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隣の席

評価ありがとうございます。

励みにさせてもらっています。

 教壇に立った先生から簡単に編入生である私のことが紹介され、自己紹介を求められたのでその場で立ち上がり、クラスメイトを見渡して軽く頭を下げた。こういう注目を集めるようなのは苦手だ、手短に終わらせたい。


「父の仕事の都合で先月越してきました、花咲音子です。よろしくお願いします」


 最低限の挨拶だけして着席すれば、ぱらぱらとまばらな拍手で迎えられた。わかる、自己紹介に対する拍手ってとりあえずやっとく的なのと、それに合わせてやらなきゃ的なので微妙な感じになる。いっそやめてくれとも思うけど、無音だったらそれもそれでスベったみたいでいやだな。

 私の自己紹介を皮切りに、廊下側の一番前の席から自己紹介をしていくことになり、一応顔くらいは覚えねばと起立した女生徒に目を向けた。


「花咲さん」

「え?」


 そんなタイミングで小さな声で私を呼んだのは、隣の席の男子だった。確か、座席表で見た名前は……


「俺、隣の席の風間翔(かざましょう)。よろしく!」

「あ、うん。えっと、よろしく……」


 さっき一応見たはずの名前も思い出せず、急なフレンドリーにもついていけない私のことなど気にせず、風間君は明るく爽やかな笑顔で笑いかけてくれた。いっそ眩しい。

 彼は間違いなく光属性だな、なんてゲーマーな脳みそが考えた。


「花咲さんどっから来たの?」

「前住んでたとこは割と田舎のほうで、ここから車で一時間くらいかな」

「へー、俺サッカー部でさ、遠征でいろんな学校行ったりしてるから都内の高校なら大抵わかるかも」


 そう言って笑う通り、健康的に日焼けした彼は日ごろから運動をしていることがよくわかる。体格が良い、というよりは何かの種目を一生懸命にやっているからこそ鍛えられた体というのだろうか。

 ダイエット目的で筋トレすべくジム通いを始めたものの、ひと月と経たずに行かなくなっていた姉とはきっと人間としての基本構造から違う。

 なお、前世の私はまず筋トレしようと思ってもジム通いなんて選択肢すらなく、家で一人動画を見てやってみてはうまくできずにすぐに挫折していた。基本構造どころか同じ人間の枠で語ってはいけない気がする。

 光属性の笑顔に思わずどんどんと卑屈なアラサーが顔を出してしまう。オタク、陽キャ、ニガテ。シカタナイ……。


「あ、俺こんな頭してるけど染めたりとかじゃないからね! 天然もの!」

「えっ、そうなんだ。確かに自然な色だもんね」


 そう言って彼は自分の明るい茶色の髪を指差して言う。染めてないからなんだというのかよくわからないが、適当に頷いて笑っておく。私があまりに素っ気ないというか、人見知り全開みたいな反応ばかり返すから引いてると思われてしまったのだろうか。

 正直、染髪してようがしてなかろうがあまり気にしない、というかゲームには赤やら青やら緑やらとそれこそ色とりどりのキャラクターが出てくるので、派手な頭の人というのは割と見慣れていて気にしていないというべきか。

 ゲームとリアルを同一視しているわけではないが、頭がどんな色をしていようとその#人__キャラ__#の人となりには関係がないと思っている。


「花咲さんもその髪すごく似合ってるね。俺、好きなんだよね……短い髪の女の子……」


 日に焼けた健康的な頬をうっすらと染めた隣の席の彼は人好きのする笑顔を浮かべてそう言った。

 開いたままの窓から吹き込んだ風が昨夜、姉に切ってもらったばかりの髪を揺らして私の頬をくすぐる。

 私は髪を耳にかけて頬をかきながら「そうなんだ」と笑った。



 ……いや、ほかにどうしろと?

 オーケー、Nenegle、初対面、恋バナ、で検索。

 三十代で年齢イコール彼氏いない歴だった前世の私と、まだ彼氏ができたことのない今世の私が全力で頭を抱えている。合計して五十にも手が届きそうな年齢になるとはいえ、その間に恋愛的経験がほぼゼロなのでこういう場合の対処法など脳内検索エンジンを駆使したって出てくるはずがない。検索結果は「喪女なめんな」のみである。

 社会人として培ってきた「何言ってるかよくわかんないけどとりあえず悪いことじゃなさそうだから笑顔でお礼言っとけ」スキルが咄嗟に出ただけ褒めてほしい。ナイス条件反射。


 私の渾身の誤魔化しに気を悪くすることもなく、風間君はその後も他愛のない話をしてくれた。結果、自分の自己紹介の番に気付かず福田先生やクラスメイトに茶化されてしまったのは申し訳なかったかもしれない。いや、そうか?

 自己紹介の後は明日からの予定について先生から話を聞いて終わった。


「俺部活行くから、また明日ね、花咲さん!」

「あ、うん。頑張ってね、また明日……」


 笑顔で手を振り教室を出ていく風間君に挨拶を返し見送った。ずいぶんと人懐っこい子だな、という印象だ。たとえるなら犬のような……、と若干失礼なことを考えたところで恵美に呼ばれて振り返る。


「音子もう帰れる? よかったらお茶していかない?」

「あー、うん、大丈夫だよ」


 本音は早く帰ってゲームがしたい。

 だけどさすがに編入初日、最初の友人からの初めてのお誘いを断るのは今後の学校生活に差し支えそうなので頷いた。

 あと今はとくにイベントもやっていないし、新しく実装されたアバター衣装も先週のうちに入手済み。日課のクエストは夜にインする社会人のギルメンと一緒にこなせばいいかと考えたのもある。

 二月にあったバレンタインイベントはモンスターを倒して確率ドロップの割チョコを一定数集め、イベント用NPCに持ち込んで義理チョコや友チョコ、本命チョコを作ってもらうなんてものもあった。作成した各種チョコは自分で使うことはできず、他プレイヤーにプレゼントしてもらったもののみ使用可能で、しかもそれぞれ一定の数を集めて経験値アイテムなんかのお助けアイテムや、バレンタイン限定アバター衣装と交換することができた。

 本命チョコ百個と交換のアバター衣装は正直倫理とか良心的にアレだったが、ハマってる理由にアバター衣装が可愛いというのもあるため、仲の良いギルメンと夜な夜な割チョコを集めては各種チョコを作り、交換しまくった思い出……。

 そう言えば交換して余った本命チョコが一つ残っていたな、とゲームキャラの持ち物欄を思い出した。今日インしたらまず持ち物を整理したほうが良いかもしれない。


 そんな少し前に突っ走ったイベントのことを感慨深く思いながら恵美に連れられ、学校を出て駅に向かう途中にあるシンプルながらも洒落た店構えのカフェに到着した。

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