった。
なんとなくその背を見送ってから恵美に視線を戻すと、彼女は何とも言えない顔をしていた。困惑と焦り、嬉しいような悲しいような。もっとも、人の顔よりゲームキャラの顔を見ている時間のほうが長い私である。正確なところはわからない。機微に疎いことには定評があるのだ。
「恵美?」
「えっ、あ、えーっと……ごめん、なんでもない」
「そっか。……食べ終わったし、そろそろ帰ろうか」
「そ、うだね……」
いつの間にかなくなってしまったケーキは、結局最後のほうは食べた記憶すらあやふやだった。もったいないことをしたが、また来た時に堪能するとしよう。
今度は一人で来るかもな、なんて思いながら会計を済ました私たちは、ぽつぽつとまばらな会話に気まずさを感じながら駅で別れた。